韓国的闇づかいも十分な娯楽作。韓国映画の充実期を示すひとつの好例。

ponさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。
ぼくは劇場に行かないたちなので、皆さんより遅れて話題作を観るわけですが、公開時にはツイッターのTL上でも結構賑わっておりましたね。しかしまあ、タイトルのアジョシというのは「おじさん」みたいな意味らしいのですが、韓国映画がときどきやるこのほとんど投げやりみたいなタイトルは逆に面白いですね。『グエムル 漢江の怪物』も原題では単に「怪物」だけらしいし、『シークレットサンシャイン』も(別の意味合いを引っかけているのかもしれないけど)単に地名の「密陽」ですから。『息もできない』にいたっては「糞蠅」です。
さて、おじさんというにはいささか格好よすぎるウォンビンが主演のバイオレンスアクション映画ですが、これは娯楽作品としては言うことなしでいいんじゃないでしょうか。個人的には映画の娯楽性というものへの感度が鈍っているのですけれど、アクションシーンの迫力とか細かい部分の見せ方とか、日本映画との差を感じてなりません。
ただ、今の日本でこういう映画を撮れるかというと、映画産業うんぬんとは別に、社会状況的に難しいというのもあるでしょうね。日本的成熟、いい意味でも悪い意味でも落ち着いている日本にあっては、なかなかこの映画のような題材から話を作っていくのには無理がある。以前レビウした『スプリング・フィーバー』でも述べたアジア的活気。とりわけ韓国の場合はいまだ地続きの北国と緊張状態にあるとあって、暴力表現にも生々しさが宿りやすいのでしょう。アジア的生々しさが随所にあります。警察がどやどや踏み込んできているのに、ばばあがラーメンをすすって睨みつけたり。


この映画に限らず、韓国映画でよく観られる風景として、近代的な風景と土着的な路地の落差、というのがありますね。一方では金持ちがプール付きの豪邸で女性を侍らせたり、クラブで踊り狂ったり、最新の携帯機器を使いこなしているかと思えば、日本では昭和の映画でしかお目にかかれぬような汚くて薄暗い、古い家屋の建ち並ぶ路地があったりする。これは欧米の映画でもなかなか観られぬ類のもので、日本だと今度は寂れた田舎っぽいほうに振れたりしてしまう。ひとつの物語の中に、都市の中に新旧が入り混じり合う風景は、映画にとって大きな財産でしょう。だから、いずれ開発が進めば、韓国映画にも今のような土着さは多分出せなくなる。その意味で韓国映画は幸福な時代をいまだ保持していると言えましょう。

映画に入っていくなら、闇づかいが実によい、ということです。あの闇はもう欧米も日本も醸せない類じゃないかと思わせる。家の中の、生活臭にまみれた空間に映える暗がり。あれは韓国映画の強み、大きな武器です。今の日本映画にはほとんどできない。それは映画制作力どうこうではなく、時代的に日本は既に、あの暗がりに説得力が宿らなくなっている。ああいうものを観るにつけ、「日本映画は韓国映画に比べて駄目ね~」的言説は(過去にぼくも述べてしまっていることですが)、映画を単純に論じすぎているという気がしてくる。社会状況の問題と併せみて論じるべきなのでしょう。ポン・ジュノ監督が言っていた意味がわかります。


ああいう風景が、血みどろ劇に厚みを持たせるんだと思う。またそれますが、南アフリカを舞台にした『第9地区』で、バラックに住むエイリアンたちがやけに実在感を帯びていたのもそこで、個々の出来事や存在はその風景との調和で説得力を左右される。韓国映画ではあの薄暗い土間、何が潜んでいるかわからないような路地、ああいうものを背景にすることで、血しぶきひとつとっても見事な画になるのです。だから逆に、明るいシーンだと日本映画みたいな薄さが出ていたりもする。一人の男を拷問する場面があるんですけど、あれは大手の日本映画っぽくて、虚構性が際だってしまう。でも、気になったのはそれくらいです。

いつになったら内容に触れるんだ、最近のおまえはいつもそうだ、と言われそうですが、いやあ、だって、ウォンビンが格好いいとかそんなのは、もう散々言い尽くされているでしょうし、いいじゃないですか。そういうのが読みたい人はどうぞ「ウォンビン格好いいよねーレビウ」をお巡りください。

内容に触れますと、別段物語自体には目新しさはないのです。ウォンビンがキム・セロン演じる少女を救い出すために頑張る話です。骨格自体を切り出しちゃうと、この映画の魅力はちゃんと伝わらないんじゃないでしょうかね。敵はわかりやすすぎるくらいわかりやすい悪役ですし。でも、あんなわかりやすい悪役、誰がどう見ても悪い奴を出してくるってのも潔いなあと思いますね。なにしろ臓器売買のために平気で人さらいをして人殺しをして、子どもに覚醒剤の合成か何かをさせて、ほとんどショッカーの域です。でもそこまで行くのもあっぱれな話です。いや、それが適当な感じだったら駄目ですけど、悪い奴は徹底して悪いのだ、という風に持って行くのは、いまどきなかなかできるもんじゃないです。そこに子どもをもろに絡ませている露悪趣味はさすがの韓国映画節です。


で、昔の東映映画みたいな、宿命のライバルテイストもちょっと入れてくるんですね。あれなども面白い。敵の組織に腕利きがいるんですけど、こいつは最後にあるひとつの大事なことをして、そのうえでなおウォンビンと対峙する。絶対有利の状況なのにあえて銃を捨てて、ナイフで挑む。これはなんだか時代劇っぽいじゃないですか。まさしく『用心棒』ってな案配です。組織とかどうでもいい。おまえを倒すほうが大事だ、というね。

演出の細部は好きなところが多いし、全部は語れませんね。これは観た人それぞれ、何かしらあるんじゃないでしょうか。ぼくがいいなと思ったのは終盤です。ウォンビンが敵のボスを追うんですけど、敵は車に乗って逃げようとする。このとき、ウォンビンは銃で車を狙うんですけど、ちゃんとタイヤを狙うんですね。ここはえらいです。ぼくが銃と車の出てくる映画でいつも疑問に思うのは、「なぜタイヤを狙わないんだ.車体ばっかり狙うんだ」ということで、逃げる車の的確な狙撃目標はやっぱりタイヤでしょう。で、相手の動きをちゃんと止めるわけです。

その後もよい。敵のボスは防弾ガラスの車に乗っているから、銃で撃っても殺せないと。そうしたときウォンビンは、あくまでガラスの一カ所を執拗に狙うんですね。考えてみれば当たり前のやりかたですけど、この執拗さがいい。地味で実効的でよい。これ、敵が車からうぎゃーとか言って逃げ出すより、はるかにはるかにいいじゃないですか。
結末・ネタバレーション警戒速報。結末に触れます。
最後はどっちでもいいと思った。死んでしまっているでもありかなと思った。そしてそれは映画としてすごいと思って観ていました。この映画の場合、最後に少女を救えても救えなくても、どちらでもいける。ただ、やっぱりちゃんと救ったほうが絶対に収まりがよくて、あの腕利き用心棒にも深みが出る。韓国映画のことだから、あの目玉は本当に少女のものだ、みたいなえげつなさで攻めてくるかとも考えましたが、そこはかわしておいていいところですね。ちゃんと終わってよかったと思います。
これはいいんじゃないでしょうか。けなしどころはあるでしょうかね。細かいところをつついていけば何なりとあるでしょうけど、そこに気を取られるのはもったいないと思います。お薦めいたします。

ponさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。
ぼくは劇場に行かないたちなので、皆さんより遅れて話題作を観るわけですが、公開時にはツイッターのTL上でも結構賑わっておりましたね。しかしまあ、タイトルのアジョシというのは「おじさん」みたいな意味らしいのですが、韓国映画がときどきやるこのほとんど投げやりみたいなタイトルは逆に面白いですね。『グエムル 漢江の怪物』も原題では単に「怪物」だけらしいし、『シークレットサンシャイン』も(別の意味合いを引っかけているのかもしれないけど)単に地名の「密陽」ですから。『息もできない』にいたっては「糞蠅」です。
さて、おじさんというにはいささか格好よすぎるウォンビンが主演のバイオレンスアクション映画ですが、これは娯楽作品としては言うことなしでいいんじゃないでしょうか。個人的には映画の娯楽性というものへの感度が鈍っているのですけれど、アクションシーンの迫力とか細かい部分の見せ方とか、日本映画との差を感じてなりません。
ただ、今の日本でこういう映画を撮れるかというと、映画産業うんぬんとは別に、社会状況的に難しいというのもあるでしょうね。日本的成熟、いい意味でも悪い意味でも落ち着いている日本にあっては、なかなかこの映画のような題材から話を作っていくのには無理がある。以前レビウした『スプリング・フィーバー』でも述べたアジア的活気。とりわけ韓国の場合はいまだ地続きの北国と緊張状態にあるとあって、暴力表現にも生々しさが宿りやすいのでしょう。アジア的生々しさが随所にあります。警察がどやどや踏み込んできているのに、ばばあがラーメンをすすって睨みつけたり。


この映画に限らず、韓国映画でよく観られる風景として、近代的な風景と土着的な路地の落差、というのがありますね。一方では金持ちがプール付きの豪邸で女性を侍らせたり、クラブで踊り狂ったり、最新の携帯機器を使いこなしているかと思えば、日本では昭和の映画でしかお目にかかれぬような汚くて薄暗い、古い家屋の建ち並ぶ路地があったりする。これは欧米の映画でもなかなか観られぬ類のもので、日本だと今度は寂れた田舎っぽいほうに振れたりしてしまう。ひとつの物語の中に、都市の中に新旧が入り混じり合う風景は、映画にとって大きな財産でしょう。だから、いずれ開発が進めば、韓国映画にも今のような土着さは多分出せなくなる。その意味で韓国映画は幸福な時代をいまだ保持していると言えましょう。

映画に入っていくなら、闇づかいが実によい、ということです。あの闇はもう欧米も日本も醸せない類じゃないかと思わせる。家の中の、生活臭にまみれた空間に映える暗がり。あれは韓国映画の強み、大きな武器です。今の日本映画にはほとんどできない。それは映画制作力どうこうではなく、時代的に日本は既に、あの暗がりに説得力が宿らなくなっている。ああいうものを観るにつけ、「日本映画は韓国映画に比べて駄目ね~」的言説は(過去にぼくも述べてしまっていることですが)、映画を単純に論じすぎているという気がしてくる。社会状況の問題と併せみて論じるべきなのでしょう。ポン・ジュノ監督が言っていた意味がわかります。


ああいう風景が、血みどろ劇に厚みを持たせるんだと思う。またそれますが、南アフリカを舞台にした『第9地区』で、バラックに住むエイリアンたちがやけに実在感を帯びていたのもそこで、個々の出来事や存在はその風景との調和で説得力を左右される。韓国映画ではあの薄暗い土間、何が潜んでいるかわからないような路地、ああいうものを背景にすることで、血しぶきひとつとっても見事な画になるのです。だから逆に、明るいシーンだと日本映画みたいな薄さが出ていたりもする。一人の男を拷問する場面があるんですけど、あれは大手の日本映画っぽくて、虚構性が際だってしまう。でも、気になったのはそれくらいです。

いつになったら内容に触れるんだ、最近のおまえはいつもそうだ、と言われそうですが、いやあ、だって、ウォンビンが格好いいとかそんなのは、もう散々言い尽くされているでしょうし、いいじゃないですか。そういうのが読みたい人はどうぞ「ウォンビン格好いいよねーレビウ」をお巡りください。

内容に触れますと、別段物語自体には目新しさはないのです。ウォンビンがキム・セロン演じる少女を救い出すために頑張る話です。骨格自体を切り出しちゃうと、この映画の魅力はちゃんと伝わらないんじゃないでしょうかね。敵はわかりやすすぎるくらいわかりやすい悪役ですし。でも、あんなわかりやすい悪役、誰がどう見ても悪い奴を出してくるってのも潔いなあと思いますね。なにしろ臓器売買のために平気で人さらいをして人殺しをして、子どもに覚醒剤の合成か何かをさせて、ほとんどショッカーの域です。でもそこまで行くのもあっぱれな話です。いや、それが適当な感じだったら駄目ですけど、悪い奴は徹底して悪いのだ、という風に持って行くのは、いまどきなかなかできるもんじゃないです。そこに子どもをもろに絡ませている露悪趣味はさすがの韓国映画節です。


で、昔の東映映画みたいな、宿命のライバルテイストもちょっと入れてくるんですね。あれなども面白い。敵の組織に腕利きがいるんですけど、こいつは最後にあるひとつの大事なことをして、そのうえでなおウォンビンと対峙する。絶対有利の状況なのにあえて銃を捨てて、ナイフで挑む。これはなんだか時代劇っぽいじゃないですか。まさしく『用心棒』ってな案配です。組織とかどうでもいい。おまえを倒すほうが大事だ、というね。

演出の細部は好きなところが多いし、全部は語れませんね。これは観た人それぞれ、何かしらあるんじゃないでしょうか。ぼくがいいなと思ったのは終盤です。ウォンビンが敵のボスを追うんですけど、敵は車に乗って逃げようとする。このとき、ウォンビンは銃で車を狙うんですけど、ちゃんとタイヤを狙うんですね。ここはえらいです。ぼくが銃と車の出てくる映画でいつも疑問に思うのは、「なぜタイヤを狙わないんだ.車体ばっかり狙うんだ」ということで、逃げる車の的確な狙撃目標はやっぱりタイヤでしょう。で、相手の動きをちゃんと止めるわけです。

その後もよい。敵のボスは防弾ガラスの車に乗っているから、銃で撃っても殺せないと。そうしたときウォンビンは、あくまでガラスの一カ所を執拗に狙うんですね。考えてみれば当たり前のやりかたですけど、この執拗さがいい。地味で実効的でよい。これ、敵が車からうぎゃーとか言って逃げ出すより、はるかにはるかにいいじゃないですか。
結末・ネタバレーション警戒速報。結末に触れます。
最後はどっちでもいいと思った。死んでしまっているでもありかなと思った。そしてそれは映画としてすごいと思って観ていました。この映画の場合、最後に少女を救えても救えなくても、どちらでもいける。ただ、やっぱりちゃんと救ったほうが絶対に収まりがよくて、あの腕利き用心棒にも深みが出る。韓国映画のことだから、あの目玉は本当に少女のものだ、みたいなえげつなさで攻めてくるかとも考えましたが、そこはかわしておいていいところですね。ちゃんと終わってよかったと思います。
これはいいんじゃないでしょうか。けなしどころはあるでしょうかね。細かいところをつついていけば何なりとあるでしょうけど、そこに気を取られるのはもったいないと思います。お薦めいたします。











































































































































































































































































































