『ランボー 最後の戦場』 シルヴェスター・スタローン 2008

スタローン自身による2、3の否定と超克
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原題『Rambo』 
「最後の戦場」というのはあくまで邦題で、2011年には5作目が公開されるそうです。邦題をつけた人々のなんたる勇み足、あるいは嘘つき。さて、ランボーに関しては過去作三つとも観ています。過去作で言うと一番いいのは1作目、原題『First Blood』ですね。アメリカン・ニューシネマ好きのぼくとしては、後の2、3よりも1作目を推すところです。2と3はなんだか単純にヒーローっぽくなってしまっています。それに2のラストで、「国に忠誠を誓います」みたいなのを言わせるのはどうなのでしょうか、という、世間では20年以上前に議論されたであろうことをやはり思う。しかも忠誠を誓うとか言いながら3作目ではタイで暮らしているし、ようわからん。1では、なんでランボーはあんな暴挙に出るのかな、というもやもやがありつつ、ほとんど台詞もなく、最後に感情を思い切り爆発させる。ベトナム戦争と、それに従軍した兵士の怒りをぶちまけ、ニューシネマ的な悲哀が素晴らしかったんです。

 さて、話は変わりますが、あまりにも有名な話でしょうけれど、メタルギアソリッドシリーズはかなりランボーからの影響を受けています。というか、ほとんどぱくっているところも多いですね。MGS3というのはランボーの2、3からエッセンスをもらいまくっています。ランボー2では密林への単独潜入がありますが、これなどはMGS3の最初と同じで、ランボー3でこそ存分に発揮されたスニーキングミッションはもろにメタルギアの本質となっています。ランボー3の大義は敵地に連れられた要人の救出ですし、この点もメタルギアに同じ。もちろんスネークはランボーであり、キャンベル大佐はトラウトマン大佐。ランボーはかつて所属した部隊で「レイブン」と呼ばれていましたが、動物になぞらえる点でスネークに同じ。ちなみにMGSの敵に「レイブン」というのがいます。ランボー3はMGS3に持って行かれた要素が本当に多いです。砲台からヘリを落とすところとかもそうだし、敵はソ連だし。

 なかなか本編の話に入れませんが、MGS大好きのぼくとしてはランボーシリーズも好きです。本作の舞台はミャンマーで、慈善目的で訪れた人々が旅先の村で襲撃に遭い、連れ去られ、彼らをランボーが救出するという筋立てです。時間は1時間半と短いですが、取り立てて複雑な話はなく、これくらいのサイズでぎゅっと濃縮して見せたかったのでしょう。話はきわめてシンプルで、というか、おいおいそんなにとんとん行っていいのか、と思うくらいです。タイで細々と暮らしているランボーのところに、アメリカの慈善活動家みたいな人たちがやってきます(3のときもそうでしたが、なぜランボーはタイにいるのでしょうか、今回の場合はきっと、ミャンマーが舞台だから地理的に都合がよい、ということなのでしょう)。彼らは危険地域にいる人々を助けに行きたい、生活の援助をしに行きたいみたいなことを言いだし、ランボーは最初無下に断ります。ところがそのうちの一人の女が説得して、ランボーは彼らを連れて行くことになります。この辺はなんとも単純化したものだなあという印象を与えます。過去にあれほどの経験をしてきたランボーが、あんな女の別に鋭くも何ともない説得によって彼らを連れ出すことになるのです。ここは映画進行上、スタローンが「どうでもいいところ」とした部分でしょう。「見せ場はこの先に山ほどあるから、この辺でぐずぐずしても何のあれもないな」と思ったのが丸出しですね。

 その後、海賊に襲われたりなどしつつ村に行くのですが、案の定村は襲われます。わかりきっている展開ではありますが、描き方は実に凄惨で、これは映画史に残る濃度と言えましょう。ベトナム戦争を描いたものでは山奥の村が破壊されるものが多くありますが、オリヴァー・ストーンやデ・パルマなどが描いたそれよりもはるかにすさまじい出来映えで、この辺はスタローンの監督としての手際の良さが予想以上の仕上がりを見せています。子供も容赦なく殺しており、暴力描写もすごい。現実で起こっている(た)であろう出来事を隠さずに描いている点で、ひとつの映画として敬意を持ちます。いや、現実を知らぬので、どの程度ああしたことが行われていたのか、本当のことはわかりませんが、少なくとも暴力というものの悲惨さを描く以上、その残酷さをマイルドに描くべきではなく、徹底して嫌な気分にさせるこの描写は映画として正しい、ということです。2や3はランボーがヒーロー化した、痛みのない暴力表現、いわゆるハリウッドアクション的なそれになっていましたが、今回のものは明らかにそれらと違います。アクション映画を期待した観客は度肝を抜かれたことでしょう。これを娯楽映画と呼んでいいのかな、という気分にさせます。いや、ぜんぜんよくない気がします。

 1ではやむにやまれぬ怒りから、2では自分の釈放と引き替えにという条件で、3ではかつての恩師の救出のため、という理由があったのですが、今回のランボーは実に希薄な理由で敵地に向かいます。女を救うため、というかもわかりませんが、それなら最初から連れて行くべきではなかったわけで、あの辺をあっさり描きすぎたツケが回ってきます。でもその分、「何やってんだ」という徒労感が強く押し寄せ、最後のあの呆然と佇むランボー、そして実家へと帰る後ろ姿が印象深くなります。散々に大変な出来事があった後で、本当に虚しくなる。暴力の虚しさ、というものが初めて描かれたランボーシリーズとも言えましょう。

 書き忘れていましたが、過去作の場面を引用するところが出てきます。こういうのは好きです。この辺もMGSシリーズ、特に4と共通します。それにしても、次のランボーでは何をどう描くつもりなのでしょうか。この4を撮った以上、もう2や3に戻れようもありませんし、戻ってはいけないとも思います。4と同じことをやっても仕方なく、さてさて、どう出てくるのでしょうか。
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by karasmoker | 2009-08-29 02:13 | 洋画 | Comments(0)
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