『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 ポール・トーマス・アンダーソン 2007

この映画について一晩語り明かしたいです。
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 観る前からよさそうなにおいのする映画というのはありまして、もうこれは間違いなくいいだろうと思っていたら、案の定やっぱりめちゃめちゃよかったです。

 ダニエル・デイ=ルイスはマーティン・スコセッシの『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)くらいしか記憶がないのですが、あの映画では完全にディカプリオを喰っていました。ディカプリオはどんなにたくましそうな役柄でもどうしてもぼくちゃんっぽくなってしまうのですが、その点デイ=ルイスの迫力は段違いであったわけです。そして今回も彼の魅力が存分に引き出されていました。そりゃあアカデミー主演男優賞も取るはずです。ちなみに同年の日本アカデミー賞主演男優賞はあの三丁目映画の吉岡秀隆。『北の国から』が好きなぼくは彼も好きですが、いやあ日米の粒の大きさの違いを否応なく感じさせられるところであります。

デイ=ルイス演ずるダニエル・プレインビューは石油採掘業の男で、荒野で石油を掘り当てるところから物語は始まり、その後彼の成功の軌跡が描かれ、そして…という内容です。二時間半の映画なのでストーリーを全部追っていると大変です。また、内容的にもすごく濃いので、今回はまともに語れる自信が正直言ってありません(じゃあ毎回まともに語っているのか、そんな自信を持っているのかと言われればぐうの音も出ません)。

タイトル『There will be blood』の意味、その『blood』が意味するところは多義的です。ひとつには「blood」=石油です。石油はあるだろう、というのはこの映画の表面的な物語上最も重要な部分であり、ダニエル・プレインビューはただひたすらに石油採掘、あるいはその土地の契約を進めていきます。そしてその石油こそこの男が生きていく上で必要不可欠なもの、生きることそれ自体の原動力=「blood」です。この男のえげつなさがもうたまりません。いつものごとく、ぼくのいちばん大好きな、孤独なる男であります。

 このダニエル・プレインビューのよさを説明するのは正直骨が折れます。えげつなく利益を求めていく男、という点では『スカーフェイス』のアル・パチーノ、トニー・モンタナとも似ています。アル・パチーノつながりなら無論『ゴッド・ファーザー』シリーズのマイケル・コルレオーネをあげることもできますが、このプレインビューは彼ら以上にぶっ壊れている感がある。じゃあどうぶっ壊れているのか。彼は他者を求めていないのです。違う言い方をすると、他者が他者である、ということを感じた時点で、もう求められなくなるということです。この辺は実によくわかる。反対に、わからない人はさっぱりわからない可能性もあります。何なのこの人、怖いねみたいになるでしょう。物語終盤、なんであの人にあんな態度を取るの、ああ、冷たい人、怖い人、最低! みたいなことを思われかねません。違うんだよ、いや違わないんだけど、おまえそういうこと言うのかこの野郎。

 このプレインビューについてはもう本当に思い入れる。色々書きたい。でも、書き出すとこれはすごく長くなるんです。そう易々と語りうるキャラクターではないんです。いやそりゃ断片的に語ることはできますが、それだときっとぼくの言いたいことが伝わらないし、伝えたいことを簡明に短く伝える技量もないのです。難しいことをシンプルに語るのがいいこととされますが、複雑に絡み合うことを端的に語るというのはつまり、多くの要素を捨象して伝えることであり、それだと誤解を招きかねないのであります。だから先ほど書いた、「他者を求めていない」というのも実は嘘、実は雑に過ぎる言い方なんです。ぼくはこの映画、そしてプレインビューについて語るだけで一晩過ごしたいです。いや、一晩かかってしまうのです。なのでこの辺はまた、他の映画を語るときにでも、ということにしましょう。

映画における最重要要素のもうひとつは、福音派的なキリスト教会です。ポール・ダノという人がこれまた最高な味わいを持っているわけですが、福音派の人々を撮ったドキュメンタリー『ジーザス・キャンプ』に出てきたような熱烈な信仰の様子が描かれます。この映画、大丈夫なんでしょうか、ってくらい、かなり痛烈に切り込んでいます。というか、ラストシーンでもろに言っちゃうんです。言わせちゃうんです。ただ、こういう表現がきちんと描ける点でやはりアメリカ社会は成熟しているなあとも思う。日本は本当にその点、取り残されていますね。『シークレット・サンシャイン』で韓国にも水をあけられるし、もちろんインディーズ系でこそ宗教を扱った映画はあるわけですが、いざ大作として宗教が出てきたら、おいおい、「前世紀ボーイ」かよと。『愛のむきだし』もねえ、そこに関しては弱いんです。新興宗教という訳のわからないもの、不気味なもの、みたいにしちゃっているふしがあって、『愛のむきだし』は宗教を扱った映画という点で言うと、その部分はどうしても甘い。もちろんエンターテイメントとしては極上で、このブログでも大絶賛したわけなんですが、園子温でさえもそこにはなかなか踏み込みきれなかったかと思います。
 
 そして日本の場合はスピリチュアルがどうのこうのと言って、はちゃいでいるわけですからねえ(スピってる馬鹿はこの映画を観ろ!)。創価学会にしたってメディアではタブーみたいになるわけです。余談が炸裂中ですが、幸福実現党はまだ偉いというか、「政教分離に反するといわれようと、我々は宗教政党なんだ」と言い切っているところがまだいいです。自分たちの態度をきちんと貫いているだけでもまだ好感が持てる(支持は別にしませんが)。そうじゃないやつらってのは、もう、本当に。

ダニエル・プレインビューと宗教との静かなる戦い、そしてラストでの大爆発(There will be 'blood'!!)はこの映画を強く強く支えています。プレインビューのえげつない生き様だけでは、この映画はここまでのものにはなっていない。プレインビューは、どこかジョーカーなんですよ。ジョーカーは純粋悪だけど、だからこそ潔い。松本人志の言葉で、「中途半端な正義が一番の悪」というのがありますが、ジョーカーはそれをこそ糾弾しようとするんです。おまえらみたいなやつらが正義だというなら、オーケー、俺は悪でいいよ、という潔さが、このプレインビューにはある。おまえらみたいなやつらが救ってくれるというなら、オーケー、俺は救われなくていい。おまえらみたいなやつらと一緒にいなきゃいけないなら、オーケー、俺は一人でいい。この生き方はロックです。だからこそ、彼の台詞はもう絶品。
「おまえは偽預言者だ!」

この映画についてはまともに論ずる気になれません。いや、中途半端にやるのは嫌で、一日がかりの仕事になるので、これくらいにせざるを得ないのです。そして、ぼくはまだこの映画を「きちんとわかっていない自信」があります。今はまだ、はっきりと輪郭を捉えきれぬのです。その意味では今年のベストぶっちぎり。実に奥深い作品に出会ったように思います。プレインビューがあの人物をああしてしまった後、どうして「I am finished」と呟いたのか、この辺もまだまだ語りながら考えたい。どうしてあの子供をあんな風にしたのか(There will be 'blood'!!)、これもまた語りたい。誰でもいいのでプレインビューについて一晩酒を飲んで語りたいくらいの気持ちです。これはもう、お薦めです。テレビの宣伝につられて「前世紀ボーイ」を観に行って、はちゃいでいる人は観なくていいです。どうせわかるわけがないからです。
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by karasmoker | 2009-09-03 07:46 | 洋画 | Comments(15)
Commented at 2009-09-22 18:25 x
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Commented by karasmoker at 2009-09-22 23:19
前のコメントでいただいた、「イーストウッドは好きになれない」というのにも繋がるんですが、やはりこういうぶっちぎりに熱い奴、破滅さえをも厭わぬ存在にこそ惹かれるんですね。偏屈で狭量で慈悲心はなくて、自分でも訳もわからぬまま突っ走っちゃうような奴。

>人間の最も人間的な部分って、宗教心なんじゃないかと思う

というお考えをお持ちなら、ぜひこの映画の感想をお聞かせ願いたいです。ぼくは特別に信仰を持っていませんが、「神様」という漠然としたものはどこかで信じている。でも、このプレインビューはまったくと言っていいくらいそれを信じていないように思われ、そんな彼にもなぜかぼくは惹かれる。宗教心が人間の軸であるならその裏面で、ジョーカー的な「神への徹底した反抗」もまた人間の軸たりうるということを、このプレインビューは教えてくれる気がします。
 ううむ、どうも後半、何を言っているかわかりづらいぞ。
 こういうこともやはり、一日かけてじっくり語らせてしまう、それこそがプレインビュー。
Commented at 2009-09-23 01:12 x
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Commented by karasmoker at 2009-09-23 23:16
ぼくもあまのじゃくな人間で、周りが是とするものを非と言いたがるたちでした。特に、根拠不明確なものを無邪気に信じる人に、苛立ちを覚えるたちでした。だからこそこの映画のプレインビューの台詞にぐっと来るのです。ご感想をお待ちしております。
Commented at 2009-09-30 02:10 x
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Commented by karasmoker at 2009-09-30 07:20
わざわざコメントをいただき、ありがとうございます。
この映画は時間に余裕があるときにじっくり観ると、よりよいと思います。
何しろ観終わった後で色々考えたくなりますからね。
「濃度」というのはぼくが映画を観るときとても大事、というか、
やっぱりぐっと意識を集中させるものこそ優れた映画なんだと思います。
そしてこのダニエル・プレインビューは(あるいはデイ=ルイスは)、
その存在感だけで観客を魅了してやまない男なのです。
Commented by jf49werh3u at 2011-01-10 01:25
この映画は何度見ても、その度にいろいろと憶測がでてきます。
Commented by karasmoker at 2011-01-11 22:43
ぼくもそう思います。
Commented by jf49werh3u at 2011-01-13 13:14 x
憶測の一つですが、女性不在ですがダニエルは付き合いはもちろん、結婚もしていたかもしれません。その一つが浜辺で弟との会話で、昔はあんな家で過ごす家庭を望んでいたが今はその家を思い出すだけで嫌悪すると言っているのも、女性変遷がないとここまでの気持ちの変化はないと思います。その変遷により人間不信になったのかなと思います。しかし、本質の世話好きや愛情が垣間見られます。
あと子供は商売のためでは絶対ないと思います。赤子を男手ひとつで育てるのは並大抵ではないし、原作では子供を仕事に同伴さすのは、仕事を覚えさすのと世の中を勉強さすためとのことでした。
Commented by karasmoker at 2011-01-14 05:48
コメントありがとうございます。ダニエル・プレインビューというキャラクターについては、変な言い方ですが、どうにも客観視できないのです。そのため、プレインビューについてコメントしようとすると、まるで自分について語るような気になって、勝手にそんな気になって、うまく言い表せなくなります。細かい分析への同伴はできそうになく、申し訳なく思います。
>子供は商売のためでは絶対ないと思います。
 ぼくがそういう書き方をしていたかな? と思いきや、そうではなかったようで安心しました。
 商売のために育てていたわけではない。でも、「商売にも利用できるで」という気持ちがゼロだったかといえば、そうでもないでしょうね。だから「商売のためでは絶対ない」には同意しません。
「商売のためだけでは絶対ない」なら、その通りと申し上げます。
Commented at 2011-01-20 08:25 x
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Commented by karasmoker at 2011-01-21 01:19
むろん、そうではありません。
 ですが、映画を観る場合一般に関して、ぼくは登場人物に思い入れをもって鑑賞します。その際、強く惹かれる映画では、「この人の考え、わかるなあ」とか、「こいつと自分はぜんぜん生き方も生きている時代も違うけど、なんかすごく重ねてみてしまうなあ」という経験をすることがあります。感情移入とはそういうものですね。
それは性別や時代や境遇を問わずして、ふと起こるものです。
「おまえとこの登場人物はぜんぜん違うぞ。なのにまるで自分のことのように語るのは、変だぞ」と言われるかもしれませんね。でも、人が何かに強く惹かれる場合、ままあることだと思います。
 プロ野球のファンは、応援するチームの勝ち負けに、まるで我がごとのように反応する。興味のない人が、「あのチームとあなたとは何の関係もないですよね」と言っても、聞く耳は持たないでしょう。それに似ているかもしれません。
 人は何かにしびれたとき、あらゆる差異を超えて、自分と何かを同一視してしまうことがあるのです。
Commented by karasmoker at 2011-01-21 01:48
補足です。
>金がすべてと思い、苦労しその他の欲望を抑制し
これがこの映画のプレインビューに対する、最も浅くて一般的な理解の方法でしょう。そして、これが客観的な彼の印象なのかもしれない。 
 でも、ぼくはまったくそうは捉えない。金がすべて、なんて、まるで思わない。まるで我がごとのようにこの話を受け止めれば、そんな浅い理解で収まるわけがない。
 ではプレインビューをどう捉えているのか、ですが、一から語るのはちょっと勘弁してください。記事でも書いたとおり、長く長くなってしまいそうなのです。
Commented at 2011-01-21 09:49 x
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Commented by karasmoker at 2011-01-21 22:35
生き方までもシンクロするならば、ぼくなどよりずっと、プレインビューについて理解していらっしゃることだろうと思います。釈迦に説法を垂れるほどの恥知らずではございません。
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