『ローズマリーの赤ちゃん』 ロマン・ポランスキー 1968

現実か妄想か、という部分のバランスの取り方がすごくよいです。
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 ロマン・ポランスキー監督作は初鑑賞です。この監督は最近、三十年以上前の淫行事件のかどで身柄を拘束されたそうです。ジャック・ニコルソン邸で十三歳の少女とファクっちまったらしいのです。真相は藪の中のようですが、いまさらどうやって立証できるのでしょうか。

 さて、『ローズマリーの赤ちゃん』。原題は”Rosemary's baby”ですが、「○○の赤ちゃん」という響きがちょっとおぞましく感じられるのはぼくだけでしょうか。いや、「たぬきの赤ちゃん」とか「伊達さんのとこの赤ちゃん」とか言う分には何でもないんですけど、○○の部分に人の名前が入ると、特に女性の名前が入るとちょっと怖い感じがします。それがタイトルの場合だと、なんか、なんとなく。

 さて、この映画もタイトルのように、なんとなく怖い映画でした。ある大きなマンションに越してきた夫妻、その妻が主人公の話です。隣人の老夫婦と関係が生まれるのですが、特に老婆のほうがやたらとしゃしゃってきて、いい人だけどなんか面倒くさい人だなあ、という感じが色濃く描かれます。しかし、決定的に怖いことはラスト近くまでほとんど描かれません。この映画を語る上で最も重要な部分でしょう。夫婦の日常が変調をきたすのは、妻のローズマリーが赤ん坊を孕んだところからです。隣に住む老婆が妊婦となった彼女に色々と忠告し、産婦人科は誰にしろ、妊娠中はこれを飲めなどと色々うるさくなってきます。最初こそ素直に従うのですが、原因不明の腹の痛みに襲われ、そこから日常生活が徐々におかしくなっていきます。
 
 抑制の利いた、という表現がありますが、この映画の演出はまさにそれです。おぞましい雰囲気も妙な出来事も非常に抑えたトーンで描かれます。それは結構心地いいです。だからこそ、途中で差し挟まれる夢のシーンはぼくには邪魔でした。でも、決して否定的なわけではなく、あくまでぼく個人の感じ方です。あれはあれでよい、という人もいるでしょうと思えます。この映画にとって、ローズマリー役のミア・ファローという人のキャスティングはきわめて重要であり、大きな効果を発揮していた。ミア・ファローの顔立ち、顔つきがどうも神経質な女の感じなんです。単純な幸せが似合わない顔。「陰のある」という言い方がよく当てはまる感じで、この映画の風合いに最適でした。夫役は映画監督のジョン・カサヴェテス。この人の敵か味方かわからない具合もまさに最適です。

 特典映像のインタビューで監督は、「現実なのかローズマリーの妄想なのか、曖昧に描くことを心がけた」と語ります。その力加減、バランスの取り方の点で言えば大成功と言えましょう。ミア・ファローの抜群の顔立ちのためもあり、観ている側は絶えず、これはこの女の妄想なのでは、という気分にさせられます。ミア・ファローがこれまた妄想でおかしくなりそうな女なんです。特にこの映画、妊婦というデリケートな状況を扱っているから、精神的な危うさを醸すうえでこの上なく適切な設定になっている。この現実とも妄想とも知れぬ絶妙さを学ぶうえでは、最良のテキストの一つと言えましょう。

 2時間以上あって、長さを感じることがないではないですが、時間を気にするほどではありません。撮り方がうまいし、特に大きな事件が起こらないこの映画を、あのバランスで引っ張ったのはすごいです。面白い映画だな、と特には思わない。映画を観る喜びがあるか、というと、うーん、そこまででもない。だから悪く言えば、さしたる満足感はないんです。でも、この話のつくりかたで、観ている間飽きさせないのはすごいです。何か起こりそう、でずっと引っ張ることができるのは、それはそれですごく難しいことです。一歩間違えば単に退屈になるわけですから、何度も言いますが、バランス感覚のすごさです。 
 あのラストもいいんです。あのラストのシーンって、他の場面との連なりで見ると、妙に浮き上がって見えます。現実感にも乏しいし、まさに妄想なのか現実なのか、と言ったところ。変な表現ですが、あのシーンの「浮かせ方」は面白い。「浮く」のはあまりいいことじゃないと思うんです、一般的に。でも、あそこは浮いているからこそいい。あからさまに浮いているわけではない。ちょっと、浮いているんです。ここもまたバランスの取り方ですね。終わり方はもう曖昧の極みみたいな感じですが、嫌いじゃないです。変な結論はこの映画には似合いません。

 それと、こんなことは散々語られたんでしょうが、今日付ウィキによると、この映画の公開の一年後、監督は妊娠中の妻をカルト教団の連中に殺されているそうです。なんか、この映画との気持ち悪い繋がりを連想しますね。どう言っていいかわからない気持ち悪さです。

 1968年と言えば、ハリウッドがニューシネマに食われ始めた頃です。古いハリウッドっぽい風合いが色濃く、それほどの映画的興奮はありませんが、映画的なバランスの取り方を考えるとき、大きな示唆を与えてくれる一品です。
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by karasmoker | 2009-10-21 05:28 | 洋画 | Comments(2)
Commented by のりちゃん at 2013-08-07 21:48 x
私がまだ高校生の頃、この映画に似たストーリーの
『デアボリカ』という映画を観ました。
地元の小さな洋画専門の映画館ですが、中に入ると観客は、
私一人っきり…。
最初は良かったのですが、なにせホラーですからだんだん
心細くなってきて、怖くて…最後は泣きそうに、ていうか
半べそ状態で帰った覚えがあります。
Commented by karasmoker at 2013-08-07 23:27
コメントありがとうございます。不勉強ゆえにその映画は未見でございますが、一人で劇場を独占して震え上がったというのはとても貴重な体験だなあと思います。
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