『スラムドッグ$ミリオネア』 ダニー・ボイル 2008

ぼくはインド好きなのでよいのですけれども。 
d0151584_6403826.jpg
 
 久方ぶりの早稲田松竹。上映作品であまりぴんとくるものがなかったり、渋すぎたりして長らく行ってなかったんですが、 『トレインスポッティング』(1996)との併映でダニー・ボイル二本立てということで、早稲田松竹。早稲田松竹のよさってのもありますね。まずあの劇場の椅子がぼくは好きです。別に変わった椅子じゃないんですが、微妙な座り心地の点でね。それと建物に入ってわずか数歩で劇場内に入れるというこぢんまり感もよく、なおかつ喫煙所もすぐ外にある。たまに「館内は全面禁煙でございますぅ」とか言って、その劇場自体が七階とかにあるから一階外に出ねえと吸えねえじゃねえか的な映画館がありますが、そういう阿呆映画館とはぜんぜん違いますね。

 さて、最初に観たのは『トレインスポッティング』でした。こちらはイギリス国内でも最大級のヒットを飛ばしたということで、少々期待していたんですが、思いのほかぴんと来ませんでした。ドラッグ中毒の若者たちの日々、みたいな映画なんですけども、勢いはあるんですが、ぼくにはあまり面白くなかった。いや、これはイギリス人に大ヒットだったわけですから、たぶんイギリス人にとってはすごく面白い描写が多いんでしょう。ぼくはイギリスに興味がないので、その分魅力を味わえなかったということです。これは後のインドの話と比較するとよくわかります。個々のキャラクターもいまひとつよくわからなかったですね。主人公以外の登場人物がぜんぜん浮き立ってこなくて、どんなやつかもうひとつわからない。いや、キャラ付けはされていますよ、でもキャラ付けをされているだけな感じもして。女子高生の女も結局なんでもなかったし。イギリス人の若者と仲良くなり、そのノリがわかるとまた違うのかも知れません。

 さて、イギリスにはまれなかったぼくですが、『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台はインドです。何を隠そうぼくはインド大好きでありまして、唯一行ったことのある外国もインドでして、最初にインドに行ってしまったものだからもう他の国に行く気がしない。だからこの映画においてはかなりインドポイントが加算されます。映画の出来云々とは別に、インドが沢山出てくるのでそれだけでポイントアップです。とはいえ、インド映画というと、実は一本も観たことがない! 映画好き、インド好きのくせにインド映画を観ていないなんておまえはばちもんやないけと言われたらそれまでですが、ぼくの好きなインドはまさにあのスラム的な泥臭さにあるのでして、ミュージカル的なノリでアメリカナイズされた男女の恋物語、となると正直惹かれないんですな。

『スラムドッグ~』はでも、設定上無理があるんじゃないかと観る前には思っていたんです。「スラム育ちの無学な少年がクイズ番組で全問正解する。でも無学なくせに知っているわけがないといって疑われる」という筋立てですが、「ミリオネア」って四択ですからね。日本で置き換えれば、「ぜんぜん勉強していない不良がセンター試験で高得点を取った」みたいな話です。それよりも正解の確率的には高いのであり、あの設定自体どうなのかと思っていたんですが、その辺は案の定ぜんぜんスルーでした。でも、設定自体は面白いんです。これはポピュラリティの高い設定ですよ。クイズ番組っていうそれ自体がポップなものを取り上げていますし、そこにドラマ性を絡ませれば設定としては面白い。企画会議でもすんなり通ったことでしょう。「ミリオネア」のフォーマット自体がきわめてシンプルで、あの番組を知らなくてもすぐにわかりますしね。

 この形って、どんなドラマでも作り出せると思うんですよ。クイズの答えをはからずも知っていくという設定で、その知識をどこで得たのかという過去のくだりが重要な軸になるわけですが、これは別にスラム育ちの青年じゃなくても十分に成立するんです。クイズの答え、その知識なんてどこで得たかわからないじゃないですか。いつの間にか知っているわけじゃないですか。その「いつの間にか」の部分を切り取れば、どんな人の人生を追ってもそれなりにドラマティックになるんですよ。たとえば、ぜんぜんもてない汚い中年男が高級ファッションブランドについてのクイズに答えたとします。そんなのどうして知っているんだ! となって過去の回想に行くと、「実は昔一度だけ恋した相手にプレゼントしようとしていたものだった」みたいな事実として見せられる。もういっくらでも思いつきます。この設定自体が物語的にかなり使えるものなんですね。そこにインド、スラム育ちという設定をくわえ、劇的な人生という味付けを振りかけたことで、映画的ないっそうの盛り上がりを生み出した。

 子供時代から人生を追っていくわけですが、全体を通していちばん面白かったのはこの子供のくだりですね。インドの街並みがたくさん出てきて、その中を子供が動き回る部分は、ダニー・ボイル的な勢いの演出と非常によく合致しています。それいるかあ? 的なのもないではないんですけどね。この辺は雑多な要素を盛り込むうえで結構苦労した様子があります。暴徒が村を襲ってきて母親が死ぬ場面なんかも、もう勢いだけで見せてますから。そこまでの文脈が何もない。恋の話を中心にしたかったんでしょうけど、『トレインスポッティング』と同じで、どうも登場人物の立体感がないんですよ。出来事を中心とした役割、役割、役割の人々が多い。役割の人がいてもいいんです。特に一人の長い人生を追った、非常に雑多な要素の多い映画ですから、当然役割の人がいてもいい。でもねえ、あまりに役割の人が多いと、今度は肝心の登場人物も薄く見えてくるんです。これは肝に銘じねばなりませんね。

 ぼくはインドが好きで、インド人女性の顔立ちも好きですからいいんですけど、それほどインドに興味がない、好きでもない、あ、ねえ、インドカレー屋あるよ、入る? えー、なんかインドカレーって気分でもないし、あ、パスタ食べたい、ねえ、パスタ食べようよ、的な人たちはどう思ったんでしょうか(なんだ今の寸劇)。さっきも言いましたが、相当インドポイントでカバーされています。特にインド人女性の美しさ、かわいさでカバーされています。恋人の女の幼少時代の子役も可愛いし、大人になった彼女も綺麗です。ユーラシアって東西に長いでしょう。西に行けば行くほど白人的になって、東に行くとアジア人的になる。肌の色も違ってくるしね。その中間のインドのバランスがぼくは大好きで、どうしてインドの女の子はあんなにも可愛らしく、また綺麗なのだろう! という感動でかなり保っていました。だからね、設定は面白いんですけど、物語の造りとか登場人物の動きなどで言えば、特に優れているとは思わなかったです。

 ただ、あの二千万チャレンジの方向に話を保っていったのは、シナリオ的には正しいと思いますね。そこまでは警察内部での過去の回想で済んでいたけど、さあここからは現在から未来なのだ、となるあの流れをつくったのはシナリオ上正しい。ぜんぶ過去にしちゃうと面白くないです。一千万まではもう、獲得できているとわかっているじゃないですか。あそこから二千万チャレンジに行くと、どうなるのかなというハラハラが足されますから。

 ただ、設定的に雑だなと思うのは、あのテレフォンのくだりですね。あれはもうちょっとしっかり設定しなきゃ駄目でしょう。テレフォンで好きな相手に電話できるんですが、ぼくが日本の「ミリオネア」で知っているのと大分違います。あんな感じだと、いくらでもテレフォンの相手が答えを出してしまいそうじゃないですか。最初からずっと番組を観ていて、問題が出たらすぐネットで調べるとかできてしまうじゃないですか。重箱の隅じゃないですよ、ぜんぜん。その辺はしっかりして欲しかったですね。

 恋人とのくだりもなあ、あれはねえ、あの彼女がすごく綺麗だからぼくはよかったけど、あれがその辺のアングロサクソン女優だったら駄目でしたね。インド人の彼女が綺麗ってことで観ていました。だから、映画それ自体の魅力、物語上のうまさはそんなにないです。ギャングのボスのところから出ていくのも今ひとつだし。

 アカデミー賞を取ったということですが、いい具合に派手さもあるし、盛り上がりもあるし、設定の面白さもあるし、お祭り的なものとしては納得できます。2008年のアメリカ映画というと、ぼくの知る限りでは『レスラー』と『ウォーリー』がトップなんですが、『ウォーリー』はアニメ賞を獲っていますし(『ウォーリー』はマイベストオブピクサーです)、『レスラー』ではお祭りには地味なんでしょうしね。『スラムドッグ』はイギリス映画ですが、イギリスとインドはなぜか一緒にアカデミー賞を獲ることがあって、1982年の『ガンジー』のときもそうですね。そういえばインドはイギリス領でしたが、今回の映画では別に関係ありません。なんか今日はどうまとめていいかわかんねえや。
[PR]
by karasmoker | 2009-10-28 03:38 | 洋画 | Comments(0)
←menu