『チャーリーとチョコレート工場』 ティム・バートン 2005

実はバートンの良さがない作品。

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 ティム・バートンがアニメーターとして関わったという『トロン』(スティーブン・リズバーガー 1982)を元日に観たんですが、野蛮さを感じさせる面白い作品でした。全編にCGを駆使した史上初の映画というものなんですが、当然現代のものと比べればいかにも幾何学世界で、画面も暗い。でも、なまじ発展しきった技術よりも、ずっと魅力的なものがありまして、それを一言で言うなら「野蛮さ」なんですね。洗練されていない分、骨身の部分がむき出しで、とにかくやれることをやってやるという強さを感じる。昔の特撮ものの多くは今にしてもなお色あせませんが、それはつまり、技術を持たない時代の強さというか、限られた範囲でもフルパワーでやってやるという野蛮な意思を見るからなんです。たとえば『ウルトラマン』に出てくる戦闘機、ビートル号。あれが飛んでいるシーンをつくるために当時の人々が撮った方法はなんとも単純で、空を描いた円形の書き割りの前に模型を置き、書き割りをくるくる回すというものでした。今ではそんなことやれば馬鹿にされるし、CGでいくらでもつくれる。でも、あのビートル号が今CGで復活しても、たぶんぜんぜん感動しないと思うんです。見てくれの良さは大切ですし、映画とはビジュアルなメディアですけど、見てくれでは生み出せない感興というのがあって、その感興にこそ映画の魅力を感じたりするから、なんとも奥深いものであります(なんたるまとめ)。

 『チャーリーとチョコレート工場』はティム・バートンらしいと言えばらしいけど、らしくないといえばらしくない。彼らしいキュートさに充ち満ちているようで、実は彼の魅力が活きていない。そんな感じがしました。むしろ今も新作が公開中のテリー・ギリアムに近いですね。ギリアムとバートンのいちばんの違いって、キュートさだと思うんです。新作は知りませんし数作しか観ていないのですが、ギリアムはぜんぜんキュートなものをつくろうとしないんです。なんかうさんくさいイメージで、どこか醜悪さを帯びている。バートンはかわいらしいものをつくるんです。うまい具合にまろやかなものをつくる人です。今回だってもっとキュートなものができたのでしょうし、それが持ち味だと思うんですが、あまりその方面の満足はなかった。チョコレート工場ってくらいですから、とびきりキュートでいいと思うんです、ファンタジックに。ところが意外とファンタジックな感動はなくて、ちょっとSFっぽくさえしてしまった。

 今ふと感じたんですが、バートンはピクサーってものを脅威に感じているかもしれません。ピクサーの生み出すキュートさを前にしては、実写で人間が出てくるものはどうしても負けてしまう。特に今回のように工場内、フィクション100の世界でやるとなると、ピクサー的キュートさに行くのはためらわれて、ある程度実写感を前に押し出す方面に行くしかない。『ビートルジュース』にせよ『シザーハンズ』にせよ『スリーピーホロウ』にせよ、現実の場面と彼のキュートさが程よく入り交じっているわけですが、今回のようにフィクション100ではむしろ手に余ってくる。そういう印象を受けました。さて、アリスやいかに。

 物語自体もねえ、クライマックスがないんですね。実に四回、まったく同じような構成の出来事が起こるわけですが、いかんせんクライマックスがない。要は一緒にいた子供がどんどんいなくなっていくわけですが、この場合主人公にも魔の手が! というどきどきがないと盛り上がらないでしょう。ホラーやスプラッターはどれもが取る手法ですよね。どんどん犠牲者が増えていき、最後には主人公が危険な目に、というのが一般的な方法で、そうすることで盛り上がりは生まれるんですが、この映画は主人公がぼけーっとつっ立っていたらめでたしめでたし、ですからね。何かしそうな雰囲気を持ちながらも、ジョニー・デップは同じことをただ繰り返すだけなんです。いや、それならそれで消えていく子供たちの場面をきちんとしてほしいんですが、バートン監督にしてはなんともずさんです。娘がえらいことになっているのに、助けようとすればできるのに、父親は何もしなかったりするんです。あそこはしっかりしてくれよ。百人中百人、「柵を乗り越えろよ!」とつっこみたくなる場面ですよ。あの切れ者の子供が小さくなるくだりもそう。目の前でチョコが小さくなるのを目にしているのに、なぜ自分からひどい目に会いに行くのか。四回同じことを繰り返すなら、そして主人公を追い込まないなら、一回ごとにその不可避性、もしくは衝撃を高める必要があるのに、あとになればなるほど、どうでもよくなってくる。

 細かいことは気にするな、この世界観を味わってくれよ、というのなら、それこそ断然『トロン』のほうが上です。バートンにしては、チョコレート映画にしては、かわいげのない世界でした。幼少期のトラウマとかっていうエピソードもなあ、あれは物語的な落としどころをつくりたかったんでしょうけど、いかんせん子供をひどい目に遭わせるところとはつながりがないんですね。しかもここに時間を割いてしまったせいでクライマックスも生めなくなっている。

 安っぽさもないし、面白い世界をつくれてはいるんです。でも、見終わった後の余韻がぜんぜんない。本当にただ工場見学をさせられただけの気分で、しかも取り立てて発見もない。最初の時点でいわくありげなファンタジー世界をつくったんですから、あとはクライマックスさえあればよかったのに、一体どういうことなのでしょうか。
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by karasmoker | 2010-01-13 06:43 | 洋画 | Comments(0)
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