『コーカサスの虜』 セルゲイ・ボドロフ 1996

正しい戦争映画のあり方。
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ぼくの普段観る映画は日本映画とアメリカ映画がほとんどでして、それ以外の地域のものはぽつぽつとしか観ず、ロシア映画というのは実は観たことがありませんでした。今回初めて観る本作は厳密にはロシア、カザフスタンの映画らしく、トルストイの小説を原作としています。

 第一次チェチェン紛争を題材にしているのですが、恥ずかしながらぼくはこの辺のことについてまったくの無知でありました。たぶん、おおかたの日本人がそうだと思います。チェチェンの場所を正確に、あるいは大体にでも把握している人は少ないと思います。ロシアからの独立をめぐって起こった紛争で、今もなお緊迫状態が続いている。こういう紛争は世界に数知れませんが、こうした出来事を見聞きすると、日本のニウスなんてものを観る気がいよいよ失せてきます。日本で大問題だと言われていることも、向こうに比べたら些事もいいところ。日々戦っていたり、あるいはそれに苛まれたりしている人々からすると、日本の政治家のどうしたこうしたなど、「けっ」の一音で唾棄されるでしょう。この映画は言ってみれば小さな映画です。描かれることも決して派手ではない。でも、映画自体が持つパワーというのは、下手な超大作よりずっとずっと大きいものです。鑑賞し終えてから残る余韻、というのは、表現が持つ大きな魅力ですが、この映画はまさにその点が大きいのです。

 コーカサス(カフカース)地方でロシア兵二人が、山村に囚われます。彼らを捕らえた村人の一人が、捕虜の交換に彼らを使おうと画策します。村人の息子がロシア軍の捕虜になっており、その息子を奪還するために彼らを生け捕りにしたわけです。ロシア兵二人は脱走を図りながら、その山村で暮らしていきます。

 山村に捕虜がやってくるという話だと、これより後に『鬼が来た!』(チアン・ウェン 2000)がありますが、あれがかなりパワフルな劇だったのと対照的に、とても静かな物語運びです。ロシア兵二人と村人の交流とも呼べぬ交流があり、退屈と言えば退屈ではある。そんな映画を支える大きな要素は、コーカサス地方の山々です。本当にファンタジーみたいな世界で、画になりすぎるほどの風景です。この地方で生きていくというのは一体いかなる人生なのだろう、という想像をふくらませるのです。雄大な大自然、という月並みな文句がありますが、この風景は雄大すぎます。ああいうところで生きている人は、もう根本的にぼくや多くの日本人とは何か重大なものが違うのでしょう。アメリカやヨーロッパはまあ、同じとは言わないけれど似通うものはありますよ。でも、あの場所で生きている人とはもう、本当に全然違うだろうな、と思わされます。観ながらそんなことなどをいろいろと考えることができます。

 物語は中盤、ほとんど動きません。囚われた兵士の母親が奪還を望む様など描かれますが、山の方ではあまり大きな出来事は描かれない。だけれどその分、クライマックスに行くと一気に持って行かれます。「一気に」と言いましたが決して勢いがあるクライマックスではない。あくまで淡々と、淡々と進みます。でも、起こることのひとつひとつはショッキングです。「静けさが静けさのままに弾ける」。辛うじて言えるのは、そんな漠然とした文句だけです。その出来事を観ているときは、クライマックスだ! ショッキングだ!とはあまり思わない。でもそのシーンの数十秒後くらいに、ああ、なんかもう取り返しがつかねえや、という気分になる。ボディブローというのでしょうか。じわりじわりと来るのですね。

 あのラストシーン、ラスト数分間は本当に秀逸でした。銃声が鳴り、死んだはずの彼が目の前を横切っていく、振り返れば老人の後ろ姿、荒野、生き延びた男の上に迫り来る戦闘機、助けに来たかと思いきやそのまま飛んでいく戦闘機、そのまま飛んでいき、旋回する戦闘機。ここは、すごい。

 いや、本当はこんなシーン、つくられないほうがいいんです。松本人志が以前、映画評の連載をしていたとき、「戦争映画は本当は面白くない方がいい」と述べていました。いわく、戦争っていうのは本当にひどいんだと思わせなくては駄目で、どんぱちやるのが面白いとか格好いいとか思わせるようでは本当はいけないんだ。その伝で行くと、この映画は成功しています。この映画は確かにいい映画です。でも、本当はこの映画自体がつくられないことこそ、いちばんいいことなんです。あのラストシーンも、本当はああであってはいけないんです。

 近頃はこの手の感触をもらえる映画に出会えておらず、大変貴重な映画体験でした。こういう映画はない方がいいんですが、これはとてもいい映画です。これはとてもいい映画ですが、こういう映画はない方がいいんです。だからこそ、戦争映画として大変正しいのである、とだけ、はっきりと申し添えておきましょう。
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by karasmoker | 2010-01-17 00:42 | 洋画 | Comments(0)
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