『ディア・ドクター』 西川美和 2009

賞を取るのが大変にお上手な優等生の映画。攻めていないところがなんともいけ好かない。
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キネマ旬報で昨年の邦画一位を獲得していました。『ゆれる』も世間的には大好評だったようで、こんなことを書くのは気が引けないでもないのですが、 個人的にはこの監督、どうも過大評価されすぎな気がします。OLあたりには丁度いい感じがしますが、プロの映画観(えいがみ)がこれを褒めるのは、正直よくわからない。去年の一位をこれにして、『愛のむきだし』を四位にするキネ旬がわからない(『誰も守ってくれない』とか入れてるし)。『映画秘宝』では『愛のむきだし』、邦画の中でダントツの一位だし、『映画芸術』でも一位。ちなみに町山智浩さんは邦洋含めて第一位。ちなみに当ブログの検索ワードはもう超ダントツで『愛のむきだし』。『ディアドクター』はあの阿呆らしもない日本アカデミー賞でも優秀作品ノミネートで、選考委員の馬鹿どもは『愛のむきだし』をノミネートすらしていない。『ディアドクター』を褒めている層は、要はそういう層です。『愛のむきだし』がダントツだということがよくわかっていない連中なのです。

 さて、『ディアドクター』。新文芸座は活況でした。
無医村で慕われている医師を笑福亭鶴瓶が演じており、彼の活動とその後の失踪が交互に物語られます。ほとんど予備知識なしで観たのですが、おそらく鶴瓶が無免許医師か何かなのだろうという気がして、実際にその通りでした。そうと知れてからのくだりが長く、何のひねりもなかったので残念でした。

『ゆれる』のときも感じたんですが、どうもこの監督は間をたっぷり置けば映画的になるとでも考えているようです。最初こそわりとテンポはいいんです。コメディタッチで鶴瓶の奮闘ぶりが描かれ、この辺は長さを感じず、面白く観ました。ですが、彼は医学的心得に乏しいとわかりかけてきて、だんだんシリアスな感じになっていくにつれ、もったりとした間が発生し、テンポが急激に落ちる。間を置いてもかまわない演出というのはおそらくいくつか条件があって、画的な配置が面白いであるとか、台詞回しやその内容に迫力や深みがあるとか、その後に起こる急な運動を予兆する静けさであるとか、そういう工夫が必要になると思うのですが、この監督はその辺の演出にそれほど長けてはいない。物語は無医村での奮闘と刑事の聞き込みを繰り返すことでその単調さを免れてはいるものの、あとあと刑事の聞き込みがどうにも面白みを欠くものになり、語りのテンポのだるさがばれてくる。そしてたっぷりと余計な間を置いた分、余計なカットをしこたま差し挟んだ分、肝心なクライマックスが雑に、記号的に処理される。『ゆれる』と同じです。

 いちばんまずいなあと思ったのは、無医村の人々の翻意をものすごいショートカットで描いてしまったことです。それまでは村のヒーローみたいに持ち上げていたのに、刑事の捜査で彼が無免許医師だとわかると、彼らは掌を返して悪口を言う。いや、別にそれはそれでいいんですけど、そこがすっごくあっさりしているんです。そこじゃねえの? そこにこの話の相当大事な部分はあるんじゃねえの? そうじゃなかったら、前半で延々と鶴瓶の活躍を描く必要がなかったじゃないですか。無免許だとわかった村人の反応は普通に考えて二つですよね。無免許でも彼は立派だったと持ち上げるか、無免許なんて最悪だと落とすか。どちらでもいいんですよ。それはもうどちらでもいい。曖昧であってもかまわない。でも、曖昧であってもきっちり描かないと。途中から出てきた井川遥とか刑事の人とかが悩んでみせるのは結構ですが、肝心なのは村人たちの気持ちでしょう。正直、逃げたなあという感じがします。村人の代表として八千草薫がいるんでしょうけど、八千草薫が今回はあまり面白くない。『歩いても歩いても』の樹木希林がどれだけすごかったのかわかります。

 台所のショットなんかは『歩いても歩いても』と酷似していて余計に感じたんですが、八千草薫がねえ、もうひとつ面白くないのです。あの方は画になりすぎてしまう。あれはもう孤独なおばあちゃんなのですから、もっと不細工でしわくちゃでいいんですよ。一人暮らしの寂しいお年寄り感が強いほうが、絶対あの役は活きたはずです。しかも性格がよくわからないというか、あのキーポイントになるおばあさんとしては性格が弱い。樹木希林のように快活でもいいし、あるいは世をすねたクソババアでもいいんです。そうすれば絶対もっと活き活きとした存在になったのに。で、井川遥です。ここに井川遥を持ってくるあたりがOL映画っぽいです。映画向きな役者とそうでない役者がいるとすれば間違いなく後者で、明らかに存在として薄い。それを埋めるためなのか、無意味に沈黙の横顔ショットとか入れるし、一目置かれているみたいにするし。

なにさま映画評らしいなにさまな弁舌ですが、もうちょっと続けると、この映画、あるいは監督は、どうにも攻めていない気がしてならないのです。よく言えば卒がない。卒がないから賞もたくさんもらうのでしょうけれど、この映画だけが持っているもの、これを描きたいのだという攻めの部分がどうしても見えない。不細工でいいと思うんです。八千草薫は好例で、あそこに綺麗な大女優を置いておけば大丈夫だろうという「置きにいっている感じ」が否めません。あの役はもっとしわくちゃで閉鎖的なやつの方がいいって。鶴瓶に対しても、嘘をついてくれみたいな話をするけど、あれだってもっと、最初は診療をいやがっていやがって、でも実は理由があってみたいにすれば、キャラが立ってくるじゃないですか。他のキャラ立てでもいいから、何か方法はあったはずです。何度も引き合いに出しますが『歩いても歩いても』の樹木希林はそこが最高だったんですよ。陰と陽の使い分け、あるいは尋常と異常の境目が絶品だったんです。ああいうのがないってことに、映画観(えいがみ)たちは何も感じないのか?

 でねえ、ラストもねえ、あれは逃げたなあ。
 慕われていた医師、でも深い事情があって失踪した医師、あの交互の文脈で話を進めておいて、正直別に展開にひねりがあるわけでもなくて、途中から間がだれてもう観ているのが苦痛になってきて、さあラストはどう締めるのだと思ったら、あんな風にちょいとハートウォーミングみたいな。あのラストで終わるなら、途中に伏線が欲しくありませんか?お茶かなんか渡していましたけれどそうじゃなくて、八千草薫が何かを探している、何かを無くしてしまった設定にするとかして、それをラストで渡すとかなんとかできたはずですよ、あんなにもったりとした間をつくっては何回も合わせていたんだから。ペンライトのくだりも急ぎ足だと指摘したとおりです。

 いろいろと悪態をつきました。いちばん気になる、好きになれないのは、攻めてない感じのするところ。結局何をどうしたいのかもうやむやに終わらせるところ。ただ、今後もこの監督は賞を取っていくでしょうね、賞を取るのが大変にお上手です。優等生メディアに今後も褒めそやされていくことでしょうから、ぼくみたいな訳のわからぬ腐れポンチがあれこれ言っても、唇寒しなのですね。
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by karasmoker | 2010-02-05 00:18 | 邦画 | Comments(4)
Commented by 通りすがり at 2013-09-12 21:07 x
浅い。狭い。痛い。自分の理解の範疇外はブログで扱わないほうがよいよ・・なんて思いました。
Commented by karasmoker at 2013-09-13 21:52
わかってないのはお互い様ってことで。
Commented by たかさん at 2014-07-04 00:15 x
自分も、評論家がこの映画を批判しないのが不思議でしたねえ。
そもそも、偽医者は犯罪なのに、そういう視点はゼロ。ぬるい善意の
ショーが最後まで続くんですよね。今後も批評、期待していますよ。
おすぎや映画ライターの批評なんか読む気になれませんわ。
Commented by karasmoker at 2014-07-06 00:52
コメントありがとうございます。
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