『第9地区』 ニール・ブロムカンプ 2009

脚本、設定上の不備を吹き飛ばす凄まじいパワー。「これぞ映画」のひとつ。
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原題『District9』
 映画好きを自称しながらいまだ『アバター』を観ていないようなぼくですが、こいつは駆けつけなくちゃと思って行ってきました、シネマロサ。またも三列目に座ってしまったけれど、これからここはもう二列目に座ることに決める、決めよう。

 南アフリカが舞台のSFアクションです。巨大宇宙船がヨハネスブルグの上空に飛来し、中にいた宇宙人たちが難民として地球に降り立ちます。彼らは街の一区画「第9地区」に隔離居住させられることになります。それから20年の月日が経ち、宇宙人の数が増えてトラブルを多発するようになってしまい、彼らに手を焼いた政府は民間企業MNUに業務委託を行います。MNUは宇宙人を「第9地区」から立ち退かせ、強制収容所のような場所に押し込めてしまおうと考えました。そしてその計画のリーダーとなった主人公ヴィカスがいざ、宇宙人居住区へと足を踏み入れるのでした。

 宇宙人はバラックに住んでいるのですが、その家の様子と彼らの外見のギャップ(あるいは調和)がとても面白いです。ずたぼろの家から甲殻類みたいな宇宙人が出てくるくだりはリアルとアンリアルの混融ぶりが絶妙であり、ちょっと「ごっつええ感じ」の世界を彷彿とさせるものがあります。舞台としてあのバラック街を造形したのはとても的確だと思います。やっぱりぼろぼろの町並みっていうのはそれだけで、生活のにおいをいやおうなく感じさせるものだし、同時にそこでの生活の悲しさを思わせるものなのです。思えば『スラムドッグミリオネア』の映画的な良さはあのインドスラムのくだりにあったのだし、ブラジルスラムでいえば『シティ・オブ・ゴッド』『シティ・オブ・メン』があり、あの映画でも町並みが重要な要素として機能していました。黒澤明の映画で最も好きな作品のひとつである『どですかでん』も貧困の底の風景を描いており、それだけで画面から放たれるにおい、臭気が印象深いものになっていた。『第9地区』はそのバラックに奇妙な宇宙人を配置したことで、他の映画にない独特の雰囲気を提示したのです。

あの風景とグロテスクな宇宙人の風貌はうまいです。あれによって、宇宙人にぐっと存在感が増すのです。驚くことに、街の風景と彼らがなじんでいるんです。たとえば都会の綺麗な町並みの中にあの宇宙人がいたら、一気に嘘っぽく見えてくるわけですが、この映画では汚い街をうまく使い、彼らがいそうな空間に仕立て上げてしまいます。

 この視覚的魅力が設定の穴をうまく隠してくれます。正直、設定としては甘い部分もあるのです。そもそもあんな巨大円盤が飛来し宇宙人がやってきたら人類史上かつてない大事件に数えられるわけでして、あんなぼろぼろの場所にただ単に住まわせておくというのが変な話なのです。それに主人公始め出てくる人々は宇宙人と結構複雑なコミュニケーションをとっているのですが、どうしてそんなことが可能なのかよくわかりません。言葉が通じているのが不思議でなりません(あるいは言語については、脳波を相手に伝える技術があるのかも知れません。なにしろあんな巨大宇宙船をつくれるのですからテクノロジーは計り知れないのです)。あとはあの液体が何なのかさっぱりわかりません。あの液体であの宇宙船を動かせるというのもよくわからない。説明不足な部分は多く、これは続編で明らかになるのかも知れません。

 脚本、設定的にはなんだかぼやぼやしているところも多いのですが、そんな細かいことに気を取られてこの映画の美点を見逃すのは無粋に過ぎます。この映画の迫力は素晴らしいです。途中、主人公のヴィカスが『ザ・フライ』『ザ・フライ2 二世誕生』的な展開に放り込まれるのですが、そこからはこれぞ映画という快楽に充ち満ちます。

 映画における最も重要にして尊い醍醐味とはすなわち、時を忘れて画面に食い入ってしまう体験をすることです。忘我し、没頭すること。これぞ映画鑑賞なのです。この映画はその体験をさせてくれた大傑作だと思います。ミリタリーアクションがすごい映画というと、わりと最近のものではアルフォンソ・キュアロン監督『トゥモロー・ワールド』(原題:Children of Men 2006)があります。あれは長回しを多用し緊張感を漲らせた傑作です。あとは『プライベート・ライアン』の序盤と終盤も世界最高峰のミリタリーアクションシーンですね。日本だと『狂い咲きサンダーロード』がありますか。古いところならペキンパーの『ワイルドバンチ』を忘れるわけにはいきません。あれは西部劇ガンアクションの頂点だと言えましょう。そうした映画たちに、この映画は並んでいます。とにかくクライマックスのシーンのすごさったら! 

 追われる身となった主人公ヴィカスがメタルギアREXクリソツのマシンに乗って戦うのですが、このシーンをぜひご覧頂きたい。このクライマックスを見せられたら、もう設定の細かい事なんてどうだっていいんです。あれね、ヴィカスを終盤ぎりぎりまで英雄的に描かなかったのがものすごく大きいと思うんです。この映画は主人公の男ヴィカスと一人の優秀な宇宙人クリストファー・ジョンソンとのバディ・ムービーのように後半からなっていくんですが、ヴィカスはあくまでも自分の目的のためにずっと動き続けているんです。だから時として、自分の利にならないとわかると、相棒的なクリストファーをひどく打ち付けたりする。これが大変共感できるというか、とても等身大の人物像を描き出しているのです。SF設定に不備はあるものの、人間の小ささをきちんと描いているのであり、信頼できます。そうあればこそ、英雄的に振る舞えなかった男ヴィカスが最後にあの行動を取るのがものすごく格好良く、ゆえにあのシーンは最高なのです。

 さて、ぼくは性格が悪いので、「自分が良いと思ったものをディスるやつを徹底してディスる」習性があります。誰のものとも知らないネット上の文章を抜粋し、つるしあげてやります。

「本当につまらなかった! (キッパリ!)

エイリアンは気持ち悪いし、主人公は人として最低な自己中野郎で、最後はエイリアンに助けてもらったクセに、自分だけ助かろうとして、それがムリだとわかった途端に急に偉そうに上から目線でヒーロー気取りで、本当に嫌なヤツでして。

なので、ずっと こんなヤツ早く殺されてしまえ・・・と思って観てましたが、結局死なず。
さらに、それぞれ英語とエイリアン語(?)しか話さないのに、お互い会話が成立してたり、なぜかパンツみたいに布を着けてたり、挙句にエイリアンの名前がクリストファー・ジョンソンって!!

限りなく、人間寄りなエイリアン設定なんですけど。

こんな映画と知ってたら、絶対観なかったのになぁ・・・ 」

 ああ、エイリアンが気持ち悪い、主人公が自己中と言ってぶうたれているこの人は、さぞ容姿端麗でさぞ隣人愛に溢れた聖人なのでしょうな! 最初は気持ち悪いだけだったエイリアン、クリストファー・ジョンソンに対して物語を経ても何も感じない。極限状態にある主人公を「自己中野郎」と言い、「なんとかして生きていきたい」と願う人間性を感じない。せいぜいてめえだけを愛してくれる利他的イケメンを捜してな! クリストファー・ジョンソンという名前で「人間寄りなエイリアン設定」だと?  地球に移民して20年経っているんだよ!自称か他称か明らかじゃないけど、そういういかにも地球人的な名前をつけさせられているところが悲しいんだし、同時に可笑しいんだよ馬鹿! 人間寄り? 人間寄り? 「人間寄り」って何ですか? いやあ、ぼくは自分で「性格が悪い」と思っていましたが、こういう人に比べるとぼくなんて、まだまだみたいです。

 ちゃんと映画を観る頭を持っている人にはちゃんとおすすめします。これは傑作です。まだまだいくらでも書きたいのですが、もう1時半だよおい。
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by karasmoker | 2010-04-16 01:34 | 洋画 | Comments(2)
Commented by little pow at 2010-05-15 15:14 x
すみません。たまたま立ち寄ったものです。
今さらのコメントで申し訳ないですが、すばらしい評論だと思います!

>>映画における最も重要にして尊い醍醐味とはすなわち、時を忘れて画面に食い入ってしまう体験をすることです。

禿同です!

あと最後の部分、溜飲が下がりました(笑)

これからもレビュー楽しみにしています。
Commented by karasmoker at 2010-05-15 21:16
コメントいただき、ありがとうございます。
観ての通りのコメント貧乏ですので、反応をいただけるのは嬉しい
限りでございます。今後も気が向いたときでかまいませんので、
どうぞお立ち寄りいただきたく存じます。
「この文章は間違っているぜ! おめえはこの映画について何もわかっちゃいねえぜ!」
と思われたときも、どうぞお気軽にご指摘くださいませ。
時折下品な文章を書くため、お目汚しする機会もありましょうが、
「仕様のないやつだ」と笑ってくらはいませ。
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