『パンズ・ラビリンス』 ギレルモ・デル・トロ 2006

ファンタジーと現実の狭間に生きる少女の姿は、激萌えだってんでい!
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 TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』における「無差別評論コーナー シネマハスラー」で、ぼくの投稿したメールが取り上げられました、いやっほう。ラジオでメールを読まれたのは初めての経験で、該当箇所を何度も聴き返しています。『第9地区』の回に寄せられたメールは番組史上最多であるらしく、その中から選ばれたのは余計に嬉しいのです、いやっほう。今後はここでも「宇多丸」ではなく、「宇多丸さん」と書きます。一度でもコンタクトできた相手にはきちんと敬意を払うのです。ここを右クリックで開いてもらえば聴けましょう。29分あたりでぼくの言葉も出てきましょう。

世間では今週末より、バートンのアリスが公開されるようです。予告編を観る限り、どうもアリスがごっついです。19歳のアリスという設定らしいのですが、この手の映画は少女、ロリータのほうが絶対はまると思うんですよ。か弱い少女が不思議な国を大冒険するからこそこちとらはアゲアゲになるのであり、あのアリスはなんだかごっついです。ちょっと顎が割れていた、ないしはこの先割れるのではと思わせるのです。

 可愛らしい少女が支えている映画としては、ギリアムの『バロン』が記憶に残っています。あれはサラ・ポーリー抜きにはどうしようもない映画なのであって、時としてロリータは映画の屋台骨になるのです。ぼくがリュック・ベッソンの『レオン』を推さざるを得ないのは、なんといっても当時のナタリー・ポートマンが神々しいまでに瑞々しいゆえであって、『バロン』にせよ『レオン』にせよ、タイトルになっているおっさんキャラクターよりもその傍にいる少女に萌えるのです。思えばぼくは小学校当時、ドラマ『家なき子』の最終回を見て号泣した覚えがあり、あれがある種の原体験となっているのかもしれません。

 ロリータの魅力をですます調で語ったらどうあがいたって気持ち悪くなるのが世の習いでございますが、この『パンズ・ラビリンス』もまた主人公の少女、イヴァナ・バケロの可愛らしさによって一段と格調高い話になっていたのであります。この映画は素晴らしいです。「少女×異世界」ものとしての側面を多分に有しつつ、骨太な戦争映画としても立脚しているのです。『パンズ・ラビリンス』というタイトル、そして異形の者の存在感から、ぼくはてっきりファンタジーものだと思っていたのですが、いやはや、このバランスを成立させる映画をぼくはおそらく初めて観ました。

 時は1944年、フランコ独裁政権とゲリラの戦いが続くスペインが舞台です。少女オフェリアは母とともに、軍の大尉のもとに引き取られていきます。オフェリアは新しい住まいとなった森の中で、牧羊神パンとの不思議な出会いを果たします。

 ファンタジー要素が多分に濃い作品でありながらも、一方では戦争下の人々の動きをつぶさに追っていきます。2001年に監督された『デビルズ・バックボーン』でも同じように、スペイン内戦下でホラー要素の強い話を進める、という形式でしたが、あの映画よりもはるかに高いクオリティになっていると思いました。『パンズ・ラビリンス』ははっきりとファンタジーでありながら、はっきりと現実に足場を置いており、その調合具合がなんとも絶妙なのです。

 少女を主人公としながらも、彼女だけに比重を置いた物語をしなかったのがひとつの勝因です。軍とゲリラのシビアな戦い、軍の監視下で静かに動き回る人々。こちらをきっちり描いており、フィクション性の強い世界と交互に描き出すものだから、よりいっそう現実感、緊張感のあるものに見えてくるわけです。ひとつの戦争映画として描けばかなり骨太な力作になっただろうし、またファンタジー世界についてももっと観てみたいと思わせる演出力ですが、どちらかに傾けばジャンル映画に括られかねません。もっと娯楽的に映ったことでしょう。この映画はそのどちらに引っ張られることもなくつくられており、ゆえにとても不思議な映画として屹立しているのです。

現実の戦争と異世界への冒険的ファンタジーという相容れない要素を、互いに干渉し合うことなく、一人の少女に託して織りなしたがゆえに、この面白さは生まれたのです。イヴァナ・バケロの可愛さはヤッホーです。あのか弱さは芸術的! この世界に最適の顔立ち、たたずまいであり、観てもいなくてなんですけどバートンにも見習ってほしい! やっぱりね、ファンタジー世界への萌えというのは、少女への萌えと融合することでより大きな熱量を生むのですよ。特にこの映画の場合、彼女が対峙するのはファンタジーだけでなく、現実の敵対者でもあり、さらに最後には・・・という構造を取っており、うわあ、やられた!

 あの医者の行動は格好いいですねえ。ここでも再三触れている「服従と尊厳」にまつわる、この上ないストレートな表現です。
「何の疑問も抱かず従うだけなんて、心のない人間にしかできないことだ」
 この映画がすごいのは、このテーゼを結末で活かしたところですね。あの結末は映画鑑賞個人史の中でも結構ベスト級です。赤ん坊の血を流せ、という導きに従わなかった。それが尊いことなのだ、という結論。これは芥川龍之介の『杜子春』と同じ構造ですが、映画では観た覚えがありません。そして最終的にあの曖昧さを残したからいいんですよね。あれで救われました超ハッピー、では現実とファンタジーのバランスが崩壊します。それをきちんとわかっている監督は、あえて相容れないような、それでいて筋の通ったラストをつくりだした。悪役の結末も愉快痛快です。悪い大尉が格好つけて死のうとするけれど、それを止めてしまう。これはねえ、これはいい。映画的格好つけと決別した、透徹したリアリティです。

 あまり細かい内容に言及できていませんが、あえてしていないのです。これは観た人にしかわからない部類の映画なのです。ファンタジー世界にどっぷりと浸かる快楽もあるけれど、それとはまったく別種の映画的快感。いやっほう、おすすめです。
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by karasmoker | 2010-04-18 06:37 | 洋画 | Comments(0)
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