『赤い天使』 増村保造 1966

いいところはいっぱいあるんですけれど。
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増村作品の中でも名作のひとつとされる本作。日中戦争の従軍看護婦が主人公で、若尾文子を愛でるにはこれまた佳い作品です。前半、野戦病院の凄惨な描写が続きまして、これなどはそのすごみを増すうえでモノクロがとても有効でした。増村作品はカラーのほうが好みなのですが、本作に関しては例外です。というのも、白黒場面から発される血の迫力が、カラーで描かれるそれよりも真に迫ったものに思えたからです。

 なるほどぼくはここにひとつの発見を見ました。血の描写というのは、おそらくモノクロのほうがいいのです。カラーだとどうしても血糊感が出てくるのですが、モノクロだとそうはならない。むしろ黒く表されるその色が、とても恐いものに思えてくるのです。本作では治療の手立てのない患者が、次々と手足を切断されていきます。この切断した手足なども、カラーだとどうしてもつくりものめいて見える。ところがモノクロはその難を回避できるわけで、ここは大いに作戦勝ちです。このシーンはぞくぞくしながら観ていました。だからスプラッターものなんかも、あえてモノクロで撮ったほうが、もしかしたらいいものが生まれるかもしれません。

 ただ、全体を通して言うと、この前半部の迫力がいちばんで、後半にさしかかって行くにつれ、それほどの感興を得られなくなりました。前半のド迫力で結構ハードルをあげてしまった気もします。個人的には、あのトーンを持続できていれば、という作品のひとつなんです。

 と言いつつも、物語的な美点も観られます。若尾文子扮する看護婦は、川津祐介演ずる負傷兵の看護に当たります。彼は両腕を切断しており、満足に下の世話もできず、そうなると性欲の処理もできないのです。若尾は彼の欲求を満たしてやり、献身的な奉仕を行うのですが、その後川津は自殺してしまいます。「あなた以上の女性にはもう会えないだろう」と遺書を残して死んでしまいます。ここなどは宮台が言うところの「痛み」を覚えさせます。相手の幸福に奉仕したことによって、その人は死んでしまったのではないか。もしも相手に優しく接していなければ、彼は違う人生の経過をたどっていたのではないか。もしかしたらどこかで別の幸福を得る場面もあったのではないか。善行が死を生みだすのではないか、という人生に普遍の議題が、ここに描かれるのです。

 などと言いつつも、この映画をさして褒められないのは、その後の展開にこのくだりが活かされてこないからです。若尾看護婦は芦田伸介演ずる軍医と恋仲になります。芦田はモルヒネの依存症に陥りインポになっていますが、彼女の頑張りによってモルヒネを断ち切り、インポも治してしまうのです! いや、確かに、美点はあります。待ったなしの死地に置かれた男が、モルヒネの依存症を立ちきろうと、インポからの復活を遂げようとすること。死が目前に迫る人間が、生を得ようとすること。これは悲哀を感じさせる展開なのです。でも、でもでも、そういうのがあんまり活かされていない!

 若尾文子が結構ベタに、芦田を愛してしまっているんです。こういうのは、「モテへん組合池袋支部・部長」のぼくなどには、けっ、という感覚を抱かせます。敵がやってくるぞ、もう駄目かも知れないぞ、という日の前夜。他の兵士たちが夜の闇に身を伏せて、じっと虚空を睨んでいます。そのとき、若尾と芦田は何をしているかというと、あろうことかコスプレごっこをしているのです! 珍シーン!

 若尾が芦田の上官の真似をして軍服を着、「靴を履かせなさい」とか何とかやっているのです。なんだそりゃ! 川津が浮かばれねえよ! 考えてみれば、命がけで飛び交う弾を避けて生きてきた他の兵士たちが、性欲を満たしたい一心でレイプに走って罵倒されているってのに、この芦田はおいそれと若尾の愛をゲットし、インポまで治してもらっていやがる! あげくに他の兵士が外で「恐いなあ、恐いなあ」と思いながら待機しているのに、こいつらはイメクラプレイをしていやがる!

 この辺がぼくなどにはどうも首をひねるところなのです。あのコスプレが何なのかぼくにはよくわかりません。誰か賢い人に教えてほしいです。いや、あるいは、だから、前半級のどぎつい場面がたくさんあって、全体がある種のドラッグムービー的な迫力に充ち満ちていればあの場面も、強烈なドラッグ描写になっていたのかもしれず、そうなればあの場面に狂気が宿り、なんかすげえものを観た、という気分になっていたのかも知れないけれど、ぼくはせいぜい、「けっ、芦田センセがよろしくやっていやがる」という気分にしかならなかったのです。

 いろいろと惜しい作品だと思うのです。いいところもいっぱいあるんです。でも、いちばん描かれている部分に、何の悲哀もなかったと思うのですよ。
 変にだらだら書かずに、この辺で。
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by karasmoker | 2010-05-05 08:04 | 邦画 | Comments(0)
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