『恋する幼虫』 井口昇 2003

「ヘタウマ」という言葉がこれほど似合う映画は、観たことがありません。
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 井口昇という監督の名前は前から目に耳にしていたのですが、今回初めて観ました。この監督は思いっきりAVはスカトロ畑の人なんですね。近頃では単体系も撮っているようですが、昔はスカトロビデオばかり撮っていたようです(それにしてもウィキペディアのフィルモグラフィは誰が書いたのでしょう)。

 AV女優が好きなぼくとしては、AV畑出身の監督は応援したいところです。思えば今大御所とされる日本映画の監督だって、昔はピンク映画を撮っていたりしたわけで、今後AV出身の名監督がたくさん出てきても不思議はありません。とはいえ、AV畑といっても、スカトロはかなりの僻地ですからね。ひとつの畑として確立してはいますが、これほどに世間一般から嫌われるジャンルは他にない。SMとかレイプとかもあるけど、あれはまだ一般表現にも近づけるじゃないですか。SとMなんて言葉は日常会話でも出てくるくらいになったし、レイプだってたくさんの映画で出てくる。レイプビデオの監督が撮る暴力映画とかは面白くなりそうだと思います。

 じゃあスカトロ出身のこの監督が、映画に近づくうえでどこでその強みを活かすのか、といえば、これはもうはっきりと劇中に現れていました。ある意味でそのままでした。観ればわかりますけれど。

 映画それ自体は開始一秒で低予算映画だとわかります。そして映画それ自体も、いわゆる普通の映画とはかけ離れています。この映画をして「シュール」などと呼ぶ向きもありましょうが、「シュール」な映画なんてたくさんあります。別にこの映画に特異なものではない。この映画に最も適した形容句は「ヘタウマ」です。これほどに「ヘタウマ」という表現がしっくり来る映画を、ぼくは観たことがない。始まってしばらくは、「おいおい、大丈夫かこの映画」と思わされるんですが、いつの間にか引き込ませる。明らかにうまくないんです。でも、うまいんです。まさしくヘタウマです。

 主演は荒川良々と新井亜紀という女優さんなのですが、荒川良々という人は存在自体がヘタウマみたいな人です。まともに演じていても馬鹿っぽいし、馬鹿っぽくてもきっちり演じられる。この人の変人っぽさが映画に合致しているのです。そして初めて観た新井亜紀という人なのですが、もうこの人はある意味荒川良々以上のおかしさです。結構舞台に出たりしているようなんですが、ぼくはてっきり素人なのかと思いました。発声が映画向きではないんです。じゃあ舞台向きかというとむしろ逆で、普通の人が普通に喋っている感じ。だから声が聞き取りづらかったりする。映画というのは舞台よりも我々の日常に近い喋り方をするものですが、それでも誰しもある程度は声を張っているんです。そうしないと聞き取れないことがあるからです。ところがこの人の発声は本当に普通の人のそれで、もしこれが作為的なものだとするなら、監督含め、ほとんど達人に近い領域です。

 ある出来事をきっかけに映画は大きく動き出します。ネタバレします。はい、警告しました。

 新井亜紀は頬に怪我を負うのですが、その怪我はとんでもないことになり、簡単に言うと頬にアナルができるような状態になるのです。しかしそこは口の役割を果たしていて、そこから食べ物をすするのです。ここなぞはもうまさしくスカトロ監督の本領発揮です。頬のアナルがひくひくする描写などは、もう気持ち悪さに笑うしかありません。それを観てゲロを吐く荒川もひどいもんです。褒めてます。

 レイプビデオの監督が暴力ものを撮ると面白かろう、と書きましたが、スカトロ監督はスプラッターやモンスターものを撮ると面白いかもしれません。終始映画としてはヘタウマのトーンの中、ここだけは妙にそのトーンがきっちりと映画になっているのです。

 人と人が普通に会話する場面とか、いわばリアルな場面の描写については、ほとんど投げやりにすら見えるヘタな撮り方がある。おい、それでいいのか、という場面もある。でも、そこには野蛮さがあるんです。飛び出す目の描写なんて、野蛮の極致です。洗練の真逆を突っ走っています。映画が一般的に、なぜ表現を洗練させようとするのかと言えば、そこにリアルを求めるからです。あるいはうまさ、格好良さ、美しさを求めるからです。ところがこの映画の目の描写は、そういう映画的発展の歴史から大きく逸脱しています。これまさに低予算ゆえの野蛮さです。逆に予算があったらあんなものは撮れないのです。 
 一般的に言って、AVは大きなバジェットを組んで撮られるものではありません。毎年何百、何千の作品がリリースされていることからも明らかで、映画とは比べものにならない予算で撮られることが大半です。むろん、作品の肝となるのは女優の(あるいは男優の)肉体的な絡みですから、それほど予算を必要としないというのもありましょうが、限られた範囲の中でいかに他のものと違う作品をつくろうか、と作り手は頭を悩ませます。その中でたくさんのフェティッシュな描写が生まれてきたわけです。

 この『恋する幼虫』のような映画は、「まともな感覚」では撮れません。たとえばキネ旬で褒められるような、「いわゆる名作映画」をずっと観てきて、それに憧れた人間では、とてもじゃないけれど撮れない。はっきり言ってモテませんよ、これを撮ったって、絶対モテない。ついでにこれを褒める人間もモテない。でも、だからこそ惚れさせる。その人にしかつくれない映画ってものを、しっかりつくっている。結構度肝を抜かれる映画体験でした。おもろい、これはおもろいと観ながら何度も繰り返して呟いていました。他の作品も観なくちゃと思いました。

追記
 5月29日、デニス・ホッパー氏が前立腺がんの合併症のため、74歳で亡くなりました。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。
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by karasmoker | 2010-05-30 19:19 | 邦画 | Comments(2)
Commented by 白川 at 2010-07-02 01:19 x
一気に批評を読みましたが末恐ろしく感じました年齢がとても若く見受けられ70年代以前の映画の批評は笑えましたが好感は持ちました
Commented by karasmoker at 2010-07-02 02:32
コメントありがとうございます。実はそれほど若くないですが一応まだ世間的には若者にカテゴライズされる程度の年齢です。何歳くらいに思われたのか気になるところです。
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