『皇帝のいない八月』 山本薩夫 1978

一理あれば、よかったのに。
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 そういえばずーっと見逃し続けていた監督、というのは他にもいるのでしょう。山本薩夫監督の作品はどうやら初めて観たようです。なぜか野村芳太郎監督とごっちゃで捉えていました。

 予備知識なしで観たのですが、なんかこう、こういう映画の系譜ってありますね。小説で言うと直木賞的、あるいは映画なら最近の日本アカデミー賞的。その心はつまり、深く掘り下げられてはいないけれども適度に大衆的、というものです。びっくりするようなことが起こらないではないけれど、いわゆる娯楽映画の枠組みを一切飛び出すことがなく、ひとまずは安心して観ることができる映画。良識人がちゃんと受け入れられる映画。そういうのでいいときってあるから、そういうのでいいときにはおすすめしていいでしょう。

 予備知識なしで観たのですが、観てみてびっくり。政権転覆を画策する自衛隊員たちが日本各地で動き回っており、そのリーダーが電車を乗っ取ってしまうという大胆な話です。

 電車がクライマックスのメインステージになりますが、政治家の動きなども織りなしつつ進めており、テンポはいいです。逆に言うとこの手の映画はテンポが命。だらだらし始めると絵空事感が強くなるから、ある程度ギアを上げていく必要があります。あまりごつごつした表現は必要ないというか、体感時間を短くさせるように、個々の描写を省くほうがいい。個々人の性格うんぬんを描くのではなく、事件展開を追わせるように仕向けていくべきで、その点が潔い映画でした。

 この映画の自衛隊員、特にリーダーの渡瀬恒彦は、三島由紀夫よろしく、憲法九条、日米安保反対ってなもんで、自分のリスペクトする改憲派の政治家を総理にせよ! と無茶な要求を行うのです。要求を呑まないと乗客もろとも列車を爆破だ! と怒ります。

 こういう主張を行う人物を、映画の中でびしっと描くのは難しいです。どうしても偏った人間に見えてしまいます。『日本のいちばん長い日』でも、玉音放送をなくそうとした将校たちは、結局偏ったやつらにしか見えてこないんです。ひとつの映画という限られた範囲でできることは、主張を大声で言うことではないんです。そうじゃなくて、観客に対して、「こいつの言うことにも一理あるよな」と思わせることが大事なんです。

 憲法九条の議論だの何だのを、一本の映画が描ききることなんて土台無理です。でも、だからこそ、「一理ある」と思わせれば十分に勝ち。「自分とこの登場人物の考え方は違うけど、この人物の言うことにも一理あるな」、「なるほど、こういう立場の人間ならば、こういう考え方をするようになるだろうな」と思わせればそれでいい。いや、それさえも難しいわけです。この映画では、その点は残念ながらちっとも満たされていません。おかしなやつらが無茶なことをやっちゃったよ、おいおい、というものになっている。

 好例はここでわりと最近に取り上げた『新宿インシデント』です。日本にやってくる中国人サイテー、あるいは韓国人サイテー、と思っている人は多いようですが、ああいうのを観ると、「でも、最低なやつらは最低なやつらなりに生き方があるんだな」とわかる。

 ああいう映画を観ると考えますもん。たとえば日本に来て犯罪に手を染めるアジアの人々がいたとして、最低だとは思うけれど、そうならざるを得ない部分ってあるだろうなとも思う。そういうのを作り出しているのは差別する側の日本人だったりしないか? とも思う。日本に来てお金を稼ぎたいって素朴に思っていた人間が、その出自のために言われもなく罵倒されたりする。そのために心閉ざしてしまって、「くそ、日本人め、だったら罪でもなんでも犯して儲けてやる」って思うようになる。そういうことって、あるんじゃないかなあ。そのきっかけをつくったのは、実はむやみに差別した人間だったりすると思うんです。

 この手の議論をあっち系の人とする気はないので、この辺でやめておく。

『皇帝のいない八月』はその点のあれを満たしてはくれません。
 満たしてもらえるのは吉永小百合好きの眼福です。当時三十ちょっと過ぎくらいの吉永様ですが、最高にちょうどいいです。「美人過ぎないレベルの最高点」です。なまじ美人過ぎると映画の風合いを壊しますが、この映画の吉永様は最高にちょうどいいのです。他は野郎ばっかり、おっさんばっかり、あるいは女郎蜘蛛みてえな女だけのこの映画で、彼女はとても重要な役割を果たしています。あとは高橋悦史が格好いいです。『踊る』の柳葉敏郎は間違いなく彼の演技を見習っています。

 映画自体はとても穴が多いです。テンポはいいんですけど、なんかその分いろいろぼろぼろこぼしている感じは大きいです。熱い映画ならば、そういうのはどうでもよくなる。でもこの映画は、造反有理の心意気を感じさせない。こうなってしまうと、「ああ、もう頭のおかしい渡瀬がやらかしている」と思わされてしまいます。一理で、よかったのに。
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by karasmoker | 2010-06-03 00:28 | 邦画 | Comments(0)
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