『イングロリアス・バスターズ』 クエンティン・タランティーノ 2009

ナチスに勝って、ナチスに負けている。
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ある程度映画を観ていると、観る前からなんとなく予想がつくようになります。予備知識のあるなしに関わらず、パッケージやら何やらから発されるイメージで、その映画と自分の相性が合うかどうか、なんとなく察しがつく。それは世間の評判や評論家の意見ともまた違う、独特の感覚。今で言うと、観に行っていないけど、『告白』はあまり合わない気がする。これは本当に勘としか呼びようのないものです。それが裏切られることもあるから、また一興なんですけれどもね。

 さて、本作は映画秘宝では昨年のベスト1。映画秘宝は基本的にタランティーノ大好き雑誌です。この監督が映画オタクの神様みたいな人だからです。映画秘宝は映画オタク(映画通とか映画評論家と言うより、映画オタク)の塊なので、タランティーノは最も愛されているうちの一人なのです。俺たちの代表、みたいな感じじゃないでしょうか。

 ぼくも映画秘宝好きなのですが、本作は観る前からどうも合わぬ気がして、映画館でもスルーしてしまった。その勘通りでした。あまり合わなかった。

 四章立てになっているんですが、それでも一章目と二章目は面白い。一章目はこれまでのタランティーノ作品とは違う、老成し手練れた監督のような抑制の語り口で、なおかつ緊張感が漲った素晴らしい場面です。マシンガンが乱射されるくだりがあるんですが、これまでのタランティーノと違い、露悪的な被弾描写は皆無。お、これは新しい地平に歩み出でたか、と期待させます。

 二章目は対照的に、ブラッド・ピットの攻撃的な演技が光ります。予備知識ゼロで一章目を観れば、タランティーノが撮ったとはまるで思えない。でもこの二章目で彼お得意のふざけた感じ、砕けた感じ、砕く感じが加速し、ブラッド・ピット団(=バスターズ)とアホっぽいヒトラーの対立を予感させ、さらに期待値が高まります。

 ところが、三章目でがくんとなる。と、ぼくは感じました、はい。
ラブストーリーチックになるんですが、ここがあまり面白くない。せっかく最初の二章でギアをあげたというのに、一気にスピードが落ちる。緊張感がなくなる。大きく引っかかるのは、ランダ大佐とショシャナが出会う場面です。ランダ大佐というのは一章目でショシャナの家族を殺しており、ショシャナは命からがら逃げ出したわけですから、さあ、えらい相手と出会っちまったぞ、と思わせたいのでしょう。でも、ランダ大佐がショシャナに気づくわけがない。彼は家族殺害の日、彼女の後ろ姿しか観ていないのですからね。それにショシャナがランダ大佐を覚えていたのがよくわからない。彼女だって彼の顔は観ていないはずだし、以前の会話で名前を知っていたのだというならそのことをもっと一章目できちんと示すべき。これはサスペンスとしては弱い。とても弱い。はらはらしにくい。

 全編でバイリンガル、トリリンガルといったマルチリンガルが鍵を握るんですが、これはすごく面白いアイディアだと思います。一章目ではそれがすごくいい活かされ方をしていたし、二章目で通訳を介す場面も面白かった。でもそれが案外後半では機能しない。だらだらした会話だってその辺をもっと活かせばいいのに。同じナチスものならロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』で、ナチス兵士の言葉を歪曲して伝えるくだりがすごく面白かった。言語が通じないことを笑いに変える手管なら、サシャ・バロン・コーエンがとても巧みで、相手に通じないのをいいことにすごく失礼なことを言っていたりする。ああいうのがねえ、少ないんです。タランティーノ節の一つとも言えるだらだらした会話、特に今回は時代背景上オタク的な駄話は使えないのだから、だらだらしゃべりを言語の摩擦に用いれば良かったのに。一体どうしたのです。

 四章目の酒場の場面はいいんです。ナチスの少佐が作戦遂行の邪魔になるくだりはサスペンスフルで、あの微妙な空気は愉快。その後、嘘を見抜いた理由も気が利いている。でもね、サスペンスの緊張感がすごいとか言うのなら、『レザボアドッグス』を忘れたのかと言いたい。あれは90分を緊張感で漲らせていましたよ。今回は二時間半かけて、いい緊張感があるのは一章目とこれの二カ所です、せいぜい。

 あと、この映画はクライマックスが短すぎます。同義の換言をすれば、クライマックスに至るまでが長すぎる。だから正直、三章目のラブストーリーがらみはばっさり切れば良かった。あの戦争のヒーロー的なやつがまるまる要らない。もちろんそれではつじつまに問題が生じるけど、あいつはなんか説明的な存在というか、役割的な存在の域をぜんぜん脱していない。つられてショシャナの存在感も薄まる。黒人は役割に徹する。何なら黒人とショシャナの物語をもっと厚めに熱めに描けばよかったのに。本当に。

 長い割に一人一人が活きてこないんです。この映画の最も大きな問題点のひとつです。ブラッド・ピットは大好きな俳優ですけど、いまひとつ遊べていない。ヒトラーもゲッベルスもつまらない。もうこの映画はランダ大佐がいて本当に良かった。演じたクリストフ・ヴァルツはアカデミー賞助演男優賞を受賞したそうですが、まさに助演男優。彼がいなければこの映画は誰の顔も記憶に残らない(一章目のオヤジはよかったけど)。このランダ大佐はぼくにとっての理想的イーブルの一人でした。こういう悪魔を観たかった、という感じ。危険なことを言いますが、こういう悪魔を目指して生きている自分が確かにいる。それを観られたことが救い。

 物語の中では確かにナチスに勝ったかもしれない。でも結局、映画自体はナチスの、それもたった一人の軍人に食われてしまっている。その点は大いに皮肉。ちなみにぼくのベスト・オブ・タランティーノはいまだに『レザボア・ドッグス』。ハングリーさに満ちた抜群の切れ味が、今もって色あせない。
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by karasmoker | 2010-07-08 01:14 | 洋画 | Comments(2)
Commented by little pow at 2010-07-08 11:53 x
どうも。

僕は3章のショシャナとランダの会話は好きなんですけど、逆に4章の酒場のやりとりがちょっとダメでしたね。バスターズに絡んでくるドイツ兵がただのうざいおっさんにしか見えなくて…。
「早くあっちいけよ、邪魔なんだよ」という感じで。
その後の銃を向け合うシーンはすさまじい緊張感なんですけど、それまでが長くてダレてしまいました。

たぶんタラは客がうんざりするところまで理解してやってるだろうし、このあと事態が急転直下するなんて予想もしてない地点でまんまとバスターズ側の感情にシンクロさせられてしまったわけで、そう考えると上手いなぁ、とは思うんですけど。


>>嘘を見抜いた理由も気が利いている

ここは激しく同意です!思わず劇場で「おぉっ」と漏らしてしまいました。

この作品はもともとドラマでやるはずだったものなのでやっぱり説明不足なところが多いですね。僕は短くするよりも長くする方向で3部作の映画にするかドラマ版でセルフリメイク希望です。
Commented by karasmoker at 2010-07-09 08:52
コメントありがとうございます。酒場シーンはナチスの少佐の「明らかに遊んでいる感」が好きなんです。「邪魔だと思ってるだろ、知ってんだよ、くひひひ」という下卑た感覚を共有していたのです。つくづくぼくはエスっ気にまみれているなあと自覚します。『デス・プルーフ』でもぼくはカート・ラッセルに感情移入して観ていましたからね(だからぼくはあの映画で、「ラストでスカッとする」などと言われるのがぴんと来ない。前半同様にラッセルがぶち殺していたら爽快だった、と思うぼくはおかしいのでしょうか、ええ、おかしいのでしょう)。どうもぼくは徒党を組んでいるやつら、群れているやつらがいると、直感的に敵視し、一人のほうを応援してしまうくせがあるんですね。ナチスは徒党だけど、映画内では一人でやってくるし、バスターズはいつでも徒党だし。

 最近は長い映画に疲れてしまっていて、短くぱしっと決めるのがお好みになっているぼくです。
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