『ハングオーバー 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』トッド・フィリップス2009

乗れなかったぼくが悪いんです、きっと。
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海外では興収的な大成功を収めながらも、日本では配給会社が決まらず、ネットを介した草の根署名運動でやっと公開が決まったという作品。そういう種類の作品でいうと近年、『ホテル・ルワンダ』や『ホットファズ』などの傑作が話題になっており、これは期待できるだろうと足を運ぶはシネ・リーブル池袋。

 土曜の昼間であり、シネ・リーブルはデパートの中に位置しているため、たくさんの人で賑わっておりました。そんな環境の中、話題の面白コメディという宣伝文句に釣られてやってきた若輩カプールや親子連れ(R15なのですが、15歳以下に見える子供、しかも女の子がちらほら)が多かったのでした。しかし、くひひひ、蓋を開けてみればなんと下ネタ満載の映画だったのです。くひひひ、トラウマをつくって帰ればよい。館内に響いた笑い声に怯えればよい。

結婚式を控えた新郎が独身最後の夜を楽しむため(バチェラーパーティというそうです)、悪友たちとラスベガスに出かけていきます。一夜を楽しく過ごしたはずなのですが、朝になると誰もが記憶をなくして二日酔い(=Hangover)、しかも肝心の新郎が行方不明、しかも部屋には謎の赤ちゃんと巨大な虎がいる・・・というのが物語のとっかかりになります。こんなことになるなんて、昨夜に一体何があったのか、三人の野郎どもが謎を解くため右往左往の旅に出かけていきます。

 ぼくは序盤、どうしても眠くなってしまいました。どうもよくありません。ぼくはまさに映画内の登場人物同様、彼らがお楽しみの夜に入るのと同時に意識を失い、彼らが目覚めたのと同時に物語に戻りました。ものの数分だとは思うのですが、いやはやこの数分のせいもあってか、いまひとつ乗れない。いやさ、この映画がどうしてこんなにもてはやされるのか、わからないグループの人間になりました。

 公開署名運動でやっと公開にこぎ着けた爆笑コメディ、というわりに、さっぱりその面白さがわからなかった。劇場は結構ウケてはいたんですけど、ぼくはぜんぜん乗れなかったんです。これはぼくにも大きな問題があったのです。数分間、眠気で意識朦朧だったので、その間の内容がよくわかっていない。だから、映画で何か出来事が起こるたびに、「ん? みんなはウケているけどぼくはぜんぜん面白くないぞ。さてはぼくが見逃した数分に伏線が張られていて、それをぼくがわからずにいるのかな」「序盤では夜の出来事は描かれていないという触れ込みだけど、何かしら描かれていて、それを見逃したせいで笑えないのかな」と疑心暗鬼に陥り、余計に笑えなくなったのです。

 しかし映画をいざ見終えると、「夜の出来事」は最後に種明かしされていました。ということは別に、ぼくが肝心の夜を見逃したわけではなかったのです。映画館の観客もまた、登場人物やぼくと同じように、昨夜何が起こったのかわからないまま、この映画に笑っていたというわけです。だとすると、事態はよりいっそう深刻です。ぼくは情報の欠如ゆえにこの映画を楽しめなかったのではなく、この映画のボケの連続それ自体に、うまく反応できていなかったということなのです。はっきり言いますが、なんでそんなにウケたのか、未公開の傑作ともてはやされたのか、さっぱりわかりません(しかしちょっと寝ていたのだから、そう強気にもなれません。今日は歯切れが悪いです)。

 朝目覚めてみるとホテルの部屋に謎の赤ん坊と虎がいる、新郎がいない。なるほどこれはミステリアスな状況です。主人公たちはホテルを出るのですが、次から次へと訳のわからない事態に巻き込まれます。次から次に出てくる訳のわからないもの、それに巻き込まれる主人公三人の悲喜劇ぶりがコメディになっているんですが、それがねえ、別に面白くなかったんです。この映画の笑いが、多くの作品に比してさして優れたものだとは、どうしても思えなかったのです。

 何が何だかわからない、違う言い方をすれば何が起こっても不思議ではない。この状況設定で思い出すのは松本人志の『しんぼる』です。『しんぼる』におけるいちばんの失敗は、その状況設定そのものです。何が起こっても不思議ではないということは、意外性のハードルがすごく上がるということなんです。ということは、多少のボケではこっちの期待値を下回ってしまうんです。

 赤ん坊と虎、はて、これは何なのだろう、とこちらの想像が膨らみます。どう解決してくれるのかな、と楽しみになります。ですけどねえ、その答えがねえ、いやあ、ぼくはそんなに優れた答えとは思えないんですよ。以下、ばらしていきますよ、ネタバレをしますよ、謎の答えに期待する人は、読まないでくださいな。


 赤ん坊はさておくとして、虎の答えがいただけない。だって、マイク・タイソンが出てくるんです。マイク・タイソンが買っていた虎を連れ出してしまったっていうんです。あのねえ、ぜんぜん理に落ちない答えなんです。あらら、そこがそう繋がってこうなっちゃったのね、そりゃまたすごい偶然ね、という驚きがないんです。それとマイク・タイソンっていうタレントに頼るってのは、コメディ映画として弱くないですか? 映画的面白さではなく、「わっ、タイソンだ!」っていう部分に引っ張られるじゃないですか。虎を連れ出した理由がそれなりにわかるものならまだいいですよ。でも結局はよくわからないままだし、タイソンの存在感に思い切り頼り切っているんですよ。

 あとねえ、裸の中国人が車のトランクから出てくるところ。あれもねえ、「わ、なんだなんだ!」感がねえ、弱いんです。ぱっと出てぱっと去って行っちゃうんです。『ボラット』で裸の組み合いをするシーンがありますよね、あるいはジョン・カーペンターの『ゼイリブ』における延々とプロレスをするシーン。ああいうのは、ある程度以上の長さになると、とても面白くなるんです。「なんやねん、いつまでやっとんねん」って感じにじわじわ面白くなる。でもこれ、さささっといなくなるでしょ。だからぼく、寝ていたせいで不安になったんです。「あれ? ささっといなくなったけど、ここまでのどこかで出ていたのかな」って。「ぼくは初めて観たけど、みんなはこいつのこと知ってるの?」って。あそこは裸の中国人に、延々と暴れさせたらもっと面白くなったんじゃないかなあ。
「何だ何だ、なんか知らないけどものすごく切れてるぞ」が強くなったんじゃないかなあ。

電気ショックの場面もそうなんですけど、結構その場その場のボケなんです。後に繋がらない。デブの子供との確執だってあれで終わりでしょ、その後電気ショックが活かされる場面もないでしょ。ああいうのはさあ、少々強引でもいいから、電気ショックの道具をかっぱらってきたらいいんです。そしたらたとえば虎との立ち回りに活かせるじゃないですか。あれも単に睡眠薬で眠らせるっていう、つまらないやり方ですよ。電気ショックで眠らせたはいいけどそのせいでまたタイソンに怒られるとかやれば、どつかれるショック、電気ショックの天丼になったのに(せっかくタイソンを出したんだからもっとどつかせればいいのに! 天丼で行けるのに!)。

 脚本がよくできている、みたいな評価を読んだので、期待したんです。でも、カジノで勝つ場面にしたって、なんで勝ったのかぜんぜんわからないじゃないですか。あの本を読んだから勝ったって・・・・・・どこがうまい脚本なんだよ。何か見抜かれそうになったのを切り抜けるくだりだって、もうあれ以上下手なやり方はないじゃないですか。あの場面には本当に何の工夫もないんですよ。

 下ネタもねえ、そこかしこで出てくるんですけど、『ボラット』『ブルーノ』を観た今となっては、もうあんなの下ネタでも何でもない。あの程度で、お下品でしょ~みたいな顔をされても、サシャの兄貴を知った今では何の快楽もない。かといって子供や若者が満足するような下品さかっていうと違うと思うんですけどね、じじいのけつとか。何がしたいねん。何を見せたいねん。オナニーネタとかも入れてくるんですけどねえ、うん、サシャの兄貴は鼻で笑うでしょうねえ。

 三人組の奔走劇なら、『サボテン・ブラザーズ』を観るほうがずっと楽しい。署名運動の公開作でもバディ・ムービーなら『ホットファズ』のほうが遙かに上。

と、ここまで悪態をついてきたんですが、でもね、結局ね、今回はぼくが悪いんです。断言しますけど、ぼくが悪いんです。睡眠不足のせいで序盤で数分寝てしまい、そのせいでいまひとつ乗れなかったぼくが悪いんです。だからいじめないでください。こういうのは乗れれば面白いと思うんです。実際、大人気を博しているわけだし、この映画に惚れて公開運動で頑張った人もいるわけだし、ぼくが間違っているんです、きっと。だけど、乗れなかった目線で観てみると、もっとここがこうだったら・・・というのは出てくる。「それはてめえの勝手な見方で・・・!」ええ、そうなんです。だから皆さん、劇場に足を運び、ぼくの分まで楽しんでくれやい。と、投げやりにおわり。
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by karasmoker | 2010-07-10 22:48 | 洋画 | Comments(0)
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