『ハッシュ!』 橋口亮輔 2001

長回しの特質と個別性の美点を活かした作品。
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同性愛を主軸にした映画って、思い出してもぜんぜん観た記憶がありません(強いて言えば『ブルーノ』くらい)。アカデミー賞の『ブロークバックマウンテン』も未見だし、テーマ的には興味深いものだと思いつつも、無意識に避けていたのかもしれません。もっと観てみようと思いました。

 橋口監督もゲイだそうです。ぼくはゲイではありませんが(昔、人から一度、「ゲイなの?」と真顔で訊かれたことがあります。俺に女っ気がないのはモテないだけだ畜生!)、彼らにはある種、リスペクトを感じています。ヘテロが当然の社会で彼らは嫌がられたり、からかいの視線にさらされたりする(『ブルーノ』ではアメリカのホモフォビアがいかんなく描かれていました)。同性愛者は自分の恋愛感情というきわめてナイーブな部分を、社会的に肯定されていない。映画内で「自分たちの関係が長続きするとは思っていない」と語られる場面がありますが、やっぱりまだまだ社会的にはなじみがないわけです。

 そういう人たちは、自分たちの性に対して真面目だと思うんです。誰がどう言おうと自分はこうなのだ、という感覚を確かに持っている。それはすごく尊い。彼らは言ってみれば、とても残酷な言い方ですが、遺伝子レース的にはアウトです。生命の核に「生殖」があるとするなら、彼らはその核の部分が大いに欠損している。社会的以前に、生物的にアウトな存在。だからこそ、「俺はこうなのだ」「私はこうなのよ」という、自分を自分たらしめる明確な意思が必要で、その意思はとても尊いものだと思うのです。

 前置きの長くなる癖。さて、『ハッシュ』です。
 橋口監督の作品は後の『ぐるりのこと』しか観ていないのですが、『ハッシュ』は『ぐるりのこと』以上に長回しが多用されており、「長回し」って何? という人には本作と相米監督の作品を示しておけばわかっていただけましょう。

 長回しが印象的な作品ですと『トゥモロー・ワールド』が思い起こされます。カットを割らないクライマックスやチェイスシーンがてんこ盛りの傑作ですが、長回しは観客に対して没入を促す効果があります。カットが割られて画が変わると、観客はその画変わりの一瞬で、脳内で無意識的な解釈を行いますから、没入が妨げられるんです。え、わかりづらいですって! 説明しましょう。

 映画を観るという行為は、とても脳を使う行為です。ぼくたちは無意識に理解、解釈を行っています。たとえば映画内で、ある出来事が映し出される(事故でも言い争いでもラブチュッチュでも何でもいいです)。そして次のカットで、その場にいた別の人物の驚いた顔がぱっとアップになる。このとき観客は、「あ、この人物は今の出来事を目撃していたのだな」と理解します。ある出来事と、それを目撃した人の顔、それを連続して内容を理解、解釈するのです。

現実のぼくたちはこういう風にものを観ていません。映画とはその形式自体が、ぼくたちのリアルなものの見方と大きくずれているのです。有り体に言えば、「ぼくたちの生活にはカットなどない」ということです。長回しは「画変わりの一瞬」がないので、現実のぼくたちのものの見方に近いのです。だからこそカットを割る映画に比べて、人物たちが本当にそこにいる、という良質な錯覚を、ぼくたちに与えてくれるのです。

 つまり演劇的ってこと? そういう言い方もできましょう。しかし、映画と演劇はもちろん違いますね。演劇こそまさに、想像の産物です。演劇はあくまでも舞台の上、書き割りの手前で起こる出来事ですから、観客はその背景を積極的に思い描かねばならない。その時点でリアルではなくなる。映画はセットを使わない限り、実際に現実にある場所を舞台としますから、より現実のぼくたちの見方に近づくのです。

『ハッシュ』は十年近く前の映画ですが、個々の生活の場所が今と変わらぬものに見えてきたし、登場人物同士のやりとりも細部が丁寧で現実感が漲っていました。田辺誠一と高橋和也のカップルが部屋の中で軽い言い争いみたいになる場面で、高橋和也がハーゲンダッツを食べ始めます。
田辺「怒ったの?」
高橋「怒ってないよ」
田辺「だって怒ると、いつもアイス食べるじゃん」
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こういうやりとりは人物の存在感をぐっと増すのです。J-POPが忘れ去った個別性、個別なものにこそ人物の存在感は宿る(小沢健二の『恋しくて』を聴こう)。『ぐるりのこと』でも「カレーの会」みたいな、絶妙なだささを醸すものがあった。観ている側からすると、こういう細部によって作り手を信頼できる。密室芸の良さで言うと、園子温とも通じる。園子温の『夢の中へ』におけるカップルの喧嘩は今まで観た中で最高の密室芸で、あの境地まで行くかとなるとわかりませんが、適度な微温感を漂わせていて心地よい。その直後の病院のシーンのブスも心地よい。
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 片岡礼子という女優さんはよく知らずにいたのですが、なんとも世紀末的な風合いを持っていました。あの髪とか、90年代を引きずっている感じがものすごくよかった。喋り方が90年代の少年アニメの主人公みたいだなあ思って、それもよかった。なんか知らないけど変に懐かしかった。あとは園子温映画で大活躍のつぐみ。つぐみの壊れ方はいいです。これみよがしの壊れ方だとこの映画には合わない。最後だけにして大正解。あえてつぐみの暗い動きを一切示さないところは配合の妙。あれね、つぐみがストーキングしているカットとか入れたら絶対駄目なんです。そして、入れがちなんです。でも、一切入れない。なぜ入れないのか。この映画の演出を通せば理由は明白です。

別のところで言うと、ゲイのたまり場の陽気な兄ちゃんがよかった。片岡礼子と飲むシーンの表情の妙。あの表情の細やかさには唸る。元気いっぱいにノリもいいけど、刹那だけふっと苦い顔を見せる。あのノリを放り込むのがとても上手。今思いつくところで言うと、『Tokyo Real』のナンパ師と同じくらい上手。
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ただ、ちょっと長かった。二時間を切っていれば文句はなかったんですが、ちょっと長かった。全部のシーンがいいけど、この長さになるならあれは要らない、というのもいくつかある。でも難しいところで、この良さを生むにはやっぱりあれもこれも要る。長さを感じなかった場合はとてもいい映画に思えたでしょう。長さを感じると、アラも見えてくる。家族が揃って口論になる場面があるけど、長回しって段取りくささと表裏一体。真柄佳奈子(娘役の子。ドラマ『リップスティック』のポッポ)に台詞を与える必要はなかった。演技自体に問題はないけど、段取り感がふわっと香った。これが多人数でやる長回しの弱点。あとは光石研の最後の出来事って、要る? いや、ああいう脚本にする理由も、わからないじゃない。つぐみの話もそうだけど、ああいう物語の流れにすることでどういう余韻が生まれるかってこともわかる。言葉で説明できる。でも、なんだかどうも、キレの悪さも残る。でも、そのキレの悪さも美点なのかもしれないとも思う。
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 長く語ったけれど内容が伝わっていない気がする。でも、面白さを言葉で説明しにくいっていうのは、それまた優れた映画ってことでも、あるわけで。ぼくもキレが悪いね。
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by karasmoker | 2010-07-29 19:57 | 邦画 | Comments(10)
Commented by tanajoo at 2010-07-30 06:49 x
いやー、一言言わせて下さい、やっぱり自分なんか、全然”観れて”ないなーと思いました…。レビュー、目からウロコでした。確かに、ちょっと長いかな、と思います。(光石)のエピソードとか。いや、素晴らしい演技でしたが。陽気な兄ちゃんの表情の演技は自分も気に入ってました。あの人、これも好きな映画ですが『運命じゃない人』(もう観ましたか?)に出てた人なので嬉しかったです。最も好きなシーンは(田辺)の仕事場に(片岡)が訊ねて行って例の相談を持ちかける長いシーンです。全体の流れでは、中盤、三人が意気投合していって(田辺)と(高橋)が歩きながら「一緒に考えてみるよ」ってところ。緩急でというか。あそこであの音楽で、、、震えながら観ました(笑)音楽が結構ツボだったのもあるかもしれないのですが。ああいう瞬間に出会うと、映画ってすげー、などと偉そうに思ったりします(汗)。でもつぐみさんの描き方、確かにうまいなーと思ったのですが、はっきりとは配合の妙を分析できてない気がします…もう一度観なきゃな、と。テーマは深刻な部分もあるんですが、語り口が軽いところが好きなんですよね。それでは、長々と失礼しました!
Commented by karasmoker at 2010-07-30 18:33
コメントありがとうございます。
ぼくが映画に惹かれるときは、技術的なうまさに惹かれるときと、内容の豊かさに惹かれるときとがあります。今回は前者でしたが、それはつまり、実際のところぼくがそれほどこの映画の持つ豊かさに触れられていない、ということでもあります。「絵筆の使い方がいいよね」「構図のバランスが綺麗だね」というと頭よさげだしいかにもその芸術をわかっているように聞こえますが、素直に痛烈に感じ入る人のほうが、その芸術をまっすぐに享受できているのではないかと、思ったりもします。

 田辺の仕事場に片岡が出向くシーンは、物語構成としては「第二幕の開始点」と言えます。物語がはっきりと動き出す、序破急の破で、物語上の第一転換点なので、その分とても印象的に映ります。他にもこの映画は印象的な場面にたくさん出会えますね。確かにその世界にその人間がいるのだ、と思わせる優れた映画でした。あの場面もいい、この場面もいい、といろいろ浮かんできます。

『運命じゃない人』は「二年近く観ようと思い続けながらまだ観ていない映画」です。そういうのが結構あります。
Commented by tanajoo at 2010-07-31 04:49 x
自分も趣味で何か描いたり(お気楽なマンガですが)するので、よく分かります。作品によっては愛あまって冷静に分析できないモードの時も、技術面ばかりが気になる時もあります。なるほど、序破急の破ですか。そうやって転換点に印象的なシーンを持って来たりするってことは、やっぱり脚本が練られている証拠ですね。今日「愛のむきだし」が郵送されました。(近所のツタヤには無かったです(泣))2枚組なんですね!楽しみです。観たあと、「愛の~」レビュー読ませてもらうのもまた楽しみなのです(わざと途中まで読んでやめたので)。それでは失礼します。
Commented by karasmoker at 2010-07-31 22:37
『愛のむきだし』をまだ観ていない、ということが羨ましいです。ぜひとも時間にたっぷり余裕を持って、存分に堪能してほしいです。
Commented by tanajoo at 2010-08-09 05:34 x
『愛のむきだし』観ました。しかし、残念ながら”上”だけ観てリタイヤしてしまいました…。個々(各キャラ)のエピソードに入っていこうという時に、話自体にあまり興味が持てない自分に気がついてしまって。たまたま、あまり好きでない役者が出てたのもあるんですが(笑)おお!と思う要素もけっこうあったのですが。まあ、また機会があれば観てみます(最後まで!)。
Commented by karasmoker at 2010-08-09 11:47
映画は快楽の乗り物ですから、それに「乗れる/乗れない」で決まりますね。技法だの演出だのってことは実は二の次で、乗れるか乗れないかが核心、いやすべてと言ってもいいのです。ぼくも皆が褒める映画に乗れないときがありました。乗れないときはアラが見えるものですが、この映画のアラについて教えてほしいですね。ぼくは大好きになっている分、アラが見えない目線になっていますから。
Commented by tanajoo at 2010-08-10 06:37 x
映画は快楽の乗り物とは言い得て妙だと思います。乗れたひとだーけーにー、用意された快楽なんですよね。ぼくは技術的なアラを探せるほどちゃんと『愛の~』を観れてないので、単なる感想で恐縮なんですけど、全体に流れる”ひりひり”した感じ…?というか。お馬鹿やっているようで、実はこの世界はのっぴきならねぇんだよ、みたいな。すいません、ずれてたら申し訳ないのですが、そういうトーンが、ちょっと肌に合わなかったのかな、と今では思ってます。でも、タイトルが出てから、そんなに長く観てないくらいですから(笑)、やっぱりぼくには語るべき言葉が見つからないんですよね。いや、未熟なだけなのです。すいません。あ、あさってはいよいよ『第9地区』です。楽しみ。でもその前に『しんちゃん』のオトナ帝国が届きましたので観ます!
Commented by karasmoker at 2010-08-11 19:42
ぼくが映画を観るときに重んじるのは「熱量」で、その熱に感応することで映画的快楽は高まると思っています。その映画が放つ熱を感じられるか否か。『愛のむきだし』にせよ『第9地区』にせよ『オトナ帝国』にせよ、とんでもなく熱い映画です。その熱さを感じてもらえると楽しめることでしょう。
Commented by neco at 2012-03-18 15:32 x
つい先日の眠れない夜、たまたま点けたテレビでやっていた深夜映画が「ハッシュ!」でした。
わぁ~引き込まれるわ…と長いながらにも最後まで観て余韻に浸り、それでもまだ眠れないのでお正月に録画してあった映画「ぐるりのこと。」を初見、ひゃあ~良い映画!立て続けてにこんないい映画を観られるなんて得した気分!と思ってエンドロールまで興奮していたら、監督が同じだということに気付きました。
これまたすごい偶然ですね…。
ハッシュ!の片岡礼子さんが、ぐるりの中で「さめざめと泣いて謝る暗い被告人」を演っていたのにも驚きました。田辺さんも光石さんも法廷シーンで発見し、「おおぉ!ここにも!」と感動の連続で。
そのあと、検索でこちらのブログに辿り着きました。
いろいろ観ておられるのですね。すごいです。
毎晩すこしずつ読ませていただきますので、これからもどんどん映画を紹介してくださいね。
Commented by karasmoker at 2012-03-19 23:31
 コメントありがとうございます。
 今はちょっと更新休止中なのですが、今後ともご愛顧願えれば幸いで御座います。
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