『エスケープ・フロム・LA』 ジョン・カーペンター 1996

ガキ度の高さがぼくらのしるし。
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『ニューヨーク1997』(原題『Eskape From NewYork』)の続編、あるいはリメイクですが、前作より大幅にパワーアップしています。前作が1981年ですから技術的にも前進しており、アホさもさらに際だち、これは久々に、素直に楽しめた娯楽映画です。観るべき傑作はまだまだあるのだなと感じ入り、気分がよいのであります。

 ラストカットで思わず拍手してしまいました。作品全体がよかったのもさりながら、前作以上にキレのいいラスト、なおかつぼくの溜飲を下げる描写です。それはカート・ラッセルの喫煙です。
 
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2013年がこの映画の舞台ですが、2010年の今まさに、禁煙の波は現代社会を席巻しております。何しろハリウッドでは喫煙描写があるだけでレイティングがかかる始末です。日本でももうすぐ煙草が値上げ。とにかく煙草は嫌われ者です。「体に悪い」「たばこ臭い」の二点を主張されれば、もはや喫煙者サイドはぐうの音も出ない。ぼくもね、別にね、そりゃやめたっていいんです。そのほうが経済的なのは明らかだし、健康にもいいのだろうし、吸っていない人からすれば、「なぜそんな愚行を働き続けるのか」ってなもんでしょう。でも、ぼくはこの今の流れがすっごく嫌いなんです。「おまえらの言うことに従いたくない」というのが大きいんです。煙草は害悪だ! やめろ! って言っている人たちが怖いんです。彼らの言っていることは正しいんですよ。でも、正しいから怖いんです。「自分のやっていることは正しい」というのは、これはあまり好きな言葉じゃないですが最も「思考停止」させる言葉なんです。どれだけの考えがあって「やめろ」と言っているのかな、というのがものすんごく疑わしい。体に悪くて臭いのがいけないなら、酒だってやめるべきです。肝臓をやります。煙草はダウナードラッグですが酒はアッパードラッグの側面を多分に持っているし、実際酒による悲劇だってたくさん起こっている。でも、酒はいじめられない。その不均衡ぶり。そういう不均衡に目をつぶるやつらの正義なんて、誰が信じるんだよ。

 何を映画と無関係な愚痴を垂れるのか、と思われそうですが、今日ばかりは無関係ではないのです。『エスケープ・フロム・L.A.』は前作以上に、反体制のマインドばりばりの映画なのです。その最たる象徴が、あのラストなのです。

 前作とほぼ筋立ては同じで、囚人を閉じ込めた物騒な島に、大統領の命令を受けたスネーク・プリスキン(カート・ラッセル)が飛び込んでいくことになります。その命令を聞かないと殺すぞというわけで、体にウイルスを注入されます。ランボーは2において国に忠誠を誓ってしまいましたが、スネークは初めから体制への信頼を大きく損なわれているのです。彼が向かった先には、チェ・ゲバラもどきの征服者がいます。スネークはここでも体制と対峙することになるのです。
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 とはいえ、難しいこととかうんちゃらかんちゃらはひとまず置いておくのです。何しろアホみたいな描写、展開がわんさかあるのであって、それがとても心地よいのです。インディ・ジョーンズでもぼくは『魔宮の伝説』がいちばん好きですが、子供っぽいことを大まじめにやっているのって、どうしても惹かれるのです。カーペンター監督はやっぱり愛すべき人です。潜水艦に乗せたりサーフィンをやらせてみたりパラグライダーを出してみたりバスケをさせたり、なんとガキっぽいオンパレードでしょう。
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でも、それがいいのです。最近思うのですけれども、「嫌われないように」と思っている表現って、好きにもなれないんです。みんなこういうのが好きなんだろう、こういうことを言ったら嫌われるかな、みたいなのって、商売上はうまく行くかもしれないけれど、どうしても好きにはなれない。「嫌われたってかまわないから好きなことをやる」という表現のほうが、絶対に愛すべきものに思える。江頭2:50という人はその体現者ですよね。彼も言ってみれば、反体制の人です。

 ラストでスネークがやったことは、実は最低ですよね。後に『世界の終わり』を撮るカーペンター監督ですが、本作こそその名にふさわしいかもしれない。でも、誰かに徹底管理、支配されるくらいならば、そちらのほうがよほどマシだ、というのはわかる。ルシファー魂です。

この映画は一作目をたたき台にして、迷いがないです。開き直っています。世界観は前にも増してゲーム的で、単純にうきうきさせるのです。ジョン・カーペンターのつくる世界観は、なんていうか格好つけてる感がないんです。キザさがない。つくりこんでいる感がない。テリー・ギリアム、ティム・バートン、あるいはその源流にいるであろうスタンリー・キューブリック、彼らのような「職人の仕事でっせ。いろいろ考えてつくってまっせ」的な感じを与えないのです。「こういうのが面白いと思う! 思う思うー!」というガキっぽさ。以前、『ゼイリブ』をここで「中学生的」と評したのですが、いわば「ガキ度」の高い作り手というか、そういう人のつくるものは素直に面白い。日本だと井口昇ですね。
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 子供の頃の遊びとかがなんであんなに楽しかったかっていえば、きっと煩悩がなかったからなんです。モテようとか賢く思われようとか、ましてや金を儲けようなんて煩悩なく、ただ単に面白がっていたんです。そのガキ度の高さを、カーペンター監督は保持している。アメリカンニューシネマにせよロックにせよ、あるいは笑いというものも、すべてガキ度の高い人間がつくったもの。体制に肯うことを骨身の部分で嫌うもの。そういうものの味方であり続けたいと、心底思うのです。
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by karasmoker | 2010-07-30 18:49 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 通りすがり at 2013-08-05 13:25 x
私もタバコのくだり、同じ理由で大好きです。
Commented by karasmoker at 2013-08-06 00:24
コメントありがとうございます。
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