『トラック野郎 御意見無用』 鈴木則文 1975

野卑で無様で汚くて、とびきりコミカルでキュート。
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これまた有名すぎて逆に観ていなかったシリーズ。観ても観てもまだまだたくさんある、映画の海、至福の水浴。

 菅原文太主演のコメディですが、昔の(今となれば老練の)日本の俳優というのは、どうしてこうも格好よく、また迫力があるのでしょう。今活躍している役者にも上手な人、魅力的な人はたくさんいるけれど、迫力と格好良さを兼ね備えている人って本当に少ない。思うに、おそらく松田優作がその種における最後のアイコンでしょう。それ以降はジャニタレがわいのわいのと湧いてきてしまったんですね。

 ぼくはゲイではありませんが、「男の迫力」ってのは感じるし、「男が惚れる男」ってのはいるんです。何が決め手かはそれぞれの感じようだと思うんですけど、ぼく個人はね、「清潔感のないやつ」のほうが格好良く思えるんです。やっぱり画面から発される汗のにおいって大事なんです。こいつ汗くさそうやなーと思うと、格好いい度数は断然上がります。最近でいえば『レスラー』のミッキー・ロークも『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエル・デイ=ルイスもくさそうですもん。あとは『ダークナイト』のジョーカー、ヒース・レジャーもそうですね、ひどいにおいがしそうです。自ら語弊と誤解をまき散らしますが、この三人なら掘られてもいいです。掘られてもそれは仕方ないです(何が「仕方ない」のか)。

 その点、今の日本の「イケメン」はまるで駄目なんです、男からするとちっとも惚れようがない。あーあー、よろしおまんなあ、せいぜいモテはるんでっしゃろなあと卑屈な思いを強めるばかりなのです。っていうか、「イケメン」って言葉自体が、「男の格好良さ」を駄目にしてしまった感じがする。「男前」っていういい言葉があるのに、ほとんど死語です。
  
 こういう感覚って、古いんですかね。

 じゃあ、古くていいです。

 さて、本作は菅原の兄貴を愛でる、崇拝するに格好の映画でした。『仁義なき戦い』の彼にはないとびきりのキュートさが漲っていて、助演の愛川欽也も名演であり、これは大変な快作を見逃しておったと不明を恥じるばかりです。文太の兄貴は女好きで乱暴なトラック野郎なのですが、中島ゆたか演ずるヒロインに一目惚れします。このときのコメディアンぶりが素晴らしいのです。
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 今にすればベタベタですよ。女好きでさんざんご陽気に振る舞っているくせに、好きな女性となると緊張してしまうなんて設定は。でも、そういうところがキュートなのよね(何目線なのか)。ベタベタで漫画的な台詞回しになるし、キンキンに突っ込まれるのも何もかもベタです。でも、だからこそ正統なるコメディ的掛け合いを見た思いがします。うん、ベタというよりも、正統。
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 キンキンの家は大家族なんですが、この辺の雑さも素敵です。子供の名前もろくに覚えておらず、うわー、えらい雑に育てられとるな、と笑わされますが、これなども今の日本映画がやらないことです。映画の設計思想そのものがもう違っている。「家族」っていうのを映画に出すときって、どうしても今の映画だと、「描くもの」になっているように思うんです。典型的な家族を描こうが欠損したそれを描こうが、どうしても意図的に描こうとする。この映画は違う。ごく自然に、雑に、家族がそこに描かれている。この辺の言い方はうまく言い表せないのですが、今の邦画と明らかに違うものをここに観ます。
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 いいシーンがいっぱいあってとても書ききれそうにないのですが、湯原昌幸の告白シーンはほろりと来ました。女のトラック乗りに恋をした男で、文太の兄貴の男前さに比べればぜんぜん情けない野郎として描かれるんですが、彼が告白するシーンはとてもいい。
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 トラックの中で告白の練習をしていたらうっかりマイクがオンになっていて、たまり場の飲み屋にいたトラック野郎たちにさんざん冷やかされるんです。意中の相手夏純子にもその練習の言葉を聞かれてしまい、告白の形としてはなんとも決まり悪い。そのうえ周りからは「おまえなんかがよぅ」と馬鹿にされます。でも、そこにキンキンが飛び込んでいって、冷やかしの野次馬を一喝するんです。
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「黙れ! おまえら何がおかしいんだ! 女に惚れて、女房になってくれていうのが、何がおかしいんだ!」
「本気になって惚れて、それを誰に聞かれたって、ちっとも恥ずかしいことなんかねえじゃねえか」

ここは泣けます。この映画がとても偉いのは、文太以外の見せ場をきっちりしっかりつくっているところなんです。いい具合にこの辺のくだりでは文太の兄貴の存在感を殺しているんです。キンキンがこんなにいい役者だったとは、いやあお見逸れしました。

 どう考えても情けない野郎の、ひどく情けない、それでも一途な純情の結実。サブキャラクターがすごく活き活きとしています。あとは『独立愚連隊』の佐藤允が格好いいですねえ。「あっ! 愚連隊の兄貴と文太の兄貴の一騎打ち!」と興奮させるのであり、さすが文太の兄貴と対等に渡り合う強さ、男前さがありました。
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 ただ、ストーリーを通じていうと、ねぶたの子供のくだりはよくわからないです。あれは必要だったのでしょうか。幼児だから仕方ないにしても、可愛くないし演技も下手です。台詞を言った後はもう腑抜けみたいな顔をしていました。あの子を介して兄貴はヒロインといちゃつくのですが、その後、ヒロインの恋人が出てくるのもものすごく唐突な感じです。ヒロインに陰がある、というのは前半からほのめかされているんですが、あの恋人の登場はもう少し早くてもいいと思う。話上、というか、兄貴の恋を突き崩すものすごく重要な役回りなのだから、中盤までのどこかであの男の顔を押しておく必要があったとは思います。

 ストーリーに言いたいのはそれくらい。そんなことより映画全体の風合いが抜群にいいので、話の部分は多少荒くてもぜんぜん問題ないです。この頃の東映はいいです。仮面ライダーをつくっているだけあって、どつきあいも泥くさい。『女囚さそり』もこのくらいの時代ですから、初期仮面ライダーがいかに充実した状況下でつくられていたかがわかります。金銭的充実というより、映画時代的充実です。

 とてもいい映画でした。汚くて、野卑で、無様で、でもとびきりにコミカルな作品で、続編を観るのが楽しみなばかりです。
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by karasmoker | 2010-09-12 01:39 | 邦画 | Comments(0)
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