『ばかのハコ船』 山下敦弘 2002

無様。
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白石晃士の『グロテスク』が廃盤みたいになっているので、これはサルベージしなくてはと中国から取り寄せました。530円で売っていました。配送料のほうが高いのでした。 『グロテスク』はやっぱり疲れます。観ている間ずっと緊張しているのです。ただなぜか知らないけどこの映画はあまり評価が高くないように見受けます。この手の映画だとよく、「何を伝えたいのかわからない」とか言い出す輩がいるんですけど、なんでこの手の映画を観て、「何かを伝えようとしている」と思うのか。それがまず疑問。いや、もちろん「何かを伝えようとしている」映画ってあるんですよ。それに失敗している映画もたくさんありますよ。でもね、すべての映画が「何かを伝えようとしている」わけねえじゃん!ことあるごとに言いますけど、ぼくは「面白いけど、見終えた後には何も残らない」的言説が大嫌いです。「何か」を「伝える」だの「残る」だの、「考えさせられる」だのをことさらに言うやつらって、結局何も考えてないの。
 そんな態度で「映画が好き」だと?

 笑わせる。

 さて、なにさまらしい毒舌は忘れて、『ばかのハコ船』。後に『リンダリンダリンダ』『天然コケッコー』『松ヶ根乱射事件』などを撮る山下監督の初期作です。

 山下監督は好んで「ド田舎」を撮る監督です。本作は彼の作品の中でも、ド田舎のド田舎ぶりが炸裂している映画です。田舎の寂しさ、何もなさを撮る映画だと、最近のヒット作では『サイタマノラッパー』二作がありますが、あれも田舎的な痛々しさを押した作品でしたが、その点で言うと断然こっちのほうがきついです。クライマックスの辛さで言うと、『サイタマノラッパー』よりはるかに上だなと思います。

 主人公は画に描いたような駄目男と、彼を支える女性です。なんとも見栄えのしない二人です。女性がこれまた可愛くないので、田舎に調和した風合いが宿っています。感じとしては『ぼくは天使ぢゃないよ』におけるあがた森魚と斉藤沙稚子っぽいなあと思いました。これね、あくまで男目線ですけど、恋人の女性を演じた小寺智子が可愛かったら、こんな風な映画にはなっていないと思うんです。可愛ければ「なんだかんだで別にええやん」な感じになったと思う。でも、あいにく、そして適切なことに、彼女が美人ではない。だからこそ余計に健気さが宿ってくるんです。
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 山本浩司演ずる主人公は今までに観た駄目男の中でも、ダントツクラスにいちばんです。こいつは本当にしょうもないです。女性から観ればなおのこと腹立たしいだろうし、小寺智子が可哀想でならなかったことでしょう。もう最悪というか、要するにものすんごく幼稚で馬鹿なんです。いや、それこそ本当に突き抜けるレベルの馬鹿ならいいんですよ。でも、そこまではいかない、煮ても焼いても食えない程度の馬鹿なので、これはねえ、とても痛々しいんです。最も簡明に言えば、要するにガキなんです。中学生なんです。

 中学生のまま大人になっちゃったようなやつで、個人的には身につまされるものがあります。主人公と恋人は「あかじる」なる健康食品で一発当てようとしたのですがうまく行かず、田舎に戻ってきます。話はそこから始まります。
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 田舎で地道にやっていけばなんとかなる、と思って「あかじる」を売ろうとするのですが、これがもうぜんぜん話にならないんです。そのくせね、言葉は覚えているんですよ。「俺たちの今までの方法論は・・・」とか「パイプをつくっていかないと・・・」とか、この辺の言葉選びのガキっぽさが抜群に痛々しい。顔立ちもガキっぽいんですね。だからこそ余計に馬鹿さが全面に出てくる。

登場人物の実在感はやはりさすがの手腕です。一言で言うと、無様なんです。ああ、人が生きているってことは、無様だなあと思わせる。この無様さはなかなか出てこないです。人物の実在感で言うと、この前取り上げた『ハッシュ』とか、『歩いても歩いても』とかにも通じるんですが、あれよりはるかに無様。あれらの作品はまだ、満たされているんです。たとえ満たされていなくても、バランスが取れている感じがする。でもこの映画に出てくるやつらは、ド田舎の寂寥感もあいまって、満たされていない感がばりばりなんです。本当に、なんでこんなにこいつらは寂しいねん、と思わされる。山下監督はデビュー当時「日本のカウリスマキ」と言われていたそうですが、なるほどわかります。これはものすんごく寂しいです。

 細江祐子という人の演じた風俗嬢と、田中暁子という人が演じたその妹。この姉妹の実在感はすごいです。ああ、おるおる。絶対この日本のどこかにこいつらはいる。主人公と風俗嬢の店でのシーンは痛いですよ。もともと付き合っていた(のか?)という関係なんですが、ぎくしゃく感がえげつない。うわ、こんな風俗ぜんっぜんおもろないわ、と笑ってしまう。そうなんです。こいつらの生活って、寂しいっていう言い方をしたけど、ぜんっぜん面白くないんです。でもこの「ぜんっぜん面白くない日常」が、実在感を高めているんです。
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 それでいうと主人公と風俗嬢の過去がいいですねえ。学生時代の恋愛未満みたいな部分。『天然コケッコー』では健康的に描かれていたやりとりが、言ってみれば多分に映画的美化を経た帰り道が、この映画では不細工さむきだしで描かれている。『リンダリンダリンダ』のような溌剌さはないし、『松ヶ根』よりも鋭い。すっごく地味なのに、「うわー、観てられねえ」とこちらが恥ずかしくなる。
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 いいところを挙げ出せばきりがないです。こと人物の実在感ってところでいうと、今までに観た映画の中でもベスト3に入ります。そしてそこまで描いてくれていれば、もうたいがいのことはオッケー。『リンダリンダリンダ』も「田舎の女子高生あるある」を積み重ねていたんですけど、あれはまだ無様さが薄いんですよ。まだ虚構感がある。何より、彼女たちにはいくらでも夢と希望と未来がある。

 この映画に出てくるやつらの人生って、もう、そんなに大きなことはないんやろな、と思わされる。主人公カップルなんかはもう、どうしていくねん、みたいな哀しさが漲っている。『サイタマノラッパー』に通ずるけど、でも哀しさでいえばこちらのほうが上です。理由を話しましょう。

『サイタマノラッパー』はね、確かに田舎でラップをやってうまく行かないやつらの話ってことで、哀しさはあるんですよ。でもね、言ってしまえば、「彼らにはラップがある」だけマシなんです。呪われている限りはまだ幸せなんです。何にもない俺たち、私たちだけど、ラップがあるじゃない、ってことでまだ救われる。でも、この主人公カップルには何もないんです。呪われることすらできないで生きている。

 だからこそ「あかじる」を売る無様さが比類ない。主人公は健康食品「あかじる」を売るけど、実際はそれほど健康食品なんてものに興味もなければ、売ろうとも思っていないんですよ。でも、なんとか自分の人生に活路を見いだそうとして、やっと見つけたアイディアで、その一方その分野に情熱が持てているわけでもない。わかりますかね、この辺の感じ。

 もっと平たく言うと、「サイタマノラッパー」たちにはやりたいことがある。ラップに呪われ、そして守られている。でもこいつらにはやりたいことが何もないんです。その中で「あかじる」を見つけてしまったから、仕方ない、それにしがみつくしかない。でもしがみつくほどには好きでもない。もうね、どうしようもなさがえげつない。

終盤、「あかじる」を売る場面の痛々しさ、主人公の無様さはひどいです。ぜんぜん売る気がなくて、すねちゃってるんです。この期に及んですねている、しかもすねるだけの理由が別にない。本当に救いようが無くて、恋人の小寺智子もついに泣いてしまうんです。
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 小寺智子の心の折れる瞬間はすごいですねえ。ものすんごく唐突に心が折れて、でも、わかるわかる。というかよく今まで折れなかったよおまえの心は。主人公の男はそれに及んでさえ何もできない。これは観ている人ほぼ全員、むかついてならないでしょうね。本当に、ここまで駄目なやつはいない。駄目にもほどがある。

 いや、でも、そんなに上から断罪できるほどおまえは立派か? と自問が跳ね返る。そう、この主人公の駄目さは、おそらく観ている人ほぼ全員にも通じる。人生のどこかで、あるいは今でも、自分の行いを客観的に振り返れば、どうしてあのときあんな風に振る舞ってしまったのだ? と悔やむことがある。映画ってのは、人の人生を映すものだから、観客は好き勝手に「馬鹿なやつだ」「駄目なやつだ」と言えるけど、自分だって似たようなことをした覚えはある。この映画が持つ実在感は、こちらの記憶やあり方を抉ってくる。

 監督は救いをもたらしませんでした。象徴はあのマンホールです。上を見上げながら歩いていたら、足下のマンホールに墜ちる。救い出そうとするけど、自分も墜ちてしまう。ここはとても象徴的な場面で、ぼくはあそこで切っていいとも思う。最後、あそこまで露骨に落としてしまうと、うげげ、と思わされる。うげげ、と思わせるのが狙いなら、「こんなやつにならないようにみんな頑張って生きよう」というのが狙いなら、それでもいいですけど。まあ、この映画のトーンから行くと、ごまかさずに終わるほうがいいのでしょう。
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 今までに観た山下監督の映画で言うとダントツに好きです。こんなきつさを味わわせる映画は、そうそうあるものではありません。
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by karasmoker | 2010-09-13 01:13 | 邦画 | Comments(0)
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