『トゥルーマン・ショー』 ピーター・ウィアー 1998

君の中のルシファー
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 一般的に言って、なんらかの物語をつくろうとするとき、特異な設定をすることでその物語独自のアイディアを次々と積み重ねることができます。そこからオリジナリティを生み出そうと幾多の作品はつくられてきたのであって、この設定の妙味ひとつで面白さが変わってくるわけです。ただ、特異な設定をする以上は、それによって引き起こされる物語とは無関係な要素も、請け負わねばなりません。簡単な話、「世界のすべての人が超能力を持っていたら・・・」という設定をつくったら、その世界の法制や常識など、細かい部分も帳尻を合わさねばなりません。超能力を使ってどんぱち、だけでは済まないわけです。そうしないと、大変幼稚な話になってしまうわけです。

 アニメなどは大体、その辺は無視してつくられます。子供向けならそれでいいのです。実際にドラえもんがいたら世界は大騒ぎになるに違いありませんが、その様を描くと話が収拾できなくなるため、牧歌的な世界として、ドラえもんは一般市民同様の生活を送ることになります。

 だから今回取り上げる『トゥルーマン・ショー』を楽しむには、リアリティのレベルをぐっと下げ、ドラえもんを観るような目線で向き合う必要がありましょう。いろいろなことはひとまずええじゃないか、と放っておかないと楽しめない映画ではあります。

生まれる前から大人になるまで、24時間の生活をずっとテレビで撮られてきた男が主人公で、ジム・キャリーが好演しています。本人は自分の生活が撮られていることを知らずに生きており、彼を追うテレビ番組は全世界に発信されている、という設定です。ツッコミどころは大量ですが、それを指摘しているとこの話は楽しめません。その辺をぐいと飲み込めば、なかなか楽しく観られる映画でございました。
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 これは多分に、ルシファーマインドの息づいた映画なのです。『失楽園』が元ネタ、ということはないでしょうが、要はこれはルシファーのお話です。

 主人公の暮らす街や世界は、実は大きなドームの中にあるのでした。彼が街を出ようとするのを他の人々が全力で食い止め、なんとかしてもとの平凡な生活に戻そうと奮闘します。彼は平凡な生活を送る限りにおいて、危険な目に遭うことはあり得ず、順調な暮らしを続けることができます。彼にとってのあの世界はいわば天上の楽園であって、クリストフ(主人公の番組をつくる最高責任者)という秩序者のもとにいれば、いつまでも平和なのです。

 ところが彼は、それを拒みます。なんとかして外に出ようとします。それはつまり、ドームの中の庇護をかなぐり捨てること。たとえ何の保障もなくても、自分の意思で生きていくことを求める態度なのです。
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 秩序者のいる世界、つまり絶対的な主のもとにおいて、意思はありません。事実、他の街の人々は皆、クリストフの意思を受け、主人公の人生のエキストラとして存在しています。人々はクリストフという神にあくまでも従順で、主人公に真実を教えようとした女性は放逐されました。平和なる世界、そこは意思なき世界。主人公は、そんなものは嫌だと逃げ出していくわけです。
 
観る前には、「監視されていることへの嫌悪」が描かれているのかな、と思っていたんですが、違いました。この映画は「管理されることへの嫌悪」なんですね。もちろん、テレビをめぐる描写で「監視嫌悪」は引き立っているのですが、一方で「管理嫌悪」が主人公の気持ちを貫いています。
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 脚本は良くできていて、メッセージもはっきりとしている、しっかりした映画ですね。難点と見えるのは、あの新しい恋人候補が出てきてそれが何も活かされないこと。ただ、この映画の作りならばそれは別にオッケー、というか、それこそがこの映画のメッセージそのものとも言える。だから難点ではない。この映画は、とても物語的につくられながら、一方で物語そのものを拒絶、否定するという離れ業を行っています。物語とはこれひとつの大きな秩序、だったら、その手順をすべて真っ当に踏むのはむしろ主人公と相反する動きであって、だからこそ一見不備とも見える脚本の流れが美点に変わる。これはなかなかに鮮やかな離れ業なのです。

 ラストのワンカットも皮肉が利いていますね。彼の物語をテレビで観ていた視聴者が、「何か面白い番組はないのか?」とすぐにチャンネルを切り替えようとするところで、話は終わります。このシーンだけでいろいろと考えることができますね(これとまったく同じ終わり方の映画が何かあったと思うんですが忘れました。だれかおせーてくらさい)。

 結構語り甲斐のある映画で、まだまだ書いていないことも多いんですが、ひとまずこの辺にします。全面的に賞賛することはできません。やっぱり主人公以外の世界の設定を置いて行き過ぎですから。こんなつくりかたでいいのなら、ドラえもん的な実写映画がたくさんできてしまいますから。ただ、ルシファー魂のある映画として、ぼくは好きです。
 
 さあ、他のサイトを観ましょうか。
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by karasmoker | 2010-10-18 23:36 | 洋画 | Comments(0)
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