『ハロウィンⅡ』 ロブ・ゾンビ 2009

これはなかなかのおもしろみのなさ。
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十月末はハロウィンの季節に当たるわけですが、ぼくはこれまでの生涯でハロウィンにまつわるイベントを完璧にスルーして生きてきたのであり、何の思い出も思い入れもありません。おそらく世間の企業の多くが、クリスマス、バレンタイン的なものにしようと画策しているのでしょうが、今ひとつ何をやればいいのか見いだせずにいるのでしょう。クリスマスといえばプレゼント、バレンタインと言えばチョコとラブチュッチュで行けますが、ハロウィンはその辺の統一が取れずにいるようです。クリスマスにおけるサンタのように中核マスコットを置くとしたらあのカボチャおばけでしょうが、日本ではあのオレンジのかぼちゃはちいともメジャーではなく、その辺も難しいところです。ただ、ここで一発当てると結構な金脈が出るかも知れませんから、イベンターとかそういう人はせいぜい頑張ればいいと思います。

さて、映画『ハロウィンⅡ』。ロブ・ゾンビ版です。考えてみるにこの『ハロウィン』という映画も、もともとは別にハロウィンと関係ないというか、必然が何もないんですね。あのブギーマンとハロウィンも別に密接な繋がりがあるわけでもないですし、カーペンター監督、タイトルは『ブギーマン』でよかったんじゃないでしょうか。

 カーペンター版の2を観ていないのですが、このゾンビ版に関して言うと、2はぜんぜん面白くありませんでした。この手の殺人鬼系、スプラッター系は好きなジャンルですけれど、ゾンビ監督がなぜわざわざリメイクものの2までやろうとしたのか、一体この映画で何を見せたかったのかがさっぱりわからないんです(第一の動機はお金じゃないかと穿ちます)。正直、どのシーンをとっても、何か他の映画で観たような場面ばかりなんです。新鮮な驚きがもたらされる場面が何もないんです。体感時間がえらく長くて、途中でやめようかと思ったくらいです。

 ゾンビ監督は『悪魔のいけにえ』を下敷きに、『マーダーライドショー』の1、2でばちっと決めてきたんです。でも、ハロウィンの場合は2でずっこけた感じがします。『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパー監督は、1から2に行くとき、もうめちゃくちゃにしたんです。1は地味だけど不気味さとテキサス風味漲るおいしさで、2はまさかまさかのアホ方面でぶっちぎった。ゾンビ監督だって『マーダー~』の2では飛ばしていたんです。でも、今回の『ハロウィン』2作目についていえば、ぜんぜん攻めている感じがしないんです。『テキチェン』は良くも悪くも、もっと攻めていたよ!

そもそも、の話になるんですけど、ぼくはブギーマンにそれほど魅力を感じなくて、なぜなら彼はうろうろしているだけだからなのです。本当に、こんなにうろうろする殺人鬼はなかなかいないんじゃないでしょうか。ジェイソンにしろフレディにしろレザーフェイスにしろ、あいつらにはそれなりに縄張りがあったんです。だから「場」にこもる力があるわけです。それともうひとつ、「一人一人殺されていく」というのが盛り上げ要素になるわけじゃないですか。ゾンビものにしてもクリーチャーものにしても、ある程度仲間たちがいて、そいつらが一人一人殺されて、という状況が切迫感を生むわけです。ブギーマンはあっちこっちに行って出る人出る人殺して回るだけなんです。「完全なる殺され要員」が多すぎる。いや、それはでも、この映画に限ったことではないですよ、『ターミネーター』とかにしたって、「殺され要員」はたくさん出てくる。でも、魅力的なキャラクターはその都度その都度違った側面を見せるんですよ。『エイリアンVSプレデター』はそれだけのことでなんとか頑張っていた映画ですよ。いろんなやられ方、やり方で驚かせようって、それなりに驚きを持続していたんです。

 じゃあ本作のブギーマンはどうかというと、もう手のつけられない乱暴者みたいな、それだけなんです。レザーフェイスやジェイソンのようなチェーンソーを持つでもなし。特徴は「怪力」という、なんとも素朴な、昔のお相撲さんのような凄みだけで、味わいがないんです。もっと言えば、なんであんな華奢な少年があんな大男になるのかもよくわからん。

 もうひとつ、この2の退屈は、変な幻想風味を入れちゃったことです。ブギーマン、それから妹の前に、なぜか「子供の頃のブギーマン」と「母親」が出てくる。あの幻想風味はこの猟奇娯楽作と食い合わせが悪いんじゃないでしょうかねえ。というかね、ブギーマンがしっかりしていれば、あんなの入れる必要ないんです、絶対。たぶん監督もわかっているんですよ、「ブギーマン一人のごり押しはそろそろきつい」って。だから、まさしく子供の危機に現れる母親そのものが、出てくる羽目になるんです。しかもものすんごい中途半端な出方です。ブギーマンの人間的な部分とか、母親との云々とかを描きたいっていうのはわかるんです。なぜならブギーマンはあまりにもバックグラウンドが薄いキャラクターだから。でもこの映画で、「いやあ、あの子供と母親はよかったね」と思う人がいるでしょうか。いたら教えてください。

 うん、本当に既視感の強い映画です。序盤、病院内で追われるくだりも、そのオチの付け方も、どれもこれも全部過去にやられているし、ちょっと褒めポイントが見つかりにくいです。来るぞ来るぞと思っていたら百パーセント来るし、だから抑揚がないし。ゾンビ監督はすごく攻めている人だと思っていたんですが、今回は守りすぎて得点がありません。
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by karasmoker | 2010-10-29 23:43 | 洋画 | Comments(1)
Commented by 柏木祥子 at 2015-04-06 08:46 x
もう随分と前の記事になんなのですが、カーペンターのハロウィンが好きなので言わせてもらいたい。
あの映画の題名がハロウィンなのはマイケルみたいのが仮装した奴等の中に紛れ込んでるかもしれない、という恐怖感を煽るためだと思うんです。
だって仮装してる人って誰が誰だか分からないじゃないですか。舞台となった街はだいぶ田舎のほうで、会う人はだいたい見たことのある人だったりします。仮装して顔が見えなくても街の誰かだと思ってしまうからこそ、殺人鬼みたいのがほんとに殺人鬼だった、という恐怖があるんです。
 だから題名がハロウィンで、時期がハロウィンでなければあの映画は傑作たりえないんです。
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