『突入せよ! あさま山荘事件』 原田眞人 2002

おっさんが頑張る映画ってのはいいですな。
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 大学生の頃などは政治の議論が好きな友人とともに、やれ右翼がどうだの左翼がどうだのと話をしたこともありますが、考えるにぼくの世代にとってはそれらのものが何の意味合いも持っていないのです。あるいは地域によっては、特定の政治団体なり何なりが権勢を振るい、それを肌身に感じて育った人もいるのでしょうが、ぼくはまことにもって牧歌的な、何の政治的においもない田舎町で育ったので、政治的な云々と縁遠い生き方をしてきたなあと思います。

 連合赤軍とかって存在も昔のものとしてしか受け止められないし、まつわる知識もごくごく表面的なレベルしか持っていません。本作を観ると勉強になるかな、と思いきや、この映画は連合赤軍の背景とかについてはまったく踏み込んでいません。だからあさま山荘事件がどんな事件なのか知らない人がこの映画を観ると、単に悪いやつが人質を取って立てこもり、それと戦う警察の話だと思ってしまうでしょう。

 その点でこの映画を批判することはとてもたやすいです。映画を通して、赤軍側の人間性はほんのひとかけらさえ描かれないし、それどころか顔もまともに映らないくらいで、台詞もありませんから。政治的な考えを持った犯罪者、として描かれる場面は皆無で、本当にただの立てこもり犯になっています。でも、ここまで犯人側を描かないとなれば、それはそれで一貫していると思うんです。むしろ、中途半端に犯人側の主張なんかを語らせたらそれこそ最悪ですよ。以前、『皇帝のいない八月』を評したとき、「犯人側には一理あればいい。犯人の言うことにも一理ある、と思わせるだけで深みが出る」というようなことを書きましたが、本作に関しては犯人側がそもそもまったく描かれないので、赤軍の思想だの背景だのを慮ろうとして観ても仕方ない。これは現場にいた人々の動きを追うことに特化したドラマなんです。

 その方法は間違っていないと思います。中途半端な思想語りをされたら映画のテンポが死ぬだけです。現場にいた何百人の人が命をかけていたわけで、その中で思想の議論だの主張だのを語っていたり、赤軍の背景について云々していたら映画として駄目。これはこれでいいんですよ。もしも赤軍の思想とかを語る映画を撮るのなら、この出来事の前日譚、後日譚としてやるべきでしょう(若松孝二が2008年に撮っているのですね)。

 その辺の、「余計なもの」を排除し、あくまで現場の緊張をずっと描き続けているわけで、そこはとても面白く観たのですが、違う余計なものを入れたりもしていますね。いちばん余計だなと思ったのは、登場人物です。特に遊人という人が演じた若手巡査みたいなのが要らない。上司の役所広司に憧れて現場までやってくるんですが、どうにも、なんというか、ホモっぽいです。役所に掘ってほしいと思っているように見えて仕方ない、ネコっぽい人です。この若手巡査のぐずぐずのくだりはこの映画において一切の物語的意味を持っていないのです。こんな無駄な役をどうして、と思ったら、監督の息子さんのようです。なるほど、なるほど、へえ、そんな感じなんだ。

 カメオ出演の有名俳優がたくさんいますね。製作費も上がったことでしょうから、別に悪く言う気もありません。たとえば役所広司の妻である天海有希ですが、あの役は彼女ではないほうがいいと思うんです。もっと地味でいいんです。でも、天海有希をキャスティングすることによって、東映がお金をくれるんです。有名人をキャストに入れると製作費が上がる、というのが邦画界の現在らしいので、そこら辺で金をうまく得たな、という気がします。個人的には、天海有希は安い感じがします。というより、民放のドラマで主演を張ってポスターになっていたり、あるいは商品の広告に出たりすると、どんどん安く見えてきます。世間的には逆だと思うんです。CMに引っ張りだこ、と言われるタレントはギャラが高くなるはずです。でも、それがいざ映画に出てくると急に安く見える。この辺の分析をすると面白そうなんですが、やめときます。おそらく、ベッキー主演の映画があっても、誰も観たくないはずです。

 本作は基本的におっさんばかり出てくるので、個人的には高ポイントです。なんというか、『冷たい熱帯魚』の予告などを観て思うのですけども、ぼくが好きな映画というのはつまるところ、おっさんが頑張る映画だったり、おっさんくさい映画だったりするんです。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』しかり『レスラー』しかり『息もできない』しかり。これはぼくの個人的感覚に留まらないと思うんです。歴史上の名優にせよ、誰もが知っているハリウッドスターにせよ、彼らはイケメン的格好良さ、ではなく、おっさん的魅力を持った人々でしょう。本作は本当におっさん天国の映画です。女子供は完全に蚊帳の外で、その辺の汗臭さは素敵でした。

 全体を通して、ルメットの『狼たちの午後』がいちばん近い感じです、ぼくの知る限り。あれも立てこもりものですが、なんというか、あまり動きのない、正当な立てこもりものであり、なおかつその緊張と退屈がうまく揺らぎ合っている点で、あの映画に似ているな、と思いました。しかし、1972年という時代の風合いはもう少しあってもよかった。あまり古くないんです。ああ、70年代やあ、というのがない。人の面とか、もっと汚かったですよあの頃って。変に垢抜けている感じが全体を通してあったんです。そこだけは残念でした。

『狼たちの午後』と二本立てで観ると面白いでしょう。向こうは暑い夏の日で、こちらは冬の山奥。犯人側と警察側で視点も逆だし、両方に共通するのは、観た後、ああ、長かった、と感じる点です。そしてその「長かった」が、決して不快ではない、ということなのです。
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by karasmoker | 2010-11-27 05:34 | 邦画 | Comments(0)
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