『ゴースト・オブ・マーズ』 ジョン・カーペンター 2001

ガキ度に充ち満ちて大満足。あるいは、またね。
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 カーペンター監督のガキ度には敬服します。単純にハラハラドキドキさせてくれる、映画好きなぼんくらを救ってくれる、そういう映画を撮る人ですね。前にも書いたことですが、面白いってことをとても素直に捉えている人だと思います。「この映像を見よ! 俺の腕前を見よ!」というこれ見よがし感がないんです。というか、むしろチープさもあるわけですよ。火星の風景というのも言ってしまえばセット感丸出しで、おそらく今冬にTBSがゴリ押ししているあれなんかのほうがよほど、映像的には豪華でしょう。でも、金がかかっているかかっていないなんて、本質的にはどうでもいいわけです。ぼくを含めた多くの観客は、その当たり前のことを見過ごしがちなのです。掛けた金と面白さは、決して相関関係にない、ということを。

 映像的スタイリッシュさ、ということでいうと、大作のSF映画やアクション映画には随分引けを取ります。モテ度も低いんです。映画デートでハリウッド超大作を観に行く分にはまあいいわけですよ、たとえ面白くなくてもなんか見た目はちゃんとしているし、変なことにはなるまい、というのがあるわけです。でも、この『ゴースト・オブ・マーズ』は、女性支持率がたぶんとても低いんじゃないかと思うんです。決してスタイリッシュではないから。むしろガキっぽくて、ぼんくらっぽいから。
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 火星への植民が進んでいる時代の話で、主人公とそのチームはそこの警察みたいなもんです。とある炭坑地域に拘留中の犯罪者がおり、連絡を受けた主人公たちは彼の身柄を引き取りに行きます。するとどうしたことでしょう。行き着いたその場所には、街はあれど人っ子一人いなくなっているのです。
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そして、その理由はというと、「ゴースト・オブ・マーズ」。先住民の怨霊のようなものが人々に乗り移り、殺し合いを始めてしまっていたのです。憑依された人々は未開人のように体に装飾を施し、狂乱したように殺戮を続けていたのです。それで、人がいなくなっていたのです。
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 で、ここがガキ度満点ですが、なぜかその狂った人々のボスは、ヘヴィメタのような格好をしています。『マッドマックス2』のようです。彼らに見つかってしまったからさあ大変。主人公たちは決死の闘争に身を投じていきます。
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 仲間たちは囚人含めて十数名いるのですが、結構ばたばたやられていきます。この辺の描き方が面白い。結構それまで頑張ってくれていた人も、死に様はものすごくあっさりだったりするんです。ガンダムの富野由悠季的とも言うべき淡泊さ。先日の『バトルロワイヤル』とも違うんですね。大見得を切って死んでいくのとは対極の、「一瞬見逃したら、死んだのかどうかもよくわからない」という速さ。でもそれはクライマックスのドライブ感にちゃんと作用しています。一人一人をごちょごちょ描いていたら、肝心の勢いが死ぬ。ならば登場人物の死など、数コマに収めてしまえ。潔い。すばらしき潔さです。

 潔さ、ということでいうと、個々の人間性だの過去だのがごちょごちょ出てこないのもいいんです。キャラの描きわけとか、実在感っていうところを重視するなら、そこは希薄ですよ。でもさ、この映画にそれは要らないもの。要らないものは排除して、面白いものに特化すればいいじゃん。カーペンター監督のそういうのはとっても格好いいのです。
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 素直に、楽しい映画なんです。観ながら何度も、うわあ、と声をあげてしまいました。何しろ憑依された人々の乱暴さがすごいです。やっぱりぼくは走るゾンビが好きです。これはゾンビじゃないですけど、この映画、敵がとろとろしていたら何も面白くないですからね。理由はさっぱりわからないけれども、無闇に暴れているやつがおり、こっちを狙ってくる。その野蛮さゆえに、白熱するのです。敵が超常的な強さじゃないのも心地いいんです。強さで言えば完全に人間レベルで、エイリアンとかそういうのでもない。敵の主要な武器はぎざぎざ手裏剣みたいなやつですから、なんか等身大なんです。

 時間も100分以内に収まっており、よいです。ぐだぐだぐだぐだやったりしないんです。ぱっぱぱっぱと切った張ったが進んでいき、無意味な停滞は皆無。主人公たちが変な仲間意識だの恋愛だのに陥らないのがいいじゃないですか。ハリウッド大作とか、それに憧れてやまない日本のあれとか、何かって言うと恋愛だの家族愛だのを入れる。んなもん、要らないんです。

 というか、前々から疑問ですけれども、なんで何かにつけて、アクション映画やSFに恋愛だの家族愛だのをごちょごちょ入れてくるんでしょう。はっきり言って時間の無駄なのです。どうせクライマックスでは何も活かされないのです。それとも、そういうのを入れないと女性客が入らないとかそういうのがやっぱりあるんですかね。というか、「女性客を入れるために恋愛要素を」とかね、ありますけどね、本当にそれで女性客は引きつけられているんですかね。
「あ、恋愛要素が入っているわ、観に行きましょう」
となるんですかね。だとすれば、女性を映画に誘う文句はこれで決まりです。
「お嬢さんお嬢さん、この映画は恋愛要素がたくさん入っていますよ。さあ観に行きましょう。恋愛要素ですよ」
でも、恋愛要素ゴリ押しのラブストーリー映画とか、平気でこけているの、いっぱいありますわね。だからね、代理店的幻想というか、もしくはスポンサーだましの手管なんでしょうね。プレゼンも要するに、「恋愛要素がつまっていますので、女性客が来るはずです。さあ、出資してください。金をくれ」ってことなのでしょう。

 カーペンター監督は本当に余計なことをしないですね。面白いことだけを愚直に突き詰めていますから、「監督、恋愛要素を入れた方がいいですよ。そのほうが客ウケがいいらしいっすよ」と言われても、「そんなの、面白くないぞ」と言い切ってくれていそうです。

 しかし、彼は最近はあまり映画を撮っていないようです。この映画にしたって、ウィキによると、公開2週間程度で打ちきりになったそうです。なんと言うことでしょう。その辺のハイバジェットの映画よりもはるかに素敵だということがなぜわからないのでしょう。こういう映画を、面白い映画というのです。

 
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by karasmoker | 2010-12-01 06:52 | 洋画 | Comments(0)
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