『ヒーローショー』 井筒和幸 2010

ヒーローはどこにいたのだろう?
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昨年から吉本が激押ししているジャルジャルが主演で、井筒監督による暴力が炸裂した映画です。ジャルジャルは芸人としては特に好きでも嫌いでもないのですが、本作では大変に好演していました。ジャルジャルは文句なしです。映画全体の印象を述べるなら、前半は完璧、後半は…というのがぼくの見方であります。
 
 ジャルジャル福徳が演ずるのは漫才師に憧れる若者。しかしなかなかうまく行かない日々を過ごしています。そんな彼がバイトでヒーローショーの出役を始めるのですが、ショーの団員の間で男女問題が発生。トラブルの中に成り行きで彼も巻き込まれてしまい、さあ、そこからどえらいことになっていくわけです。
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 ヒーローショー劇団の団員たちがものすごくいい味を出しています。チャラ男とチンピラ男がメインなのですが、彼らの存在感、その濃淡が素晴らしい。ぼくには絶対に仲良くなれないタイプですが、どちらとも毛色の違う不良っぽさがあって緊張感があります。クラスや学校では間違いなく二大勢力になるでしょうね。で、どっちも女っ気はそこそこあるわけで、なおかつどっちも結構女のタイプが似通っている。だから小競り合いも起こりやすい。このチャラ男チームとチンピラチームの感じは面白いです。この二種がぶつかる場面って、あまり見覚えがありません。それぞれの縄張りで動いているでしょうからね。
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 この二種をぶつけたのが映画的な愉しさに繋がりました。男女問題、要はチンピラの女をチャラ男が寝取ったのが発端で、そこからチンピラチームの逆襲が開始されるのですが、大学に乗り込む場面は特に秀逸でした。あれがまた二種の生き様の違いを際だたせているんですね。チャラ男はなんだかんだで爽やかな青春を過ごしているんです。そこに、「大学とか知らねえ」的な野蛮さでチンピラが殴り込んでくる。あの場面はわくわくしました。基本的にチャラ男チームが大嫌いであるぼくにはなおのことわくわくするくだりでした。お笑い芸人の、ミルククラウンのジェントルという人が出てくるんですが、この人の存在感は最高です。この人がもっともっと観たいです。この人主演で続編をつくってほしいくらいです。
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 さて、しかしチャラ男チームも黙ってはおらず、ジャルジャル後藤演ずる元自衛隊員が駆り出され、山中での暴力事件が巻き起こります。ここは近頃の映画体験の中でも最もぞくぞくするくだりでした。中盤ではありますが、この夜中の山中の場面がこの映画のクライマックスと言えましょう。
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 この場面がなぜぞくぞくをもたらすかといえばひとえに、登場人物たち自身が、次の展開を見いだせていないからなんです。自分たちの暴力を制御できていないのです。この無様さ、等身大さがこの場面の魅力なのですね。これね、チャラ男チームが、冷酷非道で暴力になれきっている、感覚が麻痺しているようなやつらなら、面白くもなんともないただの不愉快な場面なんですが、こいつらはこいつらでなんか勝手に追い込まれてしまっているという、そのゆらゆら感がすごいわけです。自分で凶器を持ち出したくせに、その凶器の切っ先に怯えているような覚束なさ。その震えがちゃんと伝わってくるから、ぞくぞくする。こいつらの存在としてのしょうもなさを、暴力が凌駕している。だから怖い。だから強い場面になっている。
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 全体を通して言えばここがピークでした。
 あんなにも緊張感のある、映画的濃度の高い場面を中盤に用意した以上、さて、終盤にはどのようなことが起こるのかな、と期待するわけですが、そうした期待は完璧に裏切られます。その意味ではとてもバランスの悪い構成だと言えます。なにしろある登場人物を、まるで無駄遣いしているわけですから。あんなに魅力的な連中を、まったく無駄遣いしているんですからね。前半にみられた暴力的なぞくぞく感は、後半ほぼゼロです。

 別に、絶対に暴力を描けというわけではないんです。でも、後半をああするなら前半でちょっと飛ばしすぎです。『パッチギ!』クライマックスのあのとてつもない熱量に魅せられたぼくとしては、え、なんだろうこの肩すかし感は、と思ってしまったのです。

 この映画のクライマックスは全体の構成上、ジャルジャル二人の、それぞれの独白なんです。でもねえ、映画の構成を考えるに、二人に独白させるのはまずいんです。それならいっそのこと、どちらか一人を完璧に主役にして、どちらかの物語として落とし込むべきだったと思うのです。ジャルジャル福徳の役柄ってのは、もう『ばかのハコ船』に匹敵する無様さなんです。痛々しさがすごくあるんです。でも、それももうひとつ弾けない。もうひとつ押しが弱い。後藤のほうの物語も、家庭のいびつさや過去がちゃんと生きてこない。後藤の家族の壊れている感、母があんな若い恋人を拵えている気持ち悪さなんて、掘り下げれば絶対面白くなったし、背景を強めることができたのに。で、脚本的に残念なのは、二人が抱える「人生をどう生きるか」って問題と、あの暴力事件がどうにも繋がってこないこと。福徳の相方だったはずのあの彼の話、漫才師を目指す話、どうにも活きてこない。後藤の、家族云々の話も、結局はあのすごい熱量の山中と、何の関係もないし、言ってみればすべてばらばら。「本当にあれは最悪の夜だったよ、うん。……………ところで、ぜんぜん関係ないけどさ、」みたいに今後の人生を語られても。

 うん、いろいろ詰め込んだなあ、というところなんですけどね、どれも十全な落とし前をつけてはいないんじゃないかな、という印象なんです。前半は完璧です。夜の山中までは完璧。後半でだいぶ失速しました。宇多丸さんは去年のシネマハスラーで2位にしていたんですけど、うーん、『第9地区』や『息もできない』より上ってことはないと思うんですけどねえ。
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by karasmoker | 2011-03-02 23:11 | 邦画 | Comments(0)
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