『 踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』  本広克行 2010

演出は低レベルでもかまわない。要は脚本の問題。
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かつてはこのシリーズの大ファンでした。ドラマは繰り返し観たし、ノベライズや研究本みたいなのも買いました。映画に興味がなかった中学時代、劇場版第1作を観るために独りはるばる、都市部の映画館に出かけたのも思い出です。

『踊る』がそれまでの刑事ドラマと違う、「サラリーマンとしての刑事」「組織としての警察」の目線を取り入れたのは、大変画期的でありました。古くの刑事物といえば、『西部警察』や『太陽にほえろ!』のような、格好いいドンパチ劇だった。それがドラマに出てくる刑事のアイコンだった。ところが『踊る』は、そのイメージを見事に取っ払ったわけです。「地味な存在としての刑事」「職業人としての刑事」にスポットを当て、そこにフジテレビ的トレンディさを配合。主演の織田裕二が持つ華とも相まって、90年代後半、中学生だったぼくを見事に魅了してくれました。

2003年の劇場版2作目公開時。この頃には興味を失っておりました。それにくわえて、「なんかうるせえ感じ」が鼻につきました。思えば1997年にドラマシリーズが始まったとき、フジテレビはまだお台場に移転していなかったのです。なので舞台となる「湾岸署」の界隈も実に閑散としており、エンディングで青島が空き地の前を歩く姿も印象的で、その寂しさが『踊る』の地味さ、リアルさを高めていたのです。ところが2003年ともなるとお台場は賑やかになってしまい、『踊る』にまつわるあれこれも大変うるさいものになってしまいました。2のサブタイトルに注目しましょう。
「レインボーブリッジを封鎖せよ!」
 これが、かつてテレビドラマが大好きだったぼくをがっかりさせていたのでしょう。これは明らかにお祭り的、イベント的、名所的な意味合いを帯びたタイトルであって、フジテレビさえなかったお台場、僻地の所轄でしかなかったあの湾岸署は、このとき既に消滅していたのです。そして映画の中身も、やれ誰々がゲスト出演うんぬん、というものばかりでした。2がゼロ年代の日本映画に与えた悪影響については、方々でも語られております。

だからもうその後のスピンオフとか知らない。好きにやれ馬鹿野郎。

 というわけでその辺はすっとばして、もはや哀しいばかりの3について語ることにしましょう。

 簡単に言いますと、3は2以上に、脚本がずたぼろなのです。これがいけないのです。本広監督が悪いわけではない、というとあれですけれども、演出的な問題以前に、君塚先生の脚本がずたぼろなのです。この脚本の時点で、もうこの映画は駄目です。よし、この脚本で行こう、という段階で、もはや3の悪評が吹き荒れようことはわかっていたのです。

 演出がどうのこうの、と言われますけれども、かつてドラマシリーズが好きだった人間からすると、そんなのはいいです。『踊る』はドラマレベルの演出でいいです。むしろ映画的な格好つけはいらないくらいなのです。だから別にいいんです。演出についてはもう何も期待しません。昔の『踊る』、あの懐かしき『踊る』が見えればそれでいいのです。

 ところが脚本が本当にもうどうしようもないので、なかなかきついです。なぜこんなことになったのでしょうか。君塚先生は大御所だから、誰も何も言えないのでしょうか。だったらぜひ君塚先生にはご勇退頂くべきでしょう。ドラマシリーズでは大変お世話になりました。先生の脚本には目頭を熱くしたものでした。冬彦さんシリーズも素敵でした。でも、今の先生の脚本はクソでしかないので、ぜひご勇退頂きたいものです。

 もちろん、この手の企画には芸能事務所のうんぬん、共演者同士のうんぬんがつきまといます。なので、すべて脚本家の自由になるわけではなく、大変な制約の中で書いているというのはよく耳にするところです。しかしこの脚本の不備はそうした業界事情以前のきわめて低レベルなものです。ぼくにはちいとも訳がわかりません。巨額の製作費を使って、有名な役者をたくさん使って、さあ大きなプロジェクトだぞ、というこの企画に、なぜあんなどうしようもない脚本なのか。なぜそのままゴーしてしまったのか。本広監督と君塚先生がどういう話し合いをしたのか。謎です。現代邦画界の大いなる謎です。

『アマルフィ』とか『少林少女』もそうでしたけど、脚本の段階でもう駄作になるのがわかっている作品が多すぎるのです。どんなモチベーションで進行しとんねん、と思います。もう一度書きますが、『踊る3』はどんな名監督が演出したって、あの脚本では駄作にしかなりません。たくさんの人が関わっていたのだから、たくさんの人が気づいていたはずなんです。脚本をもうちょっとしっかりするだけでなんとかなる日本映画は、きっと多いはずです。なぜこんなことに。

 作品内容について言及しておくと、精神的退行が起きているのがいちばん気になりました。後半のある場面で、青島刑事がこんなことを言います。
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これは今回の決め台詞っぽい言葉なんでしょうね。ひどく頭の悪い台詞ですが、熱血漢と化した青島が言う分にはご愛敬です。でも、そのすぐ後の署長の台詞がまずいんです。本庁の上司に向かって北村総一朗署長が言うんです。
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 これを署長に言わせるのがどうかしている。かつてのドラマシリーズでは絶対言わなかった。ドラマのとき、袴田課長が室井管理官に電話で文句を言う場面がありました。
「私の部下の命を何だと思っているんだ!」って。
 このときは、「サラリーマンとしての刑事」「日和見な中間管理職」たる袴田課長の、一世一代の頑張りが熱かったんです。今回の署長の台詞は、もう救いようがない。署長がこんなことを言うわけもないし、もうクソみたいな脚本です。
 フジテレビは数年前にも西遊記で「なまか」とか言って流行らせようとしていました。何を「仲間」にこだわっているのでしょうか。誰がこの台詞を入れろと言ったのでしょうか。「仲間」を流行らせるとお金が儲かるのでしょうか。仲間だの、仲良しだの、本当に、俺はてめえら全員が嫌いだ馬鹿野郎。
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 かつてドラマシリーズにときめいた者として、哀しい限りです。4作目がつくられるかわかりませんが、君塚先生を外せばなんとかなるかもしれません。脚本家が変わったとしても別に興収に影響しないでしょうから、プロデューサーは英断すべきです。あ、でも、君塚先生も「仲間」でしょうからね、まあ、そら無理な相談なんだろうな。ファック。
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by karasmoker | 2011-03-03 01:20 | 邦画 | Comments(0)
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