『ロンゲスト・ヤード』 ロバート・アルドリッチ 1974

後悔しない生き方のために。
d0151584_23482491.jpg
 
 バート・レイノルズ扮する主人公は元アメフト選手。車を強奪したかどで、刑務所に服役することになります。収監された先の刑務所所長は大のアメフト好きで、部下である看守たちにチームを組ませるほど。所長に注目された主人公は、囚人たちでチームを作るよう命じられます。看守対囚人でアメフトの試合をさせようというわけです。
 主人公は腕っ節の強い囚人たちを口説いて回り、本番に向けた練習を開始します。アメフトに打ち込む主人公の顔は晴れやかで、集まった仲間たちも日頃の憂さ晴らしを求めて練習に励みます。看守をぶちのめせるまたとない機会に、囚人仲間は躍起です。
ところが、来るべき試合にはある大きな特徴がありました。
 所長は主人公に、囚人でチームを構成せよと命令しました。同時に、刑務所としての威厳を保つべく、こうも命じていたのです。
「八百長で負けろ」
「もし負けなければ、いくらでも刑期を延ばしてやるからな……」 

 高圧的な看守たちと、憤懣を溜める囚人たちの戦い。体制への反抗がわかりやすく描かれたアメリカン・ニューシネマです。閉鎖空間での戦いという点では『カッコーの巣の上で』『暴力脱獄』とも通じていて、主人公の訪れが周囲に賑わいを与えていくのも似ています。バート・レイノルズがまた男前なのです。「古い洋画の男前」は映画を観るときの重要な醍醐味のひとつです。

 映画の醍醐味、ということでいうと、宇多丸さんいうところの「ホモ・ソーシャル感」。出てくる女性は一人だけで、あとは全員男という状況。これはこれで映画的に盛り上がります。もちろん、女性が出てきて楽しいな、というのもありますけれども、男だけの物語というのもいいものなのです。これがイケメンだのホストもどきだのばかりだったら最低ですけども、出てくるのはいかにも囚人風情の小汚い連中、乱暴そうな連中ばかりと来て、とても楽しく観られます。囚人が囚人然としていると、看守との間に緊迫感が生まれて大変によろしいですね。看守と囚人が織りなす物語の強みはそこで、学校における教師と生徒の間には生まれ得ない緊張した雰囲気が出てきます。それがこの映画の気持ちよさの大きな要因でしょう。

 一人一人強者をスカウトしていく、というのも楽しい。やっぱりね、『七人の侍』でもそうですけど、強者たちがどんどんと集まっていく、最終的に大きな力になる、という構造は観ていて気持ちがいいんですね。RPGでもそうですけど、仲間が続々と増えていく、というのは観ていて単純にわくわくします。また、これは物語における「爆弾」の仕込みポイントでもあるんですね。仲間を増やしていくと、その分リスクも高まってくる。リスクの入れしろが多くなって、これまた緊張感に繋がります。

 後半、かなり長い尺をとってのアメフトの試合なんですが、これについてはルールがわからないとさっぱりついていけません。どうなると得点がどのように入るかわからなくて、ここは完全にアメリカ人向けです。しかもどのショットもほとんど引きの画、スポーツニュースで観るような画なので、映画ならではと言えるようなカットは少ないです。精々が選手の表情や円陣の繰り返しです。アメフトのことが何もわからないぼくには、正直ぴんと来ませんでした。サッカーだったら一発レッドになりそうな反則なのにぜんぜんそうなっていなかったりするので、何なのやという気分になります。相手の股間にわざとボールをぶつけたり、殴り倒したりしてもぜんぜんおとがめ無しなのです。仕掛けた側は「痛めつけてやったぜ」としたり顔なのです。こうなるとさらに見方がわからない。しかも、これはどうも、スポーツマンシップ的にどうなのや、というのもあります。そんなんじゃなくて、純粋に勝つことが大事なんじゃないのか、と言いたくもなります。だからね、これはね、もしリメイクされることがあれば(既にされているようです。未見です。)、囚人にはファイルを一切犯させないクリーンなプレイをさせるべきでしょう。無論、あらくれの囚人がおいそれと承伏するわけがないんですが、そこを説き伏せるわけです。
「下手に乱暴をすれば後で報復を受けるぞ。ここはフェアプレーで勝つのがいちばんの報復なのだ」
みたいなことを主人公に言わせてね。そうすれば主人公の葛藤がより色濃くなるでしょう。

 総じて言うと、2時間、ほぼ飽くことなく観られるし、アメリカン・ニューシネマ的な切なさもあって大変よい。あの後、選手たちや主人公がどのような末路をたどるのかを想像すると切ないし、所長に反抗した懲罰として、30年間刑務所にいるというじいさんの言葉も素敵なんです。
"That time you hit Hazen in the mouth, was it worth it? Was it worth 30 years?"
「所長を殴るだけのことはあったか? 30年でも」
"Yeah. For me it was."
「後悔はしてないよ」

和訳がこれまたいい感じです。

 ただ、囚人ものについては、どうしても一歩引いてしまうところもありますね。やっぱり囚人は悪者は悪者ですから。それこそ人殺しだの何だのをした連中なのであって、彼らに無邪気に感情移入して、看守を敵みたいに観てしまうのは危険なんです。映画では彼らの過去は描かれないし、主人公の罪も緩いものになっているけど、あの仲間たちはそれなりにひどいことをしているはずなんです。だからこの映画を好きになって、この映画の登場人物についてとかいろいろ考え出すと、本当はそれほど共感できないんじゃないでしょうかね。感動的な場面に出てくる囚人が、実は強姦魔、放火魔、殺人鬼だったなんてことになったら、それはもう今までほど応援できなくなるでしょう。

 とは言いつつ、主人公の決断はやっぱり男前で、自分ができるかと言われればできないだろうなと思いますね。うん、絶対できないです。あの決断をどう見るかだけでも、語りがいのあるテーマです。ひとつの映画としても、アメリカン・ニューシネマを眺める上でも、観ておくべき一本でありましょう。
[PR]
by karasmoker | 2011-03-04 00:52 | 洋画 | Comments(0)
←menu