『リトル・ミス・サンシャイン』 ジョナサン・デイトン ヴァレリー・ヴァリス 2006

アメリカ×家族×ロードムービーの傑作
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 ドンパチ劇やらSFやらばかりを愛でがちになるぼくですが、意外とこういう映画のほうが楽しめたりもするのですね。それほど期待していなかったというのもあるのでしょうが、なかなかに考え抜かれた傑作でありました。タイトルからの先入観で、なんかあれでしょ、いろんなもめ事を子供が出てきて解決しちゃってみんなハッピー的なノリでしょ?と思っていたらそれを裏切られ、よかったこいつはよかった。

 アメリカ人一家の物語で、彼らのロードムービーがメインになっていますが、こういうのを観るとつくづくアメリカってのは陽気さを持っている国だなと思います。家族構成はというと、子供向けのミスコンに出ようと粋がる娘、「人生は勝つことが大事」と言い切る父ちゃん、歯に衣着せないおじいちゃん、一言も喋ろうとしない息子、自殺未遂をして精神を病んでいたおじさん、そして彼らをとりまとめる母ちゃんの六人です。六人中二人は間違いなく陰気なやつらなんですけど、おじいちゃんと孫娘が明るくて、個々の温度がうまく入り交じり、すごく心地いい雰囲気がバスの中にありました。
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 日本で同じことをやってもここまでからっとした空気ができないだろうな、と思うのは、ひとつにやっぱりロケーションです。西部劇がアクション映画というジャンルを、ひいては映画そのものを大きく育て上げてきたわけですが、その西部劇の土壌となったのはこの開けきった国土なんですね。前にも書きましたが、アメリカは日本にはない資源を持っているわけです。それはエネルギー資源とか何だとかも当然として、このだだっ広いロケーションそのもので、これは日本やヨーロッパが持っていないものです。抜けるような青空、という言葉がありますが、それを受け止める大地、があると、まさしく「サンシャイン」が一層の効果を発揮するわけでありまして、ここが日本映画に出せないところです。
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 この映画の美点は数多いのですが、平和すぎる旅路にならぬよう、無言の息子と自殺未遂の叔父を入れてきたのが大きいです。あれで小さな緊張感がずっと持続されるんです。何か問題が起きるんじゃないか? と観客は心のどこかで思い続ける。そして彼らに気を取られていると、意外と彼らは大した問題を起こさず、むしろグレッグ・キニア父ちゃんのほうが面倒くさかったりする。アラン・アーキンじいちゃんの磊落な性格もいいですね。彼が陰気な二人を笑い飛ばす力を持っている。
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 この家族の描きわけはとても勉強になるというか、見事だと思いました。序盤の食事のシーンの何とも言えない空気、その会話の中で、大体見えてくるんですね。互いの力関係だったり距離感だったり。なおかつね、母ちゃん、トニ・コレットに特異な設定を施さなかったのもええなあと思います。みんなひとくせあるんですよ、でもこの母ちゃんは違っていて、それらをとりまとめるきわめてニュートラルな存在にしてあるから、家族としてまとまっている。これね、母ちゃんもなんか偏った考えとか癖とか性格を持っていたらなんか、家族というよりも個性派集団みたいになると思うんです。でもそうじゃない。ああ、ちゃんとしている母親だな、と安心して観られる。すごく巧みなバランス設定です。
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 ワゴンを押す、というのもいいです。途中エンジントラブルみたいなことで車の発進がうまくいかなくなります。手で押して、ある程度加速させてからでないと動かないという設定を入れているんですが、こういうのをさらっと入れてくるあたりがいいですね。あれをやると、「みんなで進んでいる感」がわかりやすく出てくるわけです。映画にも動きが生まれるし、それを一度だけでなく随所できちんと描くのもいい。あとはあのクラクションのくだりが面白い。クラクションがアホみたいに鳴り続けているのはぼくの大好物です。あれは笑った。
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 ばらさないほうがいいこともあるからあえて言及しない部分もあるんですけど、「ああいうの」もね、なんていうか、なんていうの、ほら、ロードムービーってさ、言ってみりゃ人生の戯画的な側面があるわけですよ。行く先々でいろんな出来事にぶつかってそれでも前に進むっていうね、その中で「ああいうの」を入れてくるってのもね、ああ、人生のメタファやなあと思いますね。うん、まあ、何もかもうまく行くわけじゃないね、そしてもう戻れやしないよねっていう。観ていないとなんのこっちゃですけどね、「あ、この人をこうするかあ」というのがあって、ここも観客を一度しゃきっとさせる効果があります。
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 で、クライマックスは娘、アビゲイル・ブレスリンのミスコンですけど、ここの描き方もいい。序盤はこの娘が鬱陶しくて、あとあとこの子が盛大なミスコンできゃあきゃあみたいになったら最悪だな、と思っていたんですが、あのミスコンはしょぼさ加減が大変適度です。結構しょぼいんですよ。でもね、そのしょぼさがこの映画の魅力を際だたせていますわね。しょぼいからいいんです。そしてあのブレスリンの「腹出てるやん」な体型。そしてそしてあの落とし前の付け方、あれはサイコーです。黒沢清の『トウキョウソナタ』もいろいろうまく行っていない家族の話ですけど、あの映画の終わらせ方とはぜんぜん違います。あの映画はなんか知らないけど息子がピアノめっちゃうまくて大絶賛、でしょ。この映画は、まあ、あまりばらさない感じで書きますけど、『トウキョウソナタ』が生み出す興ざめな感じとは真逆です。ああ、ええなあって素直に思えます。変な格好つけで陰気くさく終わるんじゃなくて、この娘を輝かせるぞ俺たちは! 俺たちはおまえの味方だぞ! とはっきり思えました。最初はブレスリンが嫌いでした。変にはしゃいで鬱陶しく感じ、息子のポール・ダノと一緒の気持ちでいたのです。でも、最後にはみんな大好きになりました。終わり方も変なぐだぐたは一切なく、ぱしっと終わって文句なし。

 アメリカ家族のお話でこんなに楽しく観られた映画は久々でした。お薦めします。
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by karasmoker | 2011-04-17 23:25 | 洋画 | Comments(0)
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