『コミック雑誌なんかいらない!』 滝田洋二郎 1986

80年代当時を描いているというより、当時という時代に頼ってしまっている。
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 「長らく観たいと思っていた」シリーズ。この前、71歳にして女性との復縁を迫り、強要未遂と住居侵入で逮捕された内田裕也主演作です。有名人のスキャンダルを追いかける芸能レポーターの話で、劇中マイクを持って走り回った彼としては、なんとも皮肉な話というか。こんなこと言うとあれですけど、女性とのいざこざでも、無理矢理やっちゃったとかなら「おおう、古希を越えても内田さん、ロケンロールだぜ!」となったかもわかりませんが、なんともみみっちい迫り方です。何がロケンロールだということになりかねません。あるいはストーキングこそ311以降、あるいはビン・ラディンなきこれからのロケンロールなのだという、捨て身のメッセージかもしれません。
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 冗談はさておくとして、本作は滝田洋二郎監督の非・成人映画の第一作目に当たるそうです。滝田監督の映画は『秘密』と『おくりびと』しか観ていませんが、どうもあまり他の作品を観てみようという気にもなりません。これは観ておくべき、というのがあれば教えてくださいな。
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 80年代の芸能ネタ、社会ネタをふんだんに織り込んだ本作で、劇映画ですがいわば虚実入り乱れたようなつくりになっています。ただ、このシーンは何をしたいのだ、というのも結構あって、個人的にはさして感興を得られませんでした。
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 ネット上のレビウを散見するに、80年代を思い出すだの当時の芸能レポーターの過熱ぶりが描かれていてどうだの、と賞賛するものも見受けられるのですが、その点こそ弱いんです、この映画。80年代の風物を懐かしむならそれこそ80年代の普通の劇映画なり、ユーチューブの映像なりを観ればいいし、そのほうがずっと鮮明でしょう。風俗産業の現場なども映し出していますが、個人的に90年代末期にお世話になった『トゥナイト2』のほうがよほど鮮烈でした。劇中、山本カントクの名前がちろっと出てきますが、あの番組にはるかに負けている。モンド映画的な面白さは非常に弱い。あろうことか、モンド映画たることも放棄し、タレントを使ってしまう。ここが何をしたいねん、なところです。
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 たとえばホストクラブが出てくるんです。ああ、当時のホストクラブは今とぜんぜん違うのだな、とわかります。それを観たいとも思う。ところがこの映画はなぜか、実際のホストを用いず、片岡鶴太郎や郷ひろみをホスト役にして、面白くもないコメディみたいなことをしているんです。もっといろいろやりようがあるでしょうに。やっぱりね、内田裕也の朴訥なインタビューと、実際のホストたちのコミュニケーションの齟齬が起こってなんぼですよ。それが虚実の皮膜だと思うんです。内田裕也がインタビュアとなり、台本に書かれた質問をやる。でもホストは予想もしないことを言う。そんな展開があってこそああいう場面に意味がある。なんとも気の抜けたシーンですよ。別にドキュメンタリーにしろとは言うんじゃないんです。ただ、多少なりともドキュメンタリー的であるべきだろ、ということです。
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 この映画がわからないのはそこです。ドキュメンタリー性を持たせたいのか持たせたくないのか。三浦和義のインタビュー場面なんかは面白いんですよ。長回しの特性を活かして、うまくコミュニケーションの齟齬を描いている。でもそのくせ、入れなくてもいい音楽を入れたりする。
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 フィクションとドキュメンタリーの曖昧な境界線。そんな絶妙なもんじゃぜんぜんない。ドキュメンタリーならば情報的驚きがもっとあるべき。そういうのが少なすぎます。いいところもあるんです。たとえば内田裕也扮するレポーターの家に留守番電話が入る。その留守番電話の内容が、突撃取材されたタレントのファンからの電話で、「あのタレントをいじめないで」みたいなのだったりするんですが、その中で一つ、面白いのがありました。中年女性からの電話で、「最近のあなたの取材は甘いわよ。若いアイドルなんてろくなもんじゃないんだからもっと過激にやりなさいよ」みたいなのがある。こういうのって面白いと思うんです。ああ、現場の取材を通して描かれるものだな、と思う。あとはクリーニング屋のくだりとかね。でも、ほとんどの場面は素人のぼくでも素直に受け止められるものばかりです。ああ、こんな感じか、と、容易に想像がつく。それじゃあ芸能レポーターっていういわば裏の仕事をテーマにした醍醐味がないです。こんなことをやっていたのか当時のレポーターは、すさまじいな、というのがあまりないんです。これで「当時の芸能報道はひどかった」っていうんですか? 絶対もっとひどかっただろ、としか思えない。
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 確かにゲスト出演者が多いから面白みはある。三浦和義が出てきたりおニャン子クラブがでてきたり、神田正輝と松田聖子の結婚とか、そういうおかずはいっぱい入っている。でも、そういうところの面白みなら繰り返しになりますが、80年代の芸能雑誌を読めば事足りる。だから今この映画を評価する際、そこはまったく加点できない。

 芸能レポーターの過激さうんぬん、社会への皮肉うんぬんというのなら、実際の出来事をモチーフにする必要はないから、架空の作り事でかまわないから、それを徹底的に描くべきでした。もちろんそれが『誰も守ってくれない』的な捏造になってはいけませんが、実際のアイドルの名前を出したりしたせいで、今一歩踏み込めていないわけです。

 この映画ね、やっぱりかなりおかず重視なところがあるんですよ、実際の事件やタレントの名前に頼ってね。でもね、そこに頼るっていうのは、結局この映画自体が、芸能レポーターたちと一緒なんですよ。おいしいネタを盛り込んで話題作りをしているだけ。おニャン子クラブのくだりはまさにそう。あの場面に何があるんでしょうか。それともおニャン子クラブ側の規制でもあって、何も踏み込めなかったのでしょうか。だったら本当にただのおかずですよ。わあ、おニャン子クラブだ。それだけ。国生ちゃん可愛いな。それだけ。
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 終盤、当時起こった実際の事件をモチーフにした展開があります。なんでも、会社の社長のマンションに男二人が押し入り、殺害したらしいのですが、詰めかけていた報道陣は部屋の前で手をこまねき、助けようともしなかったそうです。なるほど、ぼくはそんな事件を知りませんでした。で、観ながら「こんなことありえねえだろう」と思ってしまいました。後で調べて「本当にあったことなのか」と驚いたんですが、やっぱり、あの事件を知らない人間に対しても、「報道陣はひどいな、見殺しにしたっていうのか」と思わせてくれないと、映画として意味がないと思うんです。その事件を知っている人間はわかるんでしょうけど、そこまでの展開や演出に問題があるから作り手を信用できず、「ありえないんじゃないの」と思ってしまいました。もちろん当時の人々は知っていたわけで、これは1986年当時の人々向けにつくられた映画だから、的外れな指摘だと言われるかも知れません。しかし、だとするとやはりこれは、「実際にあったことです」に頼った作品ということですね。当時のアイドルや有名人や事件を映してそれに頼った映画ということです。当時の社会状況を活写した、とは似て非なるものです。それを肯定するなら、今現在人気のアイドルやら何やらをいっぱい映しておけば映画としてオーケーということになります。ビートたけしの関西弁だかなんだかわからないヤクザもノイズでした。あそこで、「あ、ビートたけしだ」と思わせて、それで何がしたいのでしょうか。

 辛口のなにさまトーン炸裂の回になってしまいました。ぼくは当時、やっと言語なるものを見い出したかというくらいの年齢で、あの頃の風物などはリアルに知りません。ゆえに、リアルタイムでこの映画を受け止めた人は違う感覚をきっと抱くのでしょうけど、時代を超える映画、というわけではなさそうです。いやいや、今となってはそうだけど、あの時代には確かにこの映画が放つものがあったんだよ若造、と言われるのなら、若輩としてのおしゃべりはお開きにするほかありません。
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by karasmoker | 2011-06-01 22:56 | 邦画 | Comments(2)
Commented by kazu at 2012-11-24 17:44 x
この映画にある「何なんだろうこれは?」という思いというか全体的に広がる薄ら寒さはそれこそが狙いです。
その中で主人公は葛藤を覚えつつも自分の役割を果たしていきます。
馬鹿ばっかりと思ってる自分も馬鹿。

そんなやり取りの中で終盤の襲撃事件が起きます。
当時その実際の事件を見てると分かるんですが、それこそ最初に上げたその「葛藤」の固まりみたいな場面が実際に繰り広げられました。
「なんで誰も止めないんだ??」「なぜ普通に殺人するところを撮影してるんだ?!」「みんななんなんだ?」
もう不思議でしょうがないわけで。
そんな時、もし自分を取り戻しこんなことがする奴がいたなら?を演じたのがマスコミを押しのけて中に飛び込んで殺人を止めようとした主人公なんです。
ギリギリのところでまともであろうとした主人公を、それすらもネタにしようとした他のレポーターとカメラが取り囲み結局狂った世界へ引き戻されます。

そこにあったのは映画やコミック雑誌よりも酷い、とんでもない現実社会。
それを浮き彫りにした映画というところでしょうか?
でも正直実際の事件を生で見ていないとわからないかもしれませんね(汗)
Commented by karasmoker at 2012-11-24 23:47
 コメントありがとうございます。
 なるほど、大変参考になるお考えであります。活写するのではなく、同時代の事象をもデフォルメすることで、観客へ異化効果を与えるという仕組みですね。そしてこの時代自体が持っている嘘くささや虚構性、そこに生きる自分自身の欺瞞を暴くという仕組み。「嘘も真もありゃしねえ。どのみち全部つくりごとだ。自分自身も含めてな」というのはロケンロールであります。そう思って観てみると、ぜんぜん違う見方が出来たかもしれませんね。とてもありがたいコメントでございました。
 またのコメントをお待ちしております。
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