『必死剣 鳥刺し』 平山秀幸 2010

「社会の不条理」という時代劇の十八番。これは日本映画の大切な伝統ですね。
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昨年公開の映画ですが、タイトルはなんか、大喜利の答えみたいですね。田舎の子供によるチャンバラごっこの技の名前みたいです。藤沢周平原作の映画は他に『たそがれ清兵衛』『武士の一分』しか観ておらず、彼の小説もひとつ、ふたつくらいしか読んでいないので、原作はどうのこうのだという話もできぬぼくなので、まあいつものごとく力の抜けた文章をたらたら。

 豊川悦司演ずる主人公が冒頭、お殿様や他の家臣のたくさんいる前で、一人の側室を殺してしまいます。これが映画の掴みになっていて、はてさて彼はなんでそんなことをしたのだ、というのが次第に語られていく構成です。
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 なんでそんなことをしたのよトヨエツ、というと、この側室はお殿様のお気に入りで、こいつのわがまま放題のせいで皆が大変に迷惑を被っていたからです。お殿様はほいほいと言うことを聞いてしまい、そのせいで家臣は切腹になるわ、農民は一揆寸前まで追い込まれるわ、あげくに殺されてしまうわと、まったくひどい状態になっていたのです。
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 身をもって憂き目を見たことはありませんが、世の中には「偉い人の彼女だからアタシも偉い」的な女性というのがいるらしくて、伊集院光はエッセイでこれを「女の数階級特進」と語っています。このような思考回路を持つ女性は要するに「クソ女」だとまずは言えますが、翻って考えるに、女性が権力志向を持った場合、このような方法によってのみ可能な場合というのが、おそらくあるのでしょう。女狐の奸計うんぬん、という言い方がされたりもしますが、それは男社会を生き抜くための女性の知恵でもあるわけで、一概に断罪することはできないのかもしれません(などと言えるくらいにはぼくもオトナになりました)。男ばかりが出世して女はなかなか上に上がれないのよ、数階級特進したって別に不公平ではないでしょ! ということを面と向かってがつんと言われたら、「ぐむむ」と口を噤んでしまうかもしれません。
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関めぐみという人がこの側室役なのですが、いかにもモデル顔だなと思ったらやっぱりそうで、どうも時代劇とは不調和な顔です。でもまあ、この目立つ役どころとしてはあんな風な人がいいのかもしれません。ただ芝居としては弱いですね。台本が見えました。ああいうところでは貫禄のある女優さんを使ってほしいものだ、とも思いました。

 映画に戻ります。あいつはさすがに調子乗り過ぎだよ、というわけで彼女をぶっ殺したトヨエツは、斬首になるかと思いきや、降格、減俸、それと「一年間土蔵の中で暮らすへし」という処分に留められ、生かされることになります。
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 池脇千鶴が亡き妻の姪として登場し、彼の身の回りの世話をするのですが、千鶴ちゃんはよいです。ただ、ちょっと可愛すぎるきらいもあります。いい感じでおっさんの萌え心をくすぐります。彼女を初めて観たのはフジテレビの月9『リップスティック』で、あの頃の彼女がいちばん好きだったりするわけですが、あのドラマから10年以上経つというのに、いまだに若々しい可愛さが際だっているというのは、なかなかのもんです。永作博美の跡を継ぐのは、彼女でしょう。
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いろいろふらふらしながら話を進めますが、トヨエツの物語は劇中しばらく、騒がしいことが起こりません。すっごく端正に描きよるなあと思わされますね。これはかなりのおっさん好み映画かもしれない、と思いながら観ていました。じいさんばあさんが観るにはいいテンポだと思います。ちゃかちゃかするようなことは起こらないし、かなりお年寄りにとって心地よい速さでしょう。ただ、ぼくはまだまだお年寄りではないので、そろそろいろいろあってもええで、とも感じました。

 ですが、ここが映画の奥深いところです。
 ああやってずうっと抑制してきた分、クライマックスではちゃんと熱が発散されます。今まで静かなトーンで進んできたからこそ、決して規模の大きくないあの立ち回りが、迫力をもって弾けるのです。Aメロ、Bメロがながーい曲で聴き手がちょっと長さを感じた頃に、どかんと来る。このクライマックスはとても素敵です。原作とどれほどの相違があるのか知りませんが、脚本的にもすごくよくできている。一カ所だけ、どうも意見の分かれがちな部分があるようなんですが、あれはね、どうすればよかったかというと、トヨエツに憧れている若造みたいなのをあそこまでのどこかで描いておけばよかったんです。そうすると、ああ、なるほどね、ここでこの若造が活きるのねっていうのができたはずです(観ていない人にはなんのこっちゃですね、でもそれでいいのですよ)。
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 いや、最近の映画で観た「クライマックス」の中では、相当いいです。驚きも用意していますから、「あっ」となること請け合いでしょう。
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 この映画の良さは、まあこれは時代劇に広く通ずるところですけど、社会の不条理ってもんを、しっかり描いているところです。このトヨエツ侍にしてもそうなんです。そもそも彼がやった側室殺しはみんなにとっていいことだったはずなのに、誰も味方をしてくれない。あのお殿様は腰抜けの骨抜きのパープーだぞ、とみんな知っているのに、御上だからという理由だけで何よりも優先せねばならない。側室のクソ女の気まぐれで死ななくてはならない。そしてそのために、実に不条理な戦いを強いられねばならない、そしてそのあげくに…。

 これは原作そのままなのでしょうかね。だとすると原作がすごいんですね。この物語は地味で小さく見えるけれど、その実かなりダイナミックです。ただ、小説ではどうしてもあの殺陣のすごさは描けないわけで、小説と映画が幸福に結びついている好例です。

映画が中盤で一度切れるんですよ、物語的に。トヨエツが解放されたら、一度そこで話が振り出しになる。さあ、どう展開させるんだろうと思ったときに、ああ、そうか、そこに持っていくかあと驚かされました。なるほどあれだと、実は切れていないですもんね。そして、不条理がより強い形で彼に降りかかっていく。この構造は素晴らしい。

 去年の時代劇と言えば『十三人の刺客』が大傑作でしたが、いやあ別の種類の傑作を見過ごしていましたね。あれも馬鹿殿様に引き起こされた不条理劇でしたが、あれとはぜんぜんベクトルの異なる逸品です。ビデオ屋で借りてあれと併せて観ると、ああ、日本映画は駄目だなんて言えないなあと、素直に思えるのではないでしょうか。
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by karasmoker | 2011-06-07 22:06 | 邦画 | Comments(0)
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