『スキャナー・ダークリー』 リチャード・リンクレイター 2006

ちゃんと読解できていないってことなんだろうなあ。・・・・・・偏狭的理屈バカ、大暴走の巻き。
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 この前の『ブラック・スワン』もそうなのですけれど、世間や通人の皆様が絶賛されているものをあれこれ突っ込むときっていうのは、絶えず絶えず不安なのですね。ぼくだけがわかっていないんじゃないか? って心配になってしまう。伊集院光が話していたことですが、彼は自分の尊敬する人が強く薦めている映画、あるいは小説などに触れるのが怖いそうなんです。理由は「その魅力がわからなかったらどうしよう」と思うからだそうです。最近はその感じがちょっとわかるようになってきたんです。

『スキャナー・ダークリー』、うん、ぼくにはよくわからなかった。山形浩生訳の原作『暗闇のスキャナー』も読んだのですが、やっぱり謎が解けなかった。きっと、まだまだなのでしょう。つくづくぼくは理屈馬鹿であるなあと思います。透徹して論理的な理屈フェチならまだしも、中途半端な論理屋だから、理屈馬鹿なんです。

 この映画の特質としてはなんといってもそのビジュアルイメージで、実写をベースにしつつも、実写の情報量をぐっと減らしてアニメ化しているんです。アニメっていうのは現実に比べて視覚情報が少ないんです。似顔絵を描くのは簡単でも実際の写真に酷似させるのが難しい、というのはそういうわけで、本作は実写をアニメみたいに変えている。ロトスコープという技法だそうです。

 本作を語るうえでそこをあれこれ言うのがまずは筋でしょうが、そんなのはどこの映画サイトでも言っていることですし、ひとまずパスです。内容的にわからないところがたくさんあるので、教えを請いたいとも思います。こんなにもわからないってことは、決定的に読解を誤っているのかもしれません。観た人、読んだ人向けの記事です。

 どういう話なのだというとこれは覆面麻薬捜査官の話です。麻薬ルートを摘発すべく、キアヌ・リーブス演ずるフレッド(またの名をロバート・アークター)がジャンキーたちの生活に潜入するのです。

 この映画を褒める際に言われるのが「スクランブル・スーツ」という代物です。これは身分を徹底して隠すためにつくられた特殊なスーツで、外見はいろいろな顔かたちに入れ替わり、もやもやしているのです。これをよくぞ映像にしたぞ、と言われるようです。
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 なるほど確かに面白いガジェットではあるんですけど、これがどう役に立つのか、もうひとつよくわからないんです。これがなぜ必要なのかを語る場面が原作にもありまして、その理由はと言うと、「こうした警察の捜査官はおそるべき危険にさらされているからでして、ご承知のように、麻薬勢力は驚くほどの狡猾さをもって国じゅうの法執行機関に侵入している、あるいは侵入しかねない、というのがその方面に詳しい専門家の考えなのです。したがいまして、こうした仕事に従事される方々の保護のため、このスクランブル・スーツは不可欠なのであります。」
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 普段の潜入捜査では着ていないんです。なんか上司と喋ったり監視任務についたりするときだけなんです。このスーツの存在意義がもうひとつよくわからない。観ている間中、画としてずっと気になるし。ぼくは麻薬捜査官という仕事がどんなものかよくわからないんですが、このようなスーツがあるとどういう役に立つのでしょう。現実の捜査官たちはこういうスーツがあるといいなあと思っているんでしょうか。であれば、現実の捜査官たちはここまでの技術を持たずとも、内勤の際は覆面をして勤務しているんでしょうか。むしろ悪いことが起きるような気がするんですけど、そこはどうなんでしょう。それこそ正体がばれないってことを悪用されて、ジャンキーたちに内部に潜り込まれる危険性だってあるわけでしょう。上司と部下で互いの顔も素性もわからないって設定ですけど、その信頼関係はこういう仕事の場合、あまり重要ではないのでしょうか。映画でも原作でもその辺はぜんぜんすっきりしないんです。ああ、なるほど、このスーツがあるとないとじゃぜんぜん仕事の能率が違うな、という場面がないんです。それをわからせてくれないんです。それとも、皆さんは当たり前のように受け入れられるのでしょうか。ほら、どんどん不安になってくるんだこうやって。
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 で、麻薬捜査に乗り込んでいる生活が描かれるんですけど、なんと捜査官フレッドは、自分自身を監視するように申しつけられるのです。何なんでしょうか。普通の捜査ならばあり得ないわけですね。ここは確かに、スクランブル・スーツならではの出来事って感じはする。でもさ、本末転倒じゃないの? 捜査官の正体がわからない状態だから、捜査官自身の監視を命じられることになるって。普通なら、「いやいや、それ俺ですから!」ってなるところが、正体を明かせないからそれも言えない。組織として機能しているんでしょうか。ものすんごい効率悪く思えてしまうんですけど、どうなのでしょうか。スクランブル・スーツがあるからこんな利点がある、あんな利点がある、でもその副作用として…というのならまだわかる。でも、あのスーツの利点がぜんぜん伝わってこないから、何してるの? って思わされる。ああ、不安だ。ものすごく不安だ。ぼくは馬鹿なことを言っているのかもしれない。
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 で、実際のジャンキーたちとの生活ですけど、まあごたいそうなスーツを編み出した捜査当局ですが、なんともこのジャンキーたちが腑抜けているというか、ものすんごい小さいんです、行動範囲が。麻薬捜査官の仕事を何一つしていないように思える。麻薬捜査官の話だって言われたら、ジャンキーに潜り込んで、そこからいろいろたどっていって、真相とか大きな組織とかそんな話にちょっとでもなるかなと思ったら、そこに行く気配すらないんです。いや、わかりますよ。そういういわゆるスパイアクション的な話じゃないってくらいはわかっている。でも、なんかバリスは嫌なやつだな、とかそんなのばっかりです。おお、フレッドは仕事してるなーと思えるくだりがなさすぎやしませんか? 捜査を続ける過程で自分も薬にはまっていく、とそういう筋立てでしょうけど、いやいや、こいつが何の捜査をしているんでしょうか。密輸ルートを見つけようと奔走して、危うく正体がばれるみたいな展開もないし、たとえ的外れでもいいから何かルートめいたものを発見してみるでもいい。そうです。的外れなルートをたどりつつ、その中でジャンキー化していくみたいな感じのほうが、捜査官の悲哀が出てくると思うんです。ところがこのフレッドはぐだぐだとジャンキーたちとの与太話を繰り返すだけです。バリスのルートも追えていない。で、やっていることは「自分の監視」。ずーっと自分の監視。そもそも仕事になっていないんです。

 なんというか、スクランブル・スーツの存在が話を初めから打ち砕いている気がしてなりません。自分を監視せよ、という部分の特異性を生み出すには物語上ああしたガジェットが必要なのはわかる。でも、その命令自体が単に滑稽でしょう。滑稽な命令はいいんですけど、その分の利点は絶対もっと描かれるべきだと思うんです。あのスーツがあることでこれだけ仕事がはかどるようになった、というその裏面として、「自分を監視する」滑稽さが出てこないと、そこに入り込んでしまった人間の悲哀が出てこないと思うんです。
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 でねえ、これがまた組織としてよくわからないんですけど、途中で、おまえは薬物中毒の恐れがあるから検査しろ、みたいに言われるんです。で、検査を受けるわけですけど、もうね、その恐れがある時点で即刻業務から外すべきじゃないですかね。仲間内での正体がばれることさえ極端に恐れているようなあの組織が、薬物中毒の恐れに対して寛容なんですよ。百歩譲って、あのフレッドの仕事がものすごく大事で、あのジャンキーたちを洗えばとんでもない脈が見つかりそうだって局面ならいいんですよ。健康上外すべきだが、外せないヤマだから続けさせるってんならわかる。原作でも売人を追っているとかなんとか言われている。でも、実際に描かれるのはだらけた仲間と車の話したり自分を監視したり。それで、麻薬に溺れていく捜査官の悲哀とか言われても、うーん、不安だ。今ぼくはとても不安だ。いや、でも、この点は後で語りますね。

うん、どういう組織なのかとかどういう仕事でどれくらい重要なのかが、ぜんぜん見えませんでした。そこはぼくの読解力不足なのでしょう。きっとそうなのでしょう。

 でねえ、まあ、麻薬に溺れてしまうわけですよ。自己同一性も瓦解してね。でね、ネタバレをがんがんしますからご了承くださいね、それで、療養施設に送られてしまうんです。
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 この療養施設ってのが曲者なのです。いちばんのネタバレになるかとも思うんですけど、この療養施設自体が薬物の栽培をしているってわけです。それでどんどん蔓延させているってな種明かしです。でね、でね、実はこの主人公フレッドの裏には、彼も知らないある意図があったんですよ。それはね、「あの療養施設は怪しいぞ」って睨んだ連中がいて、彼を廃人にして潜り込ませたってわけなんです(その雇い主は「政府」だそうです)。廃人にならないと入れない施設らしくて、彼にはそこで療養してもらい、復帰できたらなんとかそこでの真相を明かさせたいみたいなことが別の人物から語られるんです。フレッド自身は、そんなことまったく知らないらしいんですけど、そういう風に仕向けられていたんですね。
 
いや…えぇ? うん、なるほどそれだと、薬物中毒の恐れがある彼をあえて仕事させ続けたのもわかります。それだったら一応の納得はできる。彼のだらだらした日々も結局のところ、彼に課せられた任務だったのかもわからない。ずっと利用されていたってことです。

 ここなんですよ、ぐだぐだ長々言ってきたけれど、要はここなんです。なんで彼にそれを教えないのかってことです。廃人になることを覚悟のうえで臨んだってのなら、わかるんですよ。それだったら彼が廃人になっていく過程も凄みが出ると思うんです。ぐわあ、俺ははまっていく、でも仕事のためだ、やむを得ない、ぐああ、と崩壊していくならわかる。そうすると献身性も出てくる。
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 これね、真相を明かすドナっていう女に言わせると、「知ってたらまだいいわ。ちゃんと理解して、自発的に犠牲になったんなら」ってことらしいんですけど、つまりぼくの考えとは真逆なんですけど、自己犠牲のほうが彼の悲劇性が高まる気がするんですよ。それに、そうじゃないと計画にならないでしょう? 廃人になっちゃった、でも彼はきっと戻ってくるはずよって話に持っていかないと、彼を廃人にする計画として成り立たないじゃないですか。彼はきっと戻ってくるわ、自分からその道を選んだんだもの、きっと、きっと戻ってくるに違いないのよ、ならわかる。真剣にそう信じているわけじゃなくて、ほとんど絶望的な祈りとしてそれを願っているなら悲哀もわかる(ドナいわく「無意味よ。祈るなんて」、「お祈りもウソっぱち」だそうです)。でも、彼は何も知らされずに廃人になったんですよね? だったら、もう政府なんか信用しないでしょう。麻薬当局の最後の場面でも、「自分からそうなったんだから知らねえよ。他の麻薬捜査官はジャンキーにならないように気をつけるんだよ普通」みたいに言われたら、最大の裏切りを受けたようなもんですから、たとえ復帰しても協力しないんじゃないですか? そもそも帰ってくるかもわからない。捜査官は一人確実に失う代わりに、帰ってくるかどうかもものすごく怪しい場所に送り込んでしまう。百歩譲って、彼がこの小説の中で、使命感に燃えてばりばりやっている捜査官だっていうならいいです。それだったらいいです。使命感に燃えて仕事をしながらも思わぬ深みにはまったあいつ、でもあいつならまた戻ってくる! っていうならまだわかる。でも、そうじゃなかったもん、フレッドは。大半の場面でだらだらしていたもん。なんかくだらない喋りを延々と続けていたもん。真面目なやつとは到底呼びがたかったもん。冒頭の演説場面でも、大人たちに対して「なんだよこいつら」みたいな感じだったもん。

 根本的なことになりますけど、療養施設が怪しいって政府がマークしているなら、なんで政府は介入しないんですかね? 療養施設でしょ? 介入できない理由がわからないですよ。すみません、どこかで説明があったでしょうか、読み飛ばしたでしょうか(不安だ、ものすごく不安だ)。政府もグルだっていうならまだわかる(それだと、国民を薬づけにしようとする政府なんてあるかってことですけど)。ドナたちはレジスタンス的な位置から摘発を目論んでいるならわかる。でも、彼らの属する政府は一応撲滅の立場を取っているんでしょう? その意思に従っているんでしょう? だったら、介入すればいいじゃないですか。大きく社会問題化している件の療養施設が、厚労省の調査を拒める理由がありますかね? 認可はどうなっているんでしょうかね。彼を廃人にうんぬんの前に、そこをちゃんとやらなきゃ駄目じゃないですかね。

 疑問点がたくさん噴出してしまうんです。システムに翻弄された個人の悲劇っていうのは、そのシステムががっちりできあがっているからこそ生み出されると思うんです。現実でもそうでしょう。いろんなシステムや利害の絡み合いの結果、一個人の悲劇が生まれるわけでしょう。それなのに、システムがゆるゆるだと哀しくなれないでしょう。このシステムはきわめて完全に機能している、という建前があって、でも実はそうじゃないっていうことじゃないと、話の前提がぐらぐらですよ。そのくせ何を劇中、どうでもいいことをだらだら喋っているんでしょうか。いやいやいや、きっと、皆さんは前提条件、設定その他をすべて飲み込んでいるから、だらだら喋りも余裕なんでしょう。皮肉じゃなくて、そこが本当に羨ましい。

 壊れていく自分がどうしようもないって話なら、ぼくの中では『アルジャーノンに花束を』が不動の一位で、あれと対比できるってことからも辛めになりました。
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 でも、依然として不安です。褒めている人はばっちり褒めているわけだから、ぼくが感じた疑問点をすべて理解できているのでしょうし、ぼくの感じた自己犠牲のくだりにも、さらに深い考察があるはずなんです。組織の有り様についての理解もぼくとはぜんぜん違っているはずで、麻薬捜査官についても詳しいはずです。ずいぶんと取り残されている自分が哀しくなります。皮肉ではないのです、本当に。ぼくはどうしてこんなに馬鹿なのかと思わされるのです。きっと大事なことを読み落としたりしているのです。どうぞ、ご指導賜りたく存じまする。
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by karasmoker | 2011-06-20 23:56 | 洋画 | Comments(7)
Commented by よもぎ at 2011-06-21 03:28 x
いつも楽しく拝見しています。
私も最近観賞しましたが、画面がチラチラと見辛いのと、ジャンキーの会話が退屈で、これという感動も感想も無しに今に至っていました。
ゴチャゴチャスーツは、同居してた女性が実は上司だった、というラストにつなげるには不可欠だったのでしょうが、確かに物語の中で重要性を説いていた記憶はないです。
捜査官の仕事ぶりも本当ダラダラしてて、ラストもかわいそうなんて全く思えませんでした。
管理人様は、映画を、監督や脚本家など制作者側の目線で観賞されてますよね。だから、自分ならこうするのに、こうした方がいいのに・・という映像との差異が大きいほど、ただの観客目線で楽しんでいる人達の評価に違和感を覚えられるのではないでしょうか。
この作品をみた人全てが、疑問を理解して褒めているのではなく、ただ受け手として「しっくりきた」ってことなのかなー、と私は思いました。
これってこうなんだよ!と、管理人様がスッキリできるコメントでも何でもなくてごめんなさい。
文章力もなくて、思っていることを的確に表現できない私は、理論的で文才溢れる管理人様を羨ましく思っております。あんまり不安にならないで下さいね。
Commented by karasmoker at 2011-06-21 08:08
コメントありがとうございます。
>映画を、監督や脚本家など制作者側の目線で観賞されてますよね。

そうかもしれません。というより、なぜ面白く/つまらなく感じたかを考えるぼくのスタンスだと、どうしてもそうなってくるんですね。映画ってのは観るだけではもったいない。それについて語ることでさらに深い味わい、学びが得られるのです。

>管理人様がスッキリできるコメントでも何でもなくてごめんなさい。文章力もなくて、思っていることを的確に表現できない私は、理論的で文才溢れる管理人様を羨ましく思っております。

何をおっしゃる! コメントを頂くとき、あなたが思っている以上にぼくは嬉しく感じているのであります。抱きしめたいくらいであります(何を気色の悪いことを)。今後ともお付き合い願えれば幸いなのでございます。
Commented by 匿名希望 at 2011-08-01 04:43 x
はじめまして、さっきこの作品を観た者です。『なぜフレッドには何も知らされなかったのか?』ですが、こういうことではないでしょうか?
ニュー・パスには、任務を知る者を送り込むことはできません(だって廃人状態だから喋っちゃうかも)。だからこそ、何も知らない捜査官を廃人にして送り込み、運よく物質Dを発見して報告してくれることを期待するしかないのだ、ということではないかと。これなら、バレる可能性はゼロだし、失敗したらフレッドを放置しておけば良いわけですから。でも当然、失敗したときは、ドナがまた別の何も知らない廃人捜査官を次々と送り込むことになるんでしょうね。いや~、ヒドイ女ですね、ドナ・ホーソーン…。
Commented by karasmoker at 2011-08-01 21:50
 コメントありがとうございます。
 この映画は突っ込み出せば出すほどぼくにはわからなくなります。「運よく物質Dを発見して報告してくれることを期待する」というお考えですけれど、療養して外に出ることを果たしてこの療養所が許すのでしょうか。だって彼は「物質Dの正体を見た人間」なのだし、しかも「元麻薬捜査官」なのはわかっているのだし、どう考えても彼を外に出すことはせず、闇に葬るはずなのです。政府すら介入できないほどの力を持つ組織なら当然狡猾に働くはずだと思うわけです。だから計画自体成立していない。その辺をゆるゆるにして愛でることが、この映画については今のぼくはできないのです。
Commented by くえい at 2013-04-20 07:21 x
まったくもっておっしゃるとおり笑
もやもやしていた理由がわかりました、ありがとうございます
Commented by karasmoker at 2013-04-20 20:41
コメントありがとうございました。
Commented by 通りすがりの正月休み at 2015-01-03 04:45 x
ブログ拝見しました。
この話は反国家的思想をもち麻薬中毒に悩む原作者が実際に国家からガッチガチの監視を受けていた体験談から生まれた話です。
不確かなアイデンティティーの不安と国への皮肉。
それを表現するための土台で取り敢えず設定された麻薬捜査関連&スクランブルスーツに深い意味はないと思います。
スクランブルスーツなどは揺らぐアイデンティティーの象徴で実に上手い小道具くらいでいいんじゃないでしょうか。
ついでに言うと自己犠牲うんたらも追及していないと思います。
表面の小さなアラを気にして矛盾がどうの、こうした方が面白いんじゃ〜なんてぐちゃぐちゃ考えているうちに話の要点わからなくなってやしませんか?
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