『ゾンビ』 ジョージ・A・ロメロ 1978

再見しても、やっぱりぼくにはわからなかった。
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2年以上前に一度取り上げたのですが、そのときとは違うバージョンで再見。ダリオ・アルジェント監修版のDVDが安値で売られていたので買いました。米国劇場公開版とか日本公開版とかディレクターズカットとかいろんなバージョンがあるようで、マニアックの人たちは細かな違いを確認しているようですね。『映画秘宝』でもオールタイムベストワンだし、これを愛でる人々はエイガミ界に多数いらっしゃるわけです。

映画を観た数は2年前より単純に増えているのですが、今回もやはりそれほど愛でられませんでした。ぼくはこの方面についても鈍いようです。エイガミ界では半ば「愛でて当たり前」くらいのトーンで崇められているようにも思うのですが、遅れてきた世代のぼくとしては、その信仰に浸かれないのであります。

 ただ観ながらに思ったこととしては、幼少期に観ていたらずいぶんと違ったかもなあということですね。それこそ公開当時小中学生くらいで、ゾンビなんてものもあまり知らずに劇場で観ていたりしたら、見方がぜんぜん違っているでしょう。映画の出来うんぬん以前の、原体験的な愛着を持てるのでしょう。この映画を愛でる人々の中にもそういう人は相当に多かろうという気がします。旧来の秘宝読者層、並びに編集者の方々は1960~70年代生まれでしょうし、そうなるとこの映画の時期ともマッチングするし、何よりその世代はゾンビエイガミ世代と言えるわけです。

ぼくは先に別のゾンビものを知っていたので、あくまでもゾンビクラシックの代表的古典、のような感じで見受けています。他のゾンビものも観るならとりあえず一度は観ておかなきゃね、という接触の仕方なのです。

 この映画については、ある意味日活ロマンポルノに対するときのような距離感を抱きます。「粋」の領域と言いますか、これがわかるなんて粋だねえ、わからねえなんざ野暮だねえという線引きがなされそうであります。ぼくは残念なことに、あまり粋を解せぬのであります。だから基本的には、若輩の野暮天がまたごちょごちょ言っているよ、青二才の洟垂れめ、と思って読み流していただければよいのであります。

 世界中がゾンビになっちゃうよ、大変だよ、と言ってデパートに逃げ込み、そこで撃退を繰り返す映画でありますが、前にも書いたところで、このロメロゾンビをあまり愛せない、というのがどうしてもあるのです。もうこの時点でロメロの教えを受けてきた人にはそっぽを向かれてしまいますね。

 青く顔を塗ってとろとろ歩くロメロゾンビですが、どうにもこれが駄目なんです、ぼくは。ゾンビってやっぱり「人にして人ならざるもの」だと思い、異形の風合いを求めてしまうんです。ロメロゾンビは他の映画にしてもそうなんですけど、どうしても「ゾンビ役の人」に見えてしまう。ああ、確かにこれはゾンビであるぞ、と思えないのです。ロメロゾンビ好きの人がどう思っているのか知りたくもあります。公平に見て、このゾンビは出来がいいと果たして言えるのでしょうか。ぼくにはどうしてもそうは思えないのです。
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 ゾンビ、広義のクリーチャーのひとつと言ってよかろうとも思うのですが、あるいは幽霊との類似についてもそうなのですが、やっぱり、「どうしたってわかりあえやしない」感があってほしいんです。何か特定の対象に恐怖するってのは、「どうしたってわかりあえやしない」という感覚があるからだと思うんです。キチガイの人とかはそうだし、ゴキブリが怖いのもまた「ああ、わかりあえやしないや」というのがあるからなんです。
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 じゃあおまえはゾンビとわかりあえるのかおまえ、と言われたらむろんできないのでしょうけれど、ではどうしてこんな話をするかと言えばひとえに、あのゾンビたちにはそれなりに人間的な表情があるからなのです。「ゾンビ役の人」に見えてしまうんです。ここには表情という大事なファクターがあるのです。
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 顔があるとないとじゃあ、わかりあえる感がまったく違いますね。ほ乳類はわかりあえる気がする、蛇もまだ顔があるからわかりあえるんじゃないかと思える、でも虫はそうじゃないからどうしても怖い。意思疎通可能性の有無をはかるとき、顔は最も大事なファクターの一つです。仮面ライダーの戦闘員はその点わかったもんで、顔をマスクで隠していましたね。あれで意思疎通ができない感じがしたわけです。

 ロメロゾンビはね、彼らには表情が間違いなくあるんです。無表情でゾンビらしい表情、という表情がある。観ながら思ったのは、もしも仮に彼らが全員仮面か何かを被っていたら違っただろうな、ということです。人称性の徹底的排除によって、意思疎通の可能性がゼロになったと思いますね。もちろんそんなのはゾンビじゃないってわけで、議論の俎上に載せるのは違うのでしょうけれど、要は言いたいことは、そんなに怖くない、ということなんです。顔の演出は、青く塗るだけでいいのでしょうか、ということなんです。それじゃあ、意思疎通できる顔なんです。

 怖くないったって、怖いだけじゃ魅力が出てこないんだよ、実際に観てごらんよ、エスカレータに乗ったりデパートの物品をいじくったりなどしてキュートさがあるからゾンビはいいのだよ、ということかもしれないんですが、それもやっぱ、「めっちゃ怖いゾンビ」だからこそ生まれる振れ幅なんじゃないかと思うわけで、あのゾンビはぼくには魅力的に映らないんです。
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 映画界のゾンビ像を決定づけたロメロ大先生、ですけれども、これまたわからないのはゾンビの設定です。あんな曖昧なもので決定づけられると惑います。何が曖昧かって、どうしてゾンビが火を怖がるのかわからないのです。火を使って群がるゾンビを撃退するくだりがあるんですけど、銃で撃たれても怯まず向かってくるゾンビが、火を持ち出されるとちょっと逃げるんです。なんざそら。火がなんで怖いかって言ったら熱いからです。火傷するからです。でも、ゾンビはそんな感覚はないはずでしょう? その辺の線引きが気になってしまうんです。ゾンビとはかくなるもの、としてロメロ先生を愛でる方々に、どうか教えを請いたいです。どうしてゾンビが火を前にして怯むのか。
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 もちろんね、厳密にすべてしっかりすればそれでいいわけじゃないし、逆に「んなアホな」と言って楽しめる映画もそりゃいっぱいあります。それともこの映画はそういう、「んなアホな」を愛でるべきなのでしょうか。「んなアホな」のゾンビ設定が映画のゾンビ像の中心として愛されるのでしょうか。
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 どうして人肉を喰うんだとかどうして世界中に広まったんだとかそんなことはどうでもいい。そういうもの、として受け入れられます。ただ、このゾンビはどういうゾンビなの、というのがわからないと、登場人物と一緒にはらはらできないんです。頭を撃たない限り、銃を撃っても効かないと。ふむ、しかし火には怯むと。どないやねん。その辺は笑って観ればいいんですかね。でもね、だとするとね、あの女性のおなかに赤ん坊がいるだのっていう深刻な設定はどう考えても邪魔だし、彼らが必死な表情で生き残る生き残らないっていう話を延々やられてもなんら白熱は生まれないんですけど、その辺もロメロ様の御心として受け入れるべきなのですかね。

 ものすんごい勢いで設定上のもろもろを強引に持っていく映画ってのはあって、『第9地区』はその種の映画の新しい金字塔だとも思うんですけど、『ゾンビ』にはそれほど勢いがあるわけでもないでしょう? ぼくは前々より述べている通りに、「ダッシュゾンビ」が好きなんです。走って追いかけてくるやつで、これはアンチロメロゾンビです。ダッシュゾンビが好きなのは、「なんか細かいことはよくわかんないけどとにかく逃げなきゃ殺されるじゃん!」という勢いが漲るからです。勢いがあればいいんです、細かいことはいいんです。でも、勢いがないとあれこれ気になり始めてしまいます。
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 ダッシュゾンビは「ゾンビ保守派」の人たちからすると「正統にあらず」となるかもしれません。何よりロメロ先生がお嫌いになっている。なるほど、死者が素早く走るなんて考えてみればおかしい。死者は筋肉も硬直しているはずだし、ブードゥーの呪いかなんかで、地獄から溢れてきた連中でうんぬんというのなら、なるほどとろとろ歩いているほうがよさそうです。でもね、それにしちゃああのゾンビたち、2000年代の彼の作品のゾンビにしてもそうですけど、表情がありすぎやしませんかね。もっと骨が剥き出していたり皮膚がばさばさになっていたりしていいんじゃないですかね。『ランド~』では口がただれている女ゾンビがいたけれど、あれがせいぜいなんです。で、この『ゾンビ』についちゃあみんな判を押したように真っ青の顔。そのくせ表情はある。「死者が素早く走るのはおかしい」とかそういうリアリティの議論に行くなら、むしろ言いたいことがたくさん出てきちゃうんだって。勢いで押してくれたら何も言わないのに。真っ青な顔でとろとろ歩けばそれでいいのかと思ってしまいます。そんなものが、いつまでも愛すべきゾンビ像なのでしょうかね。ゾンビというものを造形した功績はあると思いますが、だったら『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を推すべきなのではないでしょうかね。

 うわあ、あまりにもいろいろ言い過ぎた。またも理屈バカの野暮天だ。
 
 でも、あるブログで、「この映画のゾンビはガジェットに過ぎず、実は終末を生きる人々を描いたものだ」って書かれていて、うむ、そっちならまあまだわかる、とも思いました。あのゾンビはデパートに群がる当時の人々の隠喩だともいうし、ゾンビをぶち殺す荒くれたちとのドンパチには面白みもあった。でも、その点をもってこの映画がベストワンになるとはどうしても思えない。やはりあのゾンビたちが映画の最大の醍醐味ではあるのでしょうし、だとするとゾンビについてあれこれ突っ込みたくなる。

 この映画は出来うんぬんではなく、エイガミたちがゾンビなる存在に巡り会った原体験的興奮に支えられているのでありましょう、というのが今のぼくの考えですが、いかがなのでしょう。キネ旬系が『第三の男』や『市民ケーン』をベストに挙げるような、どうしようもない世代的ギャップを感じたりもするのでした。御意見を賜れれば幸いと存じます。
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by karasmoker | 2011-06-30 23:11 | 洋画 | Comments(19)
Commented by 死霊のえじきを100回観た男 at 2011-12-06 10:26 x
そんなに嫌いならロメロを取り上げるなよ。
火を恐れるのは本能のなせる技。ノロノロ歩くのは死後硬直した死人らしさを顕すため。全力疾走されると興ざめするわ。
Commented by karasmoker at 2011-12-06 20:18
コメントありがとうございますね。
 嫌いならば語るな、という考え方をお持ちなのですね。ところで、見知らぬ他人に対して敬語も用いずに言論を規制する権利、あるいは資格というものを、貴方はどうしてお持ちなのでしょうか。
Commented by pon at 2011-12-07 12:13 x
こんにちわ。この映画評のいい所は、管理人の嫌いな映画も取り上げる所であって、それがここの醍醐味。タイトルを見れば一目瞭然。自分の好きな作品をも、罵倒される覚悟が必要かと。資格と言うならばその覚悟なくして、死霊のえじきを100回観た男には、 ここに書き込む資格がないと言える。
Commented by karasmoker at 2011-12-07 22:48
 援護していただいて恐縮であります。
 映画を悪く言うとこういうコメントがつきがちなのですが、悪し様に書かれているのを読んだらそれに反発を覚えてほしいと考えています。そうやってその人の中でその映画への愛着が深まれば、実りがあります。まあ、この手合いはレベルが低すぎるのですが。
Commented by 竜ヶ崎 at 2012-01-30 09:11 x


あああ一年も前の面白い記事を見つけてしまった(笑)

ゾンビは走っても歩いても面白いけどねー。

あの映画はなんていうのかなー…数の勢い?(笑)トロいから大丈夫逃げ切れると思ってると大勢に囲まれちゃってね(笑)

あとは悲惨なシーンと平和なシーンのギャップがいいよウン(笑)

ギャップのおかげでそれぞれのシーンが新鮮になって深みが出てるね。

まんべんなく残酷シーンだと飽きちゃうからね(°°;)

そういう意味では『28日後』も俺は好きだな。

まあ確かに俺なんかもホラーは『ゾンビ』から入ったからリアルな(?笑)ゾンビを知らずにいたから新鮮さはより強く『ゾンビ』に感じたのかも知れないねえ。そういう意味では管理人さんの主張も解るけど、でも色んなゾンビ映画を観てきた今でも『ゾンビ』は傑作だと思っているよ。

Commented by 竜ヶ崎 at 2012-01-30 09:18 x


…↑ごめん一年も前の記事じゃなかったね(°°;)(笑)

Commented by karasmoker at 2012-01-30 22:04
 コメントありがとうございます。
 映画の評価はその人ごとの原体験に左右されるものであるなあと考えていまして、『ゾンビ』を原体験とする方が多いようですね。『ゾンビ』をどう観るかは、ほとんど世代的問題なのではないかとさえ、近頃は思うようになりました。
Commented by 馬耳東風 at 2012-02-10 07:47 x
上でも言われてるけどなぜ火を怖がるのか?ってのは本能で、じゃあなぜ銃は?ってのは、有名ですけどこの映画自体ベトナム戦争のカウンターだからですね。

あとキネ旬がどうかは知らんけど、こういった「外」の問題と映画「内」における確かな技術を冒頭のカッティングしかり、そういった物があったので評価されているわけでして、好みとか世代はあんま関係ない。

だからそういった物に対して嗜好的な「嫌い」ってのは批判としては弱いよね。
Commented by karasmoker at 2012-02-10 09:10
 コメントありがとうございます。貴重なご意見をいただけてありがたく思います。世代的愛好に支えられていると思っていたので、「好みとか世代はあんま関係ない」というお考えははっとさせられます。ただ、「世代に関係ない」という考えと、「ベトナム戦争」を結びつける考えはやや違和感を抱かされるのも事実であります。
 また、ゾンビ像については「嫌い」というより正確には「既に更新されている」というのがぼくの考えなのです。CG技術やメイク技術も進んだ中で、とっくに更新されているように思うので、「このゾンビが魅力的だ」というのに対しては、「それはあなたの原体験だよね」という世代的回答が出てくるわけです。
Commented by 黒い稲妻 at 2012-12-31 16:01 x
 はじめまして、黒い稲妻と申します。
 今日初めて【ゾンビ】を鑑賞しました。そしてたまたまこのブログを拝見しまして、随分過去の記事ですがコメントさせて頂きます。

 私もザック監督の【ドーン・オブ・ザ・デッド】を先に見ていたので、確かに管理人さんが感じた事と近い印象は受けました。
 ただ、私は上の2作品は"ゾンビが出てくる"という共通点はありますが、そのゾンビの映像的な怖さのみで作品の質を考える事には違和感を覚えます。好みが分かれるのには世代的な問題も勿論あるでしょうが、私は単純に、個人がどのように"ゾンビ映画の評価基準"を捉えるかの問題だと思うのですよね。

以下、コメント欄に書ききれなかったので私のブログに書かせて頂きました。もしも興味があれば寄って頂ければ幸いです。
http://blacklightning78.blog59.fc2.com/blog-entry-209.html

失礼いたしました。
Commented by karasmoker at 2013-01-01 16:54
 コメントありがとうございます。ブログのほうも拝見させていただきました。ご反応いただき嬉しく思います。 
 ゾンビについて考える場合、好むと好まざるとに関わらず、「ゾンビとは何か」というほとんど文学的な問題に言及することになります。そしてその場合、映画のキャラ的に捉えるか、ゾンビを何かのメタファとして捉えるかなど、目線が異なってくる。「うるさい、俺は単純にゾンビが好きなんだっ」的な人が絡んできたりすることがたやすいので、これまた議論がわやくちゃになりやすいものであります。その辺の興味は薄れているので、今のぼくはとりあえず回避することにします。

 
Commented by karasmoker at 2013-01-01 16:54
ロメロの『ゾンビ』が「大型ショッピングモールに寄り集う人々の戯画」として描かれたのは有名な話で、現代批評的な側面が強いのですね。そのことを絡めつつ、この映画やこの映画の受容態度を論じるとなると、それはまた面倒くさいことになります。

 そして実は、これは映画という表現それ自体をめぐる話にもなってくる。非常に大変なので、すいませんが、今のぼくにはあまりつっこんで考える余裕がありません。今はただ、『ウォーキングデッド』の続き、早くやらないかなあくらいのテンションしかないのです。
 ぼくの代わりに是非、ゾンビ論を深めてくださいませ。
Commented by 黒い稲妻 at 2013-01-06 00:27 x
コメント返信ありがとうございます。
私、どうも学がないもので言葉とか間違って使ってたり読み難いブログだったに違いないと思います――:

そしてすみません、既に【ゾンビ】のゾンビがどうとかという話題は決着ついていたみたいですね。考えてみたら記事を書いてからの時間が経過し過ぎてますから当たり前ですよね。
結局創作物って作り手の考えとは関係なしに、映画を観たそれぞれ個人がどう感じて捉えるかに限りますからね。それを他人の意見に対してあーだこーだ言う事自体が意味ないのかもしれませんね。

あ、自分も【ウォーキング・デッド】の続き早く見たいです!
Commented by karasmoker at 2013-01-06 22:25
「他人の意見に対してあーだこーだ言う」ことによって、自分の考えが深まることもあったりするのです。
Commented by pon at 2013-01-07 20:48 x
管理人さんもスカパー!なんか見るんだww
Commented by karasmoker at 2013-01-07 23:06
スカパー? ウォーキングデッドのことでしょうか。ぼくの場合はhuluです。スカパーは見ておりませぬ。
Commented by S​c​a​r​f​a​c​e at 2014-08-17 06:47 x
どうもはじめまして。
私はこの映画が大好きなんですが、ペキンパーの傑作「ワイルドバンチ」みたいに賛否が別れるだろうなあなんて反対意見も知っておきたいと思いググッたら・・・ココに辿り着きました。

なるほど、確かにゾンビの動きとかは批判もあるでしょうね。
私のようにCGといったごまかしやすスローモーションでイライラしてしまうタイプの人間にとって、こういう「ガンシューティングゲーム」みたいな映画は好物と言える作品です。

確かにスリルという面は微妙なところですが、とろいゾンビを撃って撃って撃ちまくる。でもキリが無い、油断して調子にのると死んでしまう、数の暴力により恐怖、最終的には人間同士による殺し合いで減らしたゾンビがまた増えてしまう・・・私の見た「ダリオ・アルジェント監修版」は自分にはかなり面白い映画でした。あの遊んでいるような感覚が好きか嫌いかでも大分意見が別れるようですね。参考になる記事をありがとうございました。
Commented by S​c​a​r​f​a​c​e at 2014-08-17 06:49 x
追記です。

私も「いわゆる名作」よりも「もっとこんなのがあるんだぜ」みたいに他の映画も全力でススめてくれるような感じが好きです。「第三の男」よりも「フォロー・ミー」、「市民ケーン」よりも「フォルスタッフ」「オセロ」といった感じに。ロメロの映画もやっぱり「ゾンビ」が一番好きですが、「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」とか他の作品をもっと紹介してくれる方が見る側も楽しいもんですよね。
Commented by 名無し at 2016-04-05 14:14 x
高校生くらいの時にロードショーでドーンオブザデッドを見た記憶があるわ。最近になってリメイク元の本作を見たが走るゾンビだとケンフォリー演じるSWAT隊員が同僚の隊員がゾンビ化した時の葛藤を充分な間をとって描けないじゃない
28日後みたいに血がちょっと目に入っただけで発狂してたらそんな余裕持てないしw
個人的に走るゾンビってゾンビである意味がないと思うんだよねぇ。例えば最愛の人を撃つか躊躇して噛まれてしまうかのシーンって走るゾンビじゃ描けなくね?
汚いゾンビが見たいんじゃなくてゾンビによってもたらされる災害に直面した人間達に焦点を当てた物語が見たいわけで化け物やスプラッタがみたいなら
他の映画見るわ


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