『サイドウェイ』 アレクサンダー・ペイン 2004

この映画が好きな人とは、仲良くなれる気がします。
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原題『Sideways』
 SF、ファンタジー、ホラー、戦争、アクション、サスペンス、スプラッター、コメディ、恋愛、時代劇、いろいろとジャンルわけの仕方はありますけれども、ぼくは特定ジャンルへの偏愛というものをあまり持たない人間です。そんなぼくですが、いろいろと観てみて思うに、こういうような、ジャンル分けのされにくいものが結局は好きなのだろうと思いますね。ビデオ屋の棚で言うと、「ヒューマンドラマ」あるいは「ノンジャンル」に置かれているような(それにしても「ヒューマンドラマ」というのは変なカテゴリー名ですね)。

 アメリカン・ニューシネマ(今後は当ブログ限定の略称語として、「ANC」と呼びたいと思います。アメリカン・ニューシネマ自体が日本で名付けられた名称で、こういう言われ方はされないみたいですね)も「ヒューマン」ですからね。一般にジャンル映画とは呼ばれないものが、ぼくはいちばん好きなのだろうと思います。

『サイドウェイ』は中年男二人によるロードムービーです。ポール・ジアマッティとトーマス・ヘイデン・チャーチによるこのコンビは『今夜、宇宙の片隅で』における西村雅彦と石橋貴明みたいで好きです。ジアマッティ扮するマイルスと、チャーチ扮するジャックの旅。どういう旅なのかというと、名目はジャックの婚前旅行なのです。結婚しちゃったら遊べないし、男二人でぱあっと行こうぜ、という一週間の旅なのです。
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 この二人の嗜好はばらばらです。というのも、マイルスはワインが好きで、旅の途中にある方々のワイナリーを巡ることに喜びを感じています。ところがジャックはワインなんか好きじゃなくて、とにかく女性と遊びたいと考えているのです。
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 この辺の、結婚前だから他の女との遊び納めだ! みたいなノリというのは、アメリカではわりと一般的なのでしょうかね。バチェラーパーティという言葉が浸透しているようですが、日本にはこの並置語がないでしょう? そう考えてみると結婚観が違うようで面白いですね。楽しい楽しい新婚生活だ! というのは同じかもしれないけれど、その前に「いや、ちょっと待ってくれ、うん、覚悟は決まっているんだ。決まっているんだよ。でもね、もうはしゃげないじゃないか今までみたいに、結婚しちゃったらさ。だからさ、他の女とのアバンチュールってのも二度とないわけだろう? ここはひとつさ、人生最後の、羽目を外す時間がほしいじゃないか」的なノリが生まれるというのは、結婚による束縛、責任の発生みたいなもんの裏返しでしょう。
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そうは言いつつ、飲んだくれの日々を過ごすわけではなくて、運転手は穏やかなワイン好きのマイルス。だからジャックはちょっとつまらなそうだったりもするんです。この辺の温度差も面白いですね。マイルスはマイルスで、せっかくの機会だしワインをいろいろ飲んでみようと思っている。ジャックは「ちょっとこのノリ、違うんだよな」と思っている。でも決定的に違う訳じゃないし、まあいいかみたいに付き合っている。このバランス感は面白いです。

 いろいろ脱線したくなりますけれど、日本ってこういうロードムービーが少なくありませんか? こういう映画は金がそこまでかからないはずなのに、だからいろいろつくれるはずなのに、なぜかロードムービーの傑作があまりないように思います。この『サイドウェイ』にしても、小日向史世と生瀬勝久主演で、亀山千広プロデュースでリメイクされているんですけど、結局アメリカでやっているようなんです。日本でやればいいのに、どうしてもアメリカの地理的魅力に負けちゃうのでしょうか。そこが日本映画の……やめます。

 個々のエピソードについて触れていくと長くなりそうなんですけれど、ぼくがこの映画中で特にびびびっと来たのは、マイルスがヴァージニア・マドセン扮するマヤという女性と出会い、恋をするくだりです。マイルスもマヤも、離婚経験者なんですね。で、この二人の距離感というのがすごく豊かだなと思ったんです。
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 ぼくは結婚も離婚もしたことのない身ですが、この二人の生み出す絶妙な距離には痺れてしまいました。この場面はこの映画を観る上での大きな分岐点でしょう。ここで退屈を感じたなら、この映画は楽しめないと思います。観る者にとって大事な場面と言えます。
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 もっと年を取って、結婚や離婚を経験することがあったなら、もっとびびびっと来るかも、いやきっと来るのでしょう。その意味ではまだぼくにはぜんぜんわかっていないとも言えるのでしょう。もしも十代や学生時代のぼくだったら、今よりもわかっていないと思いますね。何でしょう、この、実は張り詰めている緊張感。二人はくつろいでいるんですけど、その会話の節々で、ちょっとお互いのことを探り合っているんです。で、もっと入り込みたいんだけれど、ワインが共通の趣味だから、どうしてもワインの話題に頼ってしまう。でも、その中でもやっぱり探っている。お互いすねに傷を持つ中年だし、臆病になって飛び込めない。で、マイルスが瞬間的に勇気を振り絞る。これねえ、何でしょう、こういう中年同士の、一見「何をいい年こいた大人がぐずぐずやってんだよ」的な雰囲気って、ぼくは大好きなんです。大好きだと気づきました。
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 みんなの嫌われ者島田紳助が依然『松紳』の中で、「大人は本気を出すことから逃げる」と言っていました。ぼくも年を経るにつれ、わかるなあと思うようになってきました。大人になるといろいろな処世の術を覚えるし、いろいろな逃げ道を用意する頭も働く。だから、本気を出すことからつい逃げてしまう。ある意味では、子供よりもずっと臆病なんですね。向こう見ずなパワーでぶつかっていくことができない。

『レスラー』もそうなんです。ミッキー・ロークとマリサ・トメイのあの距離感。宇多丸さんの評言が適確でした。「二人とも負け犬同士惹かれあったんだよねえ、でも、負け犬だからその一歩を、踏み出せないんだよねえ」。

 「いい年こいた大人同士のぐずぐず」っていうのは、そのもどかしさ、歯がゆさがたまらないんです。あのね、あのね、いいんですよ、これが若い二人だったら。「おまえらはまだ若いんだからその恋がなくなってもまだまだなんとかなるよ。っていうか十代の高校生くらいでそんな恋の悩みなんて、俺は単に羨ましくてたまらないよ畜生」なんです。でも、どうですか、中年の二人です。もうこの先チャンスはないかもしれないんです。そのときのぐずぐずって、すごく痛々しくて、愛おしくなるじゃないですか! なんでわかってくれないんだ!

 ふう。
 
 で、いろいろいいところを、「ここを観よ!」というのを言いたいわけですが、ひとつにはジャックが好きになる東洋人の女性です。サンドラ・オーという女優で、かなり活躍している人なんですね。でも、この人がぜんぜん美人じゃないんです。え、こいつがメインに加わるのか! と思ってしまった。もたいまさこと麒麟の田村を混ぜ合わせたような顔です。ああ、ぜんぜんジャックに共感できない、と思ったんですが、でもこれはこれでいいんですよ。その分、マイルスとマヤの話が輝くんです。もしもサンドラ・オーが美人だったら、「むしろあっちの女のほうが…」的なことになるため、話の軸がぶれます。
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 ジャックのキャラクターは『今夜、』の石橋貴明的で素敵です。女たらしで、女で失敗しまくる。「財布を忘れてきた」のシークエンスは最高です。笑った笑った。あのときもマイルスの西村雅彦的な良さが出ているんですねえ。あと、ちんこノーモザイクなので注意です。

 うん、このマイルスの立場ってのもね、うん、わかります、わかりますともさ、です。ぼくはあんたの気持ちがものすっごくよくわかるぞ! というのがあるんです。あえて言いませんけれどもね。うん、だからぼくには、この映画について、マイルスについて言えることがある! って感じなんです。
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 この映画について、いいよねえ、と言ってくれる人とは仲良くなれる気がしますね。お互いの人生の文脈を語り合える気がします。でも、ぼくもまだまだわかっていないわけです。このマイルスに比べれば、ぼくはまだまだ若いですし、はげてないし。だからね、これは断然中年向けのお薦め作品です。若い学生の人とかには敷居が高いのです。ワインのもたらす芳醇な香りや苦みの中にある洗練された味わいはわからないのです(ぼくもわからないけど)。

女性受けするかというと、それもまた微妙です。男目線の映画ではありますからね。ただ、あの、マイルスとマヤの夜の場面は必見です。あそこに何事かを感じたなら、この映画を最後まで楽しめると思います。自分の感覚をテイスティングする意味でも、観てみるといいかもしれません。
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by karasmoker | 2011-09-11 21:00 | 洋画 | Comments(0)
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