『南極料理人』 沖田修一 2009

ファミリー感に溢れて、心温まる極寒のお話。 
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にしじまさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 三谷幸喜のドラマで『総理と呼ばないで』というのがあって、VHSにしかなっていないのですが、あれは面白い作品でした。主役の田村正和扮するは総理大臣で、総理官邸の中を舞台にしたコメディです。それと、映画『ラヂオの時間』も好きです。三谷監督の一作目です。ラジオドラマの生放送があるのですが、出演者やスタッフのわがままによって、もとの台本からとんでもない方向へと話が進んでいくというもの。

 さて、両者の共通点は何か。二つあります。
 ひとつには限定空間劇であること。どちらもメインとなるスペースが決まっていて、人口密度の高いその中で話が展開していく。三谷の携わった映像作品ではこのスタイルのものが多く、舞台演出出身である彼のお家芸といえます。これをすると映画内の濃度が上がります。

 ふたつにはリアリティより面白さに比重が寄っている、ということ。三谷のドラマや映画の中では、先にあげた二作こそその真骨頂と言えるかもしれません。リアリティを話の俎上に乗せれば、はっきり言ってそれはありません。だからたとえば伊集院光に言わせれば『ラヂオの時間』はぜんぜんダメらしいのです。彼は言わずと知れた深夜ラジオ界のスターですから、ラジオ番組、特に深夜のラジオであんなことがあり得るものかよ、と捉えるわけです。
『総理と呼ばないで』についていえば、政治のことをぜんぜん知らない人であっても、リアルなものとは思わないでしょう。あれを見て「ふうん、総理官邸の中はこんな風なのか」と思う人がいたら、その人はちょっと素直すぎてやばいくらいです。それほどにリアリティに欠けた作品なのです。

 でも、知らない分野だしひとまずリアリティはいいや、と思える場合もあって、そのひとつがこの『南極料理人』でした。これは面白かったですね。
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 南極の奥地、なんと標高が富士山より高いという場所にある基地の中でのお話です。『遊星からの物体X』のように物騒なことが起きたりはせず、ご家族揃って安心して観られることでしょう。大きなことは何も起こりませんが、飽きずに観られます。
零下五十度の世界ですし、きっと実際はもっともっさりしていたり寒々しかったりとげとげしかったりするのであろう、と思います。それくらいほんわかとしています。こんな楽しげな場所なら行ってみたいな、と思わせる。ということは、この舞台の綺麗な側面を中心に切り出して、えげつないところは切り捨てているということでもあります。だから、実際に南極を知っている人からするとどうなのかわかりません。
 でも、堅苦しいことはええじゃないか。なかなかに愉快な時間であったじゃないか。

 ストーリー自体はあってないがごとし、いや、明確な一本の線はないんです。あるのはただ南極での一年以上にもわたる生活、その風景。それを持たせたのは先に述べた限定空間性、そして「なるほどネタ」です。

 なるほどな、と思うことが結構ありました。特に印象的だったのは、「彼らが絶対に風邪をひかない」理由です。こういうのを放り込まれると、はっとしますね(理由を知りたい人は映画を観ましょう)。いろいろ発見があって面白いな、と思える。そんなのとっくに知ってるよ、という人でも、何かしらの発見があるんじゃないでしょうか。たとえばこの基地の中で麺をゆでると、芯が残って硬くなってしまう。その理由は?
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主演は堺雅人で、生瀬勝久、きたろうらが脇を固めます。正直ね、一人ひとりの顔が記憶に残るかっていうと、ぼくの場合はそうでもないんです。でも、ひとつのファミリー感が十分にありました。節分だからと豆まきをしたり誕生日を祝ったりという、小さなイベントがちゃんと輝いていた。男ばっかりで、もっさいんですけどね。でもこの映画の演出、雰囲気は程よくそのもっさり感を中和していた。小さいギャグも楽しめました。
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 南極料理人、というタイトル通り、食卓を囲むシーンが幾度も出てきます。このシーンがファミリー感をもたらすうえで大きかったですね。一同が集まるシーンとして、食事が一番ですから。それにしても、あんなにもちゃんとした料理が毎日出てくるものなのでしょうか。お酒も飲み放題みたいだし、観ている限りいいことづくめにも思えます。
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 しいて言えばこの映画の弱いところでもある。辛いだろうなこの状況は、というのがあまりありません。もちろん中盤で、帰りたいよーというのが出てくるんですが、それもそこまでのくだりが結構楽しそうだったりするので、あまり効いてこない。実際はきっともっとえげつないだろうな、というのはある。だけれど、そこをつつこうという気にはならない映画です。
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 うん、苦労して労働に励んでいる様子はほとんど描かれないですからね。そこが大きいです。この任務は辛かろうな、というのはぜんぜんなくて、むしろ遊んでいるシーンがたくさん出てくる。だから、南極で働く人々の苦労を観たい人向けではあり得ません。土台、コメディですからね。

 画変わりとして、堺雅人の家族が出てきますね。ここはここでよかった。なにしろ子供がこまっしゃくれているというか、鬱陶しい。この辺は信頼できるところです。子供かわいや、みたいになっていないので正しい。この映画はわりとその辺の、おっさんの悲哀も出してきますね。
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 笑ったのが子供たちと通信するシーンです。ギャグをばらすのも無粋ですからやめますけど、ああいうのを放り込むと、こちらとしては「俺はあんたたちのことをわかってるでー」と登場人物に移入できます。なんか、南極の話を日本で観ているぼくだけれど、心は南極のほうに行ってしまいますね。リアリティはどうなの、ということを書きましたが、ああいう子供の描き方はリアルですね。それにしても堺雅人はいいお父さんですね。

 細かい部分が印象に残る、というのがいい映画のひとつの共通項ですけれど、あの大学院生の恋のエピソードなんかもね、うん、「なんで今そんなこと言うねん」と女に切れたくなりますね。彼氏が「南極行くんだ俺、しばらく会えなくなっちゃうけど」みたいなことを言ったんでしょう。で、女はきっと「待ってるからね」と言ったんでしょう。うん、じゃあ待っててやれバカヤロー、です。あの女には別の誰かが代理で電話して、「あなたの元彼はショックで死にました」と嘘をついてやりましょう。で、もうここまで読んでいる人にはもうネタばれとか気にしませんから書きますけど(文句は聞かない)、まあ、ちゃんと救われますけどね。それもこれまたえらくいい感じで救われたな、と今度は男のほうを羨ましくなってしまうんですけどね。
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 おもしろポイントがふんだんに入っている映画です。コメディとしてとてもよくできている。傑作、とかいう種類のものではないですけど、大抵の人が観てみても、ぜんぜんつまらなかったよということにはならないでしょう。
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by karasmoker | 2011-09-12 21:00 | 邦画 | Comments(4)
Commented by にしじま at 2011-09-13 08:22 x
レビューありがとうございました。
普通の特に映画好きというほどでもない友人に薦めるのは
この映画と「歩いても歩いても」と「十三人の刺客」です。
この3本は誰に見てもらっても外さないかと思っているので。

逆にkarasmokerのようにいろんな映画をご覧の方はこういうゆるい娯楽映画をどういう風にご覧になるのかなとレビューを楽しみにしておりました。

そうなんです!
『傑作、とかいう種類のものではないですけど』なんですよね。
そこのところがこの映画の良さかなと思ってます。
肩に力が入らず、いい感じにそこそこ面白い。
こういうネタものは、間違うと今流行りのテレビドラマ映画になってしまう可能性もあるのに、ちゃんと映画であってくれてるし。
キャストの堺さんや高良くんが全然イケメンに見えないとこも大好きです。

各エピソードは実際の元「南極料理人」西村淳のエッセイ『面白南極料理人』なので、意外に映画も結構リアリティを持って描かれているのかもしれません。どのエピソードも嘘のような、本当のような、嘘のような・・・そのあたりも面白かったですね。
Commented by karasmoker at 2011-09-13 09:29
 コメントありがとうございます。
 面白い映画をお薦めいただき、ありがとうございました。
 この路線は確かに力を抜きすぎるとどうしようもなくなりがちですが、その部分のバランスをうまく保っている佳作ですね。
 ぼくが映画好きでない人に何を薦めるかなあと、三本をしばし考えてみたんですが、『ハッシュ!』『チョコレートファイター』『ショーン・オブ・ザ・デッド』あたりかな、と思いました。思いつきですのですぐに変わりそうですが、ぼくならこの辺りの反応によって、次に何を薦めるかを窺いますね。
Commented by pon at 2011-09-16 20:19 x
ショーン・オブ・ザ・デッドもいいですが、
ゾンビランドいいですよ。しょっぱなからタイトルバックでやられます。おすすめです。
Commented by karasmoker at 2011-09-17 00:31
『ゾンビランド』は未見です。そのうち観てみようと思っております。おすすめいただき、ありがとうございます。
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