『ロード・オブ・ザ・リング』 ピーター・ジャクソン 2001

 ぼくのファンタジー映画への捉え方が、はっきりわかりました。
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香さんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 原題『The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring』
 ゼロ年代の大作、その中でも名作としてその名を連ねるであろう三部作、一作目を観てみました。三時間の劇場版を観たのですが、長い上映時間の中で、自分の趣味嗜好というものがずいぶんと見えてくるのでした。

 最初に言っておくべきこととして、あまり興味が持てなかったというのを白状します。
 ぼくはこの種の、大河的ファンタジーに興味のない人間なのですね。そういえば『スターウォーズ』にもぜんぜん惹かれない。映画好きの会話のド定番とも言えるあの作品に、ちっとも興味がない。一作目とエピソード1を観ただけで、それ以降を観ようとあまり思わないのです。ですので、今回も作品内容への細かい言及はできかねるところなのです。

 なぜなのかなあと考えたのですけれど、ぼくにとってのファンタジーって、どうしてもゲームや漫画なのですね。ぼくはドラゴンクエストにばっちりはまり、ファイナルファンタジーも好きですから、原体験のイメージが断然あれらにある。聖剣伝説も天外魔境もやったし、大貝獣物語なんてのがわりとマイナーなところのフェイバリット。だから本作のように、がっちり作り込まれた世界観、なおかつ硬派で正統な異世界ものとなると、原体験が邪魔してなかなか入り込めないのです。

 ファンタジー自体に興味がないわけじゃないのですが、ドラクエなどのゲームの場合、自分でキャラクターを操作して動かせる。その世界を旅できる。そこで移入度がまるで違ってしまうんです。確かに凄い映像です。作り手がやろうとしていることを汲み取れば、出来としての文句はほぼ何もない。でも、その世界を見守ることしかできない観客の立場では、もどかしさが募ってしまうんです。で、細かい地名とかうんちゃらかんちゃらにぜんぜん興味が湧いてこない。これはゲーム育ちの人間ならそれなりに共感してもらえるんじゃないですかね。ファンタジーって、映画で観るものじゃないんです。ゲームの中で旅するものとして捉えてしまうんです。薬草を使ったり新しい呪文を覚えたり、ボス戦に備えてレベルを上げたり、そういう快楽にかなりの思い入れがあるため、勝手に旅をされてもなあという気分になってしまう。
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興味が湧かないままに観続けることになってしまいましたが、世界観が好きになれて夢中になれたら、言うこと無しなんじゃないでしょうか。テンポもいいし、出来事も次々と起こるし、それほど退屈も感じなかった。でも、興味は持てなかった。

 じゃあどうだったらぼくはもっと入り込めたのだろう、というのを考えることで、作品内容に踏み込めればと思います。ひとつには、美少女キャラがいないってのが大きかったんですね。これは原作からしての硬派なファンタジーでしょうから、その辺を求めても仕方ないのでしょうけれど、ドラクエやFF育ち、あるいはその周辺の漫画育ちのぼくからすると、どうしてもそこがほしくなる。
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 ぼくの生涯ベストワン漫画が『魔法陣グルグル』なんですけど、ああいうポップさ、キュートさ、もしくはあほらしさがほしくなるんです。これはもう趣味嗜好の問題なのです。硬派なファンタジーが趣味じゃないってことがわかり、それは収穫でした。ポップでキュートなものが出てこないんですね。基本的には天パ少年たちとおっさんとじいさんしか出てこない。女神的な女性が二人、スポットで出てくるくらい。たとえば戦争ものとかヤクザものとかならそれでもいいんですけど、ファンタジーでせっかく異世界を旅行するのに美少女ちゃんがいないのかよ、とちょいとがっくりするわけです。おっさんばかりの外国には旅行したくない。いや、もちろんね、わかるんですよ。これはもうものすんごい真面目な話ですから、苦難の旅に女子供は不要なのだというその軍人的無骨さは尊いのです。でも、ぼくはポップでキュートなものを愛でて育ったのです。
 
 考えてみるに、ドラクエもあのスライムがキュートだったんです。そのほか鳥山明のデザインしたモンスターはどれもが可愛らしく、モンスターメインのゲームもばんばんつくられている。ドラクエというのは、実はモンスターのゲームでもある。ところが本作はもうそりゃ大変に真面目であり、すべからく怪物なるものは醜悪にして面妖なる異形の種であるがゆえに、キュートさなんたる軟派なものはこれ不要なり、というわけですから、これまたぼくの趣味にぜんぜん合ってこないのですな。うむうむ。
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 これは原作に忠実なんでしょうから言ってもあれですけど、普通のハリウッドスタイルで考えてみれば、あり得ない布陣ですわね。だって、主人公にくっついてくる連中が、まあなんとも面白みのない天パ少年三人ですよ。ハリウッドの映画会議でこのパーティを一から提案したら、馬鹿扱いされますよ、絶対。いや、百歩譲って美少女じゃなくてもいいから、それぞれにキャラづけをもっとしてもいいと思います。もう、完全に、これ以上ないほどに、画に描いたような判で押したような「脇役」が二名いますからね。

 で、興味を持てなかった理由その二、あるいはその三としては、魔法が面白くないということです。ファンタジーと言えば剣と魔法、というベタなイメージを持つぼくは、魔法がないのが物足りなく感じてしまったのです。いや、ないわけじゃないんです。いろんなことを解決するのは結局魔法の力だったりします。でも、画的に面白みがないんです。その意味で言うと、やっぱり『ヘルボーイ2』のベギラゴン姉さんは偉大でありました。画として面白いんですもん。ドラクエをドラクエたらしめた要因が、この魔法ですよね。メラがある、その上を行くメラミがある、さらにすさまじい炎のメラゾーマがある。そうかと思えば逆のヒャドやらヒャダルコがある。この多彩さは、あの黒いバックの戦闘画面でも十分に息づいた。ゲーム世代にはゲーム世代なりの想像を育ませてくれた。一方、この映画には魔法を用いて敵をやっつけるみたいなのはないのです。この辺も真面目ポイントですね。魔法なんたる不可思議にして不明瞭なものに頼るとは軟弱な。男子の沽券に関わるというもの。剣と弓矢にて敵を討ち滅ぼしてこその武勲なのである。
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 うん、現代にウケがいいようにアレンジすることも、製作の過程ではあるいは考えたかもしれないですよね。しかし、いやいや、あくまで原作に忠実にするべし、ということですぐに却下されたのでしょう。変に魔法を使うキャラなんて出たら、原作と違うと言ってファンに怒られるでしょうし。

 ん、待てよ、と気づいたわけですが、だとするとぼくの求めるものはあれじゃないか、『ハリー・ポッター』なんじゃないか? とも思いました。美少女もいるし魔法も出てくるし。でもね、さらに考えてみるとね、じゃあ今、最新のCG技術を持って、ドラクエの映画化をされたらいちばんいいのかい? とも思うんです。そしてそう問うたとき、決してそれを求めているわけじゃあないと気づくのです。だからね、結局のところで言えば、徹頭徹尾つくられきったファンタジーものには、ぼくは萌えられないんじゃないかと思うんですね。そこにキュートさやポップさ、あるいはキッチュさを配合してくれたなら違うでしょうし、もしくは現代の若者が異世界に迷い込んだみたいな設定なら入り込めるかもしれないけれど、現実世界と完全に独立した異世界の冒険譚は、アニメでない限り入っていけないと思います。アニメならばぜんぜんいいんですけれどね。

 ほとんど言うことのない本作でしたが、一カ所は文句を言いたいです。というのも、あの頼りにしていたおじいさんがいましたね。導いてくれるおじいさん。彼がね、窮地を迎えるわけですよ。で、犠牲みたいになるんですよ。あれね、うわあああって落ちていくんですけど、あれはつまらないです。ああするんじゃなくて、「頼むぞよおまえたち」と言って、メガンテ的な魔法でもって敵を倒していたら、もっと燃えたはずなのです。自己犠牲の哀感がもっと高まったはずなのです。あれはもったいないでしょう。二作目、三作目で復活して出てくるんですかね、知らないですけど。ぼくは一作目だけの話で言っていますからね。
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 そういったわけで、楽しめる人には十分に楽しめる出来と言えます。夢中になる人が出てくるのもわかります。ただ、もしもこれまでにドラクエやファイファン(ぼくの原体験的には「FF」ではなくて「ファイファン」)に夢中になった経験があるとするなら、夜から朝までぶっ通しではまってしまった記憶があるなら、その悦びにはおそらく及ばないよ、ということを、最後に言い添えておきましょう。よって、二作目、三作目を観るのはたぶん結構先になってしまうと思います。申し訳ないのですが、ご了承願いたいと存じます。 
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by karasmoker | 2011-09-16 21:00 | 洋画 | Comments(0)
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