『渚のシンドバッド』 橋口亮輔 1995

青春時代が持つ名状しがたい何かが、確かに描かれている。 
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 橋口亮輔監督作は『ハッシュ』『ぐるりのこと』しか観ていないのですが、商業映画デビューしてからはずいぶんと寡作な監督のようですね。自主映画はたくさん撮っていたらしいのですが、この映画の後に撮っているのは今述べた二作だけ。非常にいい映画を撮る監督だと思います。

 高校生の話です。『ハッシュ』『ぐるりのこと』がそうであるように、大事件が起こる類のものではなく、登場人物同士の日常の関わり合いから味わいが生まれてきます。

 主人公の岡田義徳がゲイの少年で、友人の草野康太に密かに思いを寄せている。このことが冒頭すぐにわかるようになっています。観客に対して、まずそこを露わにする。そしてそれ以降の機微をじっくりと描いていくという形です。
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 クラスメイトの描き方が秀逸でした。彼ら二人を中心軸に、そこに積極的に関わっていくのがあの2000年代音楽界の寵児、浜崎あゆみ(ちなみに当時は「浜﨑」あゆみ)です。このねえ、浜崎あゆみが素晴らしいですね。まずぼくは彼女を大いに賞賛したい。彼女がまだ歌手デビウする前で、そういえばこの年には『未成年』にも出ていて、良質な異物感を醸していました。使い方を間違えるとあれだったんでしょうけれど、この頃の浜崎あゆみはいいです。是非実際に観てほしいところです。
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 彼女が岡田義徳に思いを寄せていくんですけれど、その辺りの描き方、演じ方もいいんです。うまく周囲に溶け込めない、溶け込もうとも思っていない、しかし心を開いた人間に対しては無上の笑顔を見せる。時として自分の道を突き進みすぎる。そういった動きが大変によく活写されている。
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 この映画の美点として、監督が得意とする長回しがやはりしっかりと効果を上げているところです。高校生映画、学生映画を撮るときはかくあるべし、と見せつけられた思いです。これは学生ものに限らないですけれど、あくまで印象として、近頃の日本映画は無駄に表情芝居をさせすぎる。無駄にカットを割って台詞の一つ一つを制御しすぎる。だから噴飯ものに繋がりやすいんです。確かに、それはわかりやすい。表情で登場人物の気持ちを描くのは映画的にやりやすいし、その顔を大写しにして台詞を言わせれば誰にでもはっきりと伝わる。しかし、それは実は日常風景と大きく離れたことでもありますよね。なぜなら我々の生活の中では、それほど表情の一つ一つに注意を払わないし、ましてはっきりと台詞みたいな言葉を喋ったりはしない。ドラマならそれでいいんですよ、ドラマはわかりやすいものだから。しかし、こと映画、それも学生の日常を活写するとなれば、そんな方法ではあまりうまく行かない。長回しはそのことを教えます。彼らの油断した表情、自然な振る舞い、そこに見えるほころびこそ、実在感に繋がるのです。
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 休み時間の風景が豊かでした。ああ、こんな感じだったなあというのがいくつもある。これは多少の世代的記憶でもあるかもしれません。95年にはまだぼくは高校生ではありませんでしたが、この頃って、誰もケータイを持っていない。ぼくが高校生の頃はケータイは普及していたけれど、それでも休み時間にいじくっているやつというのはほとんどいなかった。今みたいにアプリもほとんどないし、ゲームみたいなのもおそらくほとんどなかったですから。そういう風景。その中で起きる微妙なやりとりの数々。茶髪のやつもいない。それでいて80年代ほどの古さはない。当時高校生だったなんて人は観てみるといいんじゃないでしょうか。こういう感じだったなあというのが、かなりあると思いますよ。
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 中でもいいのは三番手の男子として出てくる山口耕史。彼の立ち振る舞いや風合いはとても90年代的だったと思います。ぼくのイメージする90年代的スタイルって何かって言うと、いちばんわかりやすいのはボキャブラ天国に出ていた若手芸人なんです。youtubeで観てみたら、わあ、最高に90年代的だと思えた。あのだささ。当時は何の違和感もなかったのに、今観てみると素晴らしく、ださい。90年代がだんだんいい感じで古びてきたと思います。主演の二人はね、スポットが当たっているし、細かい心の動きも描かれるわけですよ。でも、山口少年はそれほどに描かれない。その中で映画を盛り上げてくれました。ああ、彼のようなやつは確かにいた、と思える。
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 役者一人一人を賛美したい気分ですが、高田久実という人がこれまたいいです。お嬢様というか、ああ、ちゃんと育てられているな、とわかります。周りはお嬢様でも何でもないんですよ、いけすかない糞みたいな女もいっぱいいます。その中で、どうして君はそこまで清楚で正しくいられるのだい、と思わされる。精神年齢が周りと違う感じ。ちゃんと幸せになってほしいと思える感じ。そして、ああいう子も確かにいた。
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 主演の二人もいいんですけど、脇を固める役者たちが本当にいい働きをしています。浜崎あゆみがクソ女と対峙するときの緊張感は実にいい(あのクソ女のクソ女ぶりもあれはあれでいい)。ここでもカットを割らず、表情芝居をさせず、というのを厳守している。しつこいようですが、本作に出てくる浜崎あゆみはほぼ全編にわたって言うことなしです。歌手になったのがもったいないくらいです。

 余談ですが、たまーにこういうことがありますね。Jポップ歌手が役者として意外なはたらきを見せるとき。覚えているのは『濱マイク』ドラマ版の中島美嘉。あれもいいんです。やっぱり、人気歌手になる人にはそれなりの華があるわけで、うまい使い方をすると映画の中で映える。  
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シナリオ的な良さで言うと、浜崎あゆみの生活をあまり描いていないところです。彼女は援助交際をしているとか、中学の頃に強姦されたとか噂され、本人からその一部が語られるところもある。ただ、その場面が実際に描かれることは一切ない。これは大事。これは映画的誘惑に打ち勝っている。だって、映画なら描けちゃうじゃないですか。彼女が援助交際しているシーンはいくらでも描けるし、明示しようがある。そうすれば万人に伝わる。でも、それだとこの映画はここまでよくはならない。観客に想像させるわけです。そして、結局のところぼくたちには他人のそんなところまでは見ることはできないよ、ということを伝えている。そのうえでどう向き合うんだ、ということを伝える。

 実在感を十分に生み出しながら、それでいてシナリオもまとまっている。テンポもある。なんとない日常の話ではない。同性愛の出てくる学生の話で言えば、1990年に中原俊監督が撮った『櫻の園』がありますね。あのとき感じた感動にも似ている。あれとセットで観てみるといいと思いますよ。ちょうど男女で対比されるし、同性愛の話ばかりに寄っているわけではぜんぜんないし。あれが好きならこれも好きでしょう。これが好きならあれも好きになれるでしょう。→→『櫻の園』レビウ

 どちらにも通じて言えることとして、いわゆる青春時代が持つ、名状しがたい何かをとてもよく描いている、ということです。溌剌でもないし、もやもやして鬱屈しすぎているわけでもない。それなりにドラマティックなことはあったし、しかしそれほどにドラマティックだったわけでもない。けれどやっぱりドラマティックな一瞬は確かにあった。 
 これを高校生が観てもしょうがないですからやめておきましょう。あなたは普通に高校に通っていればそれでいいのです。でも、高校時代を遠い過去と捉えるようになったなら、何事かを感じられると思う。それが何なのか、ぼくにははっきりとはわからないのだけれど、洋画では味わえない日本映画特有の味わいを、堪能させていただきました。
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by karasmoker | 2011-09-17 21:00 | 邦画 | Comments(3)
Commented by マリン at 2012-02-07 11:54 x
この記事が気になって、観てみました。以下、長くなり二段階になりますが感想とお礼を。

冒頭のあたり、教室掃除のシーンで 3番手のとっぽい少年が窓拭きをサボって、正義漢に「さんの所をふいて」と命じられ「マニアックだよ~」なんてクダ巻くシーンで、ぐいっと惹き込まれ。
その後は全編ずっと「分かるなぁ、こういう奴いたなぁ、リアルだなぁ」と楽しめました。本当に、映画のリズムが日常のリズムに近い感じでしたね。記事で仰っていた様に長回しのカメラも、日常の視点で。
や、凄く、良かったです。
自分の学生時代と細部が被る(生徒同士でじゃれあう時に足を掛けて「大腰、大腰」と言う様な。笑) 所が、この充足感の要因の一つかとは思いますが けっこう海外の方にも通じそうな…普遍的な青春の表現であった様に思います。
つづく
Commented by マリン at 2012-02-07 11:54 x
つづき

役者がみな素敵で、中でも特に3番手の少年は好きでした。ああいう不良っぽい子に限って人の心の機微に敏感で、感情や空気は人一倍よめるのに 計算や演技が出来ないからコミュニケーション不全に陥る様な。おお、可愛い~… 優等生のお嬢さまとうまくいったらイイな、と素直に思わされました。こういうサブのエピソードに魅力がある映画は、素晴らしいですね。大好きです。

こちらの記事を見なかったら恐らくご縁の無かった映画です。
ナイスガイド、ありがとうございました!
Commented by karasmoker at 2012-02-07 22:22
 コメントありがとうございます。
 記事を読んで興味を持たれ、実際に映画を観て気に入ってもらったとなれば、これはレビュアー冥利に尽きるというものであります。やっぱり「これは面白い映画だよ」と紹介して「面白かったよ」と言ってもらえるのが、薦めた人間としてはいちばん嬉しいのですね。お役に立てて光栄であります。
 またのコメントをお待ちしております。
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