『男はつらいよ』 山田洋次 1969

「陽」のポップアイコン。それでいてほろりと泣かせる。
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「有名すぎて逆に観ていなかった」シリーズ。ちゃんと観るのは初めて、というわけで、一作目を観てみました。

 東京の東側、いわゆる下町とされる地区というのは、考えてみるに東京を代表するスターを生み出してきた場所です。映画で言えば寅さん、漫画で言えば両さん、芸人で言えばビートたけし。地域密着型から全国へ上り詰めた東京の代表格、それはこの三人を置いて他になく、彼らがすべて下町から出てきたというのは面白い話です。若い世代に対して「東京の街と言えば?」と尋ねりゃ渋谷だ新宿だと名前が挙がるでしょうし、もっと上の世代になれば銀座や赤坂六本木という「ワングレード上の都会」を言うかも知れませんが、そういう場所とはまったく別の文化を育ててきた下町には、やはり独特の、味わい深い風合いが宿っているのでしょう。
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 寅さんがどういう人物造形なのか、これまではぼんやりしたイメージしかなかったんですけど、なるほどこれはなかなかに強烈なキャラクターですね。大笑いして観ました。そして、ああこれは確かに、ポップアイコンになるだけのエネルギーがあるなあと感じ入った次第です。
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 シリーズを全部観ている人からすると違うと言われそうですが、寅さんは徹底した「陽」なんですね。人の懐にどんどん入り込んでいくし、いつでも冗談を忘れない。裏を返すと、人の内面に土足で上がり込むし、空気が読めない。これねえ、人にそれなりに気を遣いながら生きている普通の人間からすると、すかっとするんですね。これが寅さんの愛された大きな理由なのだと思います。どんなときもぜーんぜん悪気というものがなくて、子供みたいな人です。これは確かに人気になりますね。倍賞智恵子扮するさくらがこれまた性格のいい妹で、おそらく公開当時劇場に駆けつけた貴兄は、時代に大きく先駆けた「妹萌え」を感知したのでありましょう。
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 彼が実際にいたらそれなりに困りますよ。社会常識に欠ける部分が大いにあるし。妹さくらがお見合いに行くのですが、そのときはもう最悪なんです。最悪すぎて笑うんですけど、一方でさくらが可哀想にすらなってくる。これはえらい男がやってきたもんだ、と思うのが普通ですわね。「絶対あかんやんこいつ」と思われても仕方ないです。
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 でもね、でも、観ていて思うのは、この寅さんは絶対に義理を守ってくれる人だろうな、と思えるんですね。金を貸してくれというかもしれないけど、死んでも返すぞと言ってくれそうだし、実際に死んでも返してくれそうなんです。ここです。ここがひとつの大きな分かれ目ですね。いや、そもそも金を貸してくれなんて寅さんは言わないぞ、というファンの方もおられるでしょうが、ぼくの見方としては、「金は借りたがるけれど絶対に返す人」なんです。これね、こいつは返してくれないかもなと思わせるキャラクターだったら最悪ですよ。空気は読めないしがさつだし下品だし。でも、最後の最後でこの人は絶対に人を裏切らないんじゃないかと思える。だから好きになれるんです。『兵隊やくざ』の勝新太郎にもちょっと近い気がしました。
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役者同士の絡みで面白いのは、前田吟です。前田吟は真面目を画に描いたような工場の工員なんですが、彼と寅さんが船の中でぶつかるシーンは絶品です。前田吟は倍賞智恵子に惚れているんですが、寅さんは「大学も出ていないやつに妹はやれるか」と怒ります。このくだりが面白い。前田吟はこんな風なことを言って反論します。
「お兄さん、ぼくは大学を出ていないが、あなたもそうですよね。じゃあもしもあなたが誰かに惚れたとして、その相手にお兄さんがいて、『大学も出ていないやつに妹はやれない』と、こうあなたに言ったとしたら、あなたは諦めるんですか」
 こう問うたときの寅さんの返しが面白い。「うわ、ぜんぜん会話できない!」と前田吟は思ったことでしょう。
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 前田吟演ずる博がいいですねえ。ほろりとさせます。寅さんがさくらについていい加減なことを言って、博は勇み足を踏んでしまうんですが、このときの、なんていうかな、純朴な青年が本気で打ち明けることっていうのが、泣かせるんです。これは『トラック野郎 御意見無用』において、湯原昌幸が夏純子に思いを打ち明ける場面同様に、目頭を熱くさせるんです。大の男が恥じらいながら、でもその恥じらいを必死でかみ殺して、言わなきゃならないことを、言わずにはおられないことを絞り出すように言うときのあの熱さ。 こういうのは日本映画で、もうほとんど死滅しているんじゃないですかね、どうなんでしょうね。たとえそうでもナイーブさを前に出してしまうことでしょうね。あるいは変にイケメンできらきらしていたりするんでしょうね。若さと爽やかさが弾けて、ぴかぴかしているんでしょうね。けっ、馬鹿野郎。おまえらにあの熱さがわかってたまるかってんだ。おまえらはJポップを聴きながら渋谷や下北をうろうろしていればいいんだ! 原宿辺りでクレープの角に頭をぶつけて死にやがれ!

ふう。
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 にわかに興奮しすぎたので引き戻すと、これはトラック野郎の菅原文太と同じところで、誰に対してもご陽気でがさつな寅さんが、惚れた女の前ではかしこまってしまうというあれですね。で、これがまた哀しいところで、惚れた女である光本幸子のところに勇んで行ったときの、あの無様さ。釣りに行こうと言って出かけたときの、あの格好悪さ。うん、あれもね、痛いおっさんですよ正直。ええ年こいてなんちゅう格好しとんねん、というのがあのくだりでびきんと来る。でもね、どうですか、ぼくたちはきっとどこかで、ああいう寅さんみたいな、痛いおっさんを愛しているんじゃないのかね。君、そこんところどうなのかね。ぼかあ好きだね。立派で常識もわきまえて仕事もしっかりやって将来のこともきちんと設計する大人がそりゃ、そりゃあいいだろうさ。でもさ、心のどこかで、ああいう痛いおっさんでありたいという思いも、あるんじゃないのかね。ええ? どうなんだねそこのところ。自分はそんな風にはまったく思わないって? けっ、なんだいなんだい。そんなやつに寅さんの良さがわかってたまるかってんだ畜生。ドトールでエスプレッソなんとかでも飲んで経済誌読んでろ馬鹿野郎。
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 なんとも変なレビウになりましたが、まあそういうね、そういう映画ですよ(どういう映画だ)。なるほどこれは折に触れ、観進めていきたい作品です。いまさらぼくが薦める必要などなさそうな名作なわけですが、観ていない人は是非、というところです。
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by karasmoker | 2011-09-20 21:00 | 邦画 | Comments(4)
Commented by 井上Luwak at 2011-09-20 23:48 x
こんにちは。
おお自分も最近見ました。何かいまさらですけど、名作すぎて逆に手が出なかったというか。
スイカの名産地の歌が何かよかったです。CMで聞いた感じがほのぼのしてて良かったです。
しかしこれがシリーズ化ってのは大変そうだなぁと思いました。
昔は一つヒットしたら嫌でも何作か続編作らされて、続編モノの量たるや今の比ではなかったそうですから。

見てらしたらアレですけど、最近『アフタースクール』見ましたのでお薦めします。
大泉洋主演の軽快なクライムコメディ?って感じです。
内田けんじ監督作品はまだ三作しかありませんが、他のも面白いです。
Commented by karasmoker at 2011-09-21 00:45
 コメントありがとうございます。
 スイカの名産地は確かに面白かったですね。歌声喫茶とかもそうですけど、年長者世代の合唱文化ってのは新鮮に映るし、なんでまたスイカの名産地なんて歌なのかと思えて面白い。この映画がシリーズ化されてヒットするっていうのは、いろいろな意味で「時代だなあ」と思います。嫌でも続編を作らされる、裏を返せば、ヒットさえすればがんがん続編を作ってよかったということでもありますね。

 内田けんじ監督作は『運命じゃない人』しか観ておりませんが、パズル的快楽のある作品でわりと好きです。パズルが目的化するとつまらなくて、その先に何が見いだせるものがないといけないと思うので、この方面を突き進めるのは至難だぞと思い次作を観ていなかったのですが、そのうち観てみようと思います。
Commented by 辰夫 at 2015-05-23 19:53 x
1作目の感想は概ね同意ですね。
全48作を通すと年代で変化していくのですが。
寅さんシリーズは「夕焼け小焼け」が名作です。
まだ観ておられないなら是非。
Commented by 辰夫 at 2015-05-23 22:02 x
そうそう、書き忘れました。
寅ちゃんは試作品的テレビ放映が先にあって
視聴者に背中を押される形で映画化されたものですよ。
つまり公開前から客ウケする土壌は充分あったわけで、
シリーズ化は当然の流れとも言えますね。
ご存知ない世代の方のようなので参考までに。
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