『さんかく』 吉田恵輔 2010

相手のことなどまるでわかっていない、という不可避の前提。大筋に細部に妙技。
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もちのんさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

ポスターの印象で映画の内容をなんとなく予想してしまう人も多いのではないでしょうか。かく言うぼくもそうで、きっと「同棲中のカップルのところに女の妹が入ってきて、むにゃむにゃした三角関係が織りなされ、あるいは修羅場的な何事か」が行われるのであろうと思っていたわけですが、それが裏切られました。事前に思っていたイメージと違う内容が来ると、展開が読めなくてわくわくしますね。

 主軸となるのは高岡蒼甫と田畑智子のカップル、そして小野恵令奈演ずる田畑智子の妹です。小野恵令奈という人は元AKBだそうですね。きっと今後の日本映画、あるいは芝居産業全般で、元AKBとかが増えていくことでしょう。
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 基本設定は予想していたとおりで、高岡と田畑のもとに小野がやってきて、高岡の気持ちがふらふらしてしまうというものです。この高岡蒼甫のアホっぷりがいいわけですね。確かにこのようなやつはいる、という実在感。いい年こいて、後輩に先輩面したがって、ちょっとため口を聞かれるのにも敏感。ため口聞かれるくらいの存在でしかない自分、という自覚については鈍感。舞台がこれまた田舎で、彼は釣具屋の店員をしているのですが、小さな場所で生きてきたやつなんだなあというのがよくわかります。
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 田畑智子と彼はいわば倦怠期を迎えているような状態なのですが、この映画のいいのはひとつに、この田畑智子がそんなに可愛い彼女に思えないところです。少なくともぼくにはそうだった。小野が出てくることでね、彼女の保護者的な立ち位置をある程度強制されるがゆえに、ちょっと小うるさいキャラクターみたいに見えてくるわけです。途中、彼女が高岡にキスをねだるシーンがあるんですが、ここなどもね、鬱陶しいなあという風に見えてきます。女性からすると違うかもわかりませんが、男目線で行くと、高岡が小野に気持ちが移行していく様子が上手だなあと感じさせます。
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 田畑がキスをねだってね、高岡は言われたからするよ的な、ほとんど義務的、事務的にやるんです。で、違うでしょとなる。この場面の男の正解はおそらく、キスをして、そのままキスをやめずにもたれかかり、女のほうが少ししつこいと感じてしまうくらいまでやめない、です。相手が求めていることをまるで感知できない、感知しようとしないという、倦怠期描写の弾ける場面です。で、実にまっとうなことに、確かに田畑にキスしたいとは思えないようにできているのです。
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小野恵令奈という人は初めて観ましたが、顔立ちも適切であるとして、あの鼻づまりの眠たい人みたいな喋り方がいいんですね。しゃきしゃきしている田畑と好対照で、ああ、これは高岡が田畑と付き合っているときに得られずにいた刺激をしっかり与えうるな、と思わされる。倦怠期を迎えたときにあれに来られたらねえ、そりゃそれなりにほえほえになるのも頷けます。で、この高岡は「先輩面したい人間」ですからね、ああいうのに惹かれるわけですよ。人生の先輩としていろいろ威張りたくなるし、常にリードしていたいわけです。この人物設定はこれまた細かいところが効いています。
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 このあとの展開は観ていない人にはばらしたくありませんが、ええいままよといつものペースで書いていきます。
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 小野が中盤からぜんぜん出てこなくなるのは意外で、面白く感じた。ああ、出さないんだ、と。なるほど、高岡と田畑の話で造形するのだなと。この田畑智子がストーカーみたいになっちゃうわけですけど、いい台詞を吐きますね。高岡の家に無断で入ったことを矢沢心に話すときに「アメリみたいじゃない?」って。くわ、なるほど、このような精神構造なのか! とひとつ勉強になります。で、ああ、緩やかに壊れるってのはこういうことなのかもしれないとも思いますね。だって、もう一緒にいるのは嫌だ、出て行くって言って出て行って、自宅不在のときに家の中が片付けられていて、喜ぶわけないですからね。「あいつめ、まったく世話焼きなんだからもう、可愛いやつめ」とはならないですからね。その辺のことは無視してしまう、相手の感情がどうなるかは別として、自分の中で沸騰する愛情を相手に吐き出さずにはいられなくなる、その姿がまるで映画の主人公のようですらあると錯覚する。この心理の動きはよく描かれているなあと思ったんです。この監督がホラーを撮ったら面白いと思いますね。
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高岡が家に投石されたり車に傷つけられたりする犯人が田畑じゃないのは、すぐにわかりました。車の傷の段階で違うと思いました。田畑の迫り方は攻撃的じゃないですからね、彼女は終始自傷的、依存的だったので、あれは別人の犯行だ、そうなると彼しかいないなとはすぐに思った。あれもね、いい設定ですね。自分がまったく気にかけていない相手から復讐されるというのは怖いです。この映画全体を貫くものとして、「自分はこう思っている。でも、相手はそうは思っていない」あるいは「自分はなんとも思っていない。でも、相手は別の感じ方をしている」というのがあります。人間関係の齟齬ってのはつまりそこなのでしょう。

 ぼくたちには相手のことなどまるでわかっていないのだ、という当たり前の前提を突きつけてくる。映画というのは複数の視点をなしますから、観客はある程度客観視できる。でも、劇中の人物には当然複数の視点など持てない。でも、その差異を通して、ぼくたち自身の姿を照らす。映画という形式の基本がしっかり用いられていました。
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 そこがこの映画のひとつの特徴ですね。そこはかなり意識的にやっています。冒頭、矢沢心の怪しい会社の話を聞いてから喫茶店を出たとき、宇野祥平(『オカルト』の怪演が素晴らしかった)のカップルが高岡の車を見送るシーン、高岡が風呂から出たときの床、矢沢と彼女の上司が高岡たちのマンションを出たあとの会話の一瞬。これらはどれも、ぼくたちが日頃生きていて、制御しきれない部分です。でも、そこで自分の残したにおいを嗅ぐ相手がいる。彼らがどう思うかはまるでわからない。こういうのを見ると、人間関係の映画として適切だなあと思う。そして、たとえ主人公たちがどんなに悩もうとも、そんなことは誰も気にしていないということまでわからされる。他人は、他人の見方で他人の感じ方をしている。

 小野のところに高岡が行っちゃう痛さってのはこれまたいいですねえ。そこまでの電話の様子もあるし、田畑とのこともあるんだから、絶対行っちゃ駄目なのに、行ってしまうあの馬鹿さ。で、そこでぜんぜんうまく行かない感じ。あれはまことに無様です。で、そんなときに田畑が輝いて見える。自分の心が折れそうなときに、既に心折れた田畑のことがわかってくる。うむ、素晴らしい。そのどうしようもなさを含めて、素晴らしい。
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 時間がぜんぜん気にならなかった。反面、え、これで終わる? という戸惑いもありました。もうちょっと見せてくれてよかった。あのあとどう着地するんだというのは見たかったですね。でも、うん、開いて終わりっていうのもわかるから、難しいところです。あれでよりを戻しても戻さなくても、どっちで描いても違うなと思ったかもしれないし。ぐずぐずするくらいならあそこでぱしっと終わるのもありなのか、うむ、わかりました。時間的にサイズ的に、真っ当な長さです。
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 大筋に細部に、設計の妙を感じる作品です。ポスターが印象を裏切り、観客に適度な驚きを与えるという部分の設計も含め、とてもよい映画だと思います。
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by karasmoker | 2011-10-03 21:00 | 邦画 | Comments(4)
Commented by もちのん at 2011-10-05 22:26 x
こんばんは。
早速ご覧いただきありがとうございます。

今回のレビュー、とても良かったです。
「さんかく」は、今まで私が観た邦画の中でもかなり満足度の高かった作品で、なにさまさんはどう感じるか気になっていたのですが、共通する部分が多く嬉しいです。
それを的確に表現する文章力は流石ですね。
私はモノを書くのが苦手なので羨ましいです。
あ、たまに飛び出る妄想的な文章も相変わらず好きですよ(最近では「さびしんぼう」のレビューにはまりました)。

また観て貰いたい映画を思いついたらリクエストさせていただきます。
今後とも、よろしくお願いします。
ありがとうございました。

Commented by karasmoker at 2011-10-05 23:14
 コメントありがとうございます。
 人によってはかなりぶるぶる来るであろう映画だと思いました。
 このようなことは日本中でたくさん起こっている、起こってきただろうと思え、十分な実在感がありました。これをお気に入りならば、山下敦弘監督の『ばかのハコ船』をお薦めしたいところです。
Commented by OST at 2011-10-16 12:59 x
こんにちは、はじめまして。
さんかくの検索でたどり着きました。レビュー読みましたが、非常に的確な感想・指摘で感心いたしました(すいません、上から目線みたいで)。
私はあのラストは大正解だと思っています。それから暗転後に流れるエンドロールの曲。詩を読み解くと「この映画のことじゃないか!」ってビックリしたのですが、ネットで監督のインタビューを見るとアーティストに映画を見てもらい書き下ろしてもらった曲のようで納得。あの曲の流れている間、映画の余韻に気持ちよく浸ることができました。実はこの監督、音楽の使い方も地味にウマイんです。
それで、本題なのですが、この監督の前々作「机のなかみ」も素晴らしい作品です。是非、管理人さんの感想が聞きたいなあ、と勝手ながらに思ってしまいました。管理人さんにはつまらない作品かもしれないので躊躇はありましたが、もし作品選びに迷ったときに思い出して頂ければ、と思います。
それでは。唐突に失礼いたしました。
Commented by karasmoker at 2011-10-16 21:01
コメントありがとうございます。
 音楽については言及しなかったので、記事の補足となるコメントをいただけて嬉しく思います。開かれつつもぱしっと終わるラストとあのエンディング曲で、「良質な小品」としての締まりがよくなったように思いますね。
 この監督の作品は他に観たことがないため、お薦めいただきありがとうございます。忘れた頃にレビウが載ると思いますので、気長にお待ちください。
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