『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』 山中貞雄 1935

古さに抵抗を感じる必要のない、今観ても十分に楽しめる時代劇コメディです。
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井上Luwakさんにお薦めいただきました。どうもありがとうございました。

 1950年以前の映画というのは何を観ればよいのやら、というのがわからずにわりと遠ざかっているため、山中貞雄という監督についても知りませんでした。その生涯を見るにまさしく「夭折した天才」であるようですね。初監督は22歳、監督として活動したのは5年間で作品数は26作。日中戦争に徴兵され、出征した先の中国で亡くなったときは28歳。当時は今よりもずっと制作ペースが速かったらしく、20代のうちから年間に4作も5作も撮る監督は他にも多かったようですが、それにしても20代で作品をがんがん撮って、それで戦争に徴兵されて死んでいったというのは、なんというか、なんというか、なんというか。

 で、現存する作品は本作とあと2つ、計3作品しかないそうです。あとのものもぜひ観てみたいと思います。非常に楽しめる作品でありました。

 時代劇の人物にてんで疎いぼくは、丹下左膳についてもよく知りませず、歌舞伎とかそういうもっと古い時代からの存在なのかなと思いこんでいたのですが、1927年に林不忘という作家が書いた新聞連載小説が初出らしく、しかも当初は主人公でもなかったそうです。片腕で隻眼、しかし刀の腕はめっぽう強いというキャラクターが受け、映画化したいという要望が殺到、人気シリーズになったということです。今で言うと、スピンオフ企画が大ヒット、みたいなことなのでしょう。

 ただ、この映画自体は、原作者サイドから抗議を受けたそうです。もともとのキャラクターや話と違う、ということのようです。その辺についてぼくには何もわからないのですが、この映画だけを切り取れば、非常に愉快なコメディであったと思います。

 コメディとしてとてもよくできているなあと思いました。
 70年以上前の作品とありながら、脚本的な面白さもテンポも十分に耐久しています。 現代の下手なコメディを観るくらいであればずっとこちらのほうが面白いです。掛け合いのよさとかギャグの構成とか、今観てもちゃんと面白い。これはすごいことだと思います。

 見た目はただの安い壺にしか見えない、本当は百万両の価値がある壺。これをつなぎとして主に三者の動きが織りなされます。複線構造を取っていて飽きさせないつくりです。
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「安い壺だと思って渡しちゃったらなんと大変な価値があったのだ!」 
 というわけでそれを取り戻そうとする藩主。

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「こんな汚い壺をもらったってしょうがないじゃないか、売っちゃえ売っちゃえ。
 え、何?すごい価値のある壺なの? 駄目だ、やっぱり売っちゃ駄目! え、もう売っちゃったの? ちょっと、早く探さないと!」 
 というわけでそれを捜しに行くのは婿養子になって別の家に住んでいた次男坊。

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 丹下左膳はその話にはしばらく絡みません。彼は射的屋の居候なのですが、店に来た悪たれとのいざこざで一人の男が殺されてしまいます。その男には息子がおり、みなしごになったその子供の面倒を見ることになります。その息子が抱えていたのがなんと百万両の壺。しかし当の息子も丹下左膳もそんなことは知るよしもなく、はてさて話はどうなっていくのやら、とこういうわけです。物騒なことも起こりますが、むしろコメディ部分が色濃くて、落語みたいな面白さもありますね。落語好きな人も楽しめると思います。
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 小さなお話で、だらだらする場面は一切無くて、「古い映画だから」と抵抗感を抱く必要はないと言えます。丹下左膳を演じる大河内傳次郎もコミカルで、喜代三という人の演じた女将の感じもこれまた観ていて非常にいい。ちょいとほろりとしました。女将は丹下左膳の連れてきたみなしごの男の子に対して、きつく当たるんです。でも、その直後で実はとても可愛がっているのがわかる。このあたりの緩急の付け方は、粋だなあと思いました。男の子がやってきたときに、「あたしは子供が大嫌いなんだよ」「どうするんだい、一日だって泊めておくわけにはいかないよ」みたいに言うんです。でも、次のシーンで、「あの子が来てからもう一ヶ月経つね」となって、無事に住まわせてもらえているのがわかる。また別の場面、男の子が「竹馬がほしい」と言うと、「怪我したらいけない。買ってやらないよ」と言うんですけど、すぐ直後の場面では一緒に竹馬で遊んでいたりするんです。表面では厳しいことばかり言っているんですけどね、ちゃんと寺子屋に通わせてやろうとしていたり、いなくなったら慌てて捜しに出ようとしたり、ああ、ちゃんと大事にしてやろうとしているんだなあとわかる。なんか、とてもほろりと来ました。ツンデレなるものよりも、ずっと小粋であるなあと思いました。
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丹下左膳のキャラクターが、思っていたものと違って面白く感じました。下町のおっさん風味が強くて、喜劇にそぐうものでした。夜道で敵を倒す場面も粋です。大河内傳次郎は何を言っているのかよくわからないところもあるんですけど、逆にそれが「おっさんが喋っている感」を強めていて愉快。
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 子役の使い方もあっさりしていていいですねえ。これね、今にも通じ得る作品だから、リメイクしても形になると思うんですよ。してご覧なさいな。子役の健気さみたいなもんを出しますぜどうせ。それで舞台挨拶とかして現場の雰囲気とかをママとマネージャーが教えた通りに話させるんだぜどうせ。それで映宣で19時台の番組に出て料理とか食うんだぜどうせ。そんなきらいはつゆほどもないという、当時の「あくまで大人が主役だ。子供は脇役なのだ」感がいいですね。
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 壺捜しに出る藩主の次男坊のコメディアンぶりもいいんです。70年以上前のものですからね、笑いの形としては今となれば「ベタ」なんでしょうけれど、その「ベタ」なるものが「ベタ」になる以前のものであって、ああ、こういう笑いがあってこそ現代の笑いができあがってきたのだなあと感服し、とても素直に楽しめました。いつもは後ろに控えている奥さんに頭が上がらないとかね、道場の門下生の手前、自分の弱さがばれないように慌てたりとかね、コメディの要素の定番ですけど、それをくどさゼロで簡潔にぴしっとやっているのは、これはもう昔の映画の醍醐味です。

 こういう潔いコメディっていうのは、日本映画ではもうあまり観られなくなってしまったように思いますが、どうなのでしょう。単にぼくが観ていないだけで、いっぱいあるのかもしれませんね。印象として、一人の監督が年に何本も撮っているような昔の状況のほうが、変にこねくり回したりするよりもあっけらかんとしたコメディが撮れるのかもしれません。あるいは今は喜劇の伝統って、もはや舞台のほうにのみ受け継がれているのでしょうかね。昔のコメディ映画精神を今も通じさせているのは、映画ではなくて舞台なのかもしれないなあと思います。やりとりやテンポのみの素朴な面白さという点では、映像技巧に寄らない舞台のほうが、確かに受け継ぎやすいのでしょう。

 音楽の使い方も独特で、ああ、いいものであるなあと惚れ惚れしながら観ていました。この作品について今、文句をつけたりなんだりってことはなーんにもないと思いますね。70年以上の時を耐久して今観ても面白いと思わせるなんて、すごいことです。これが面白くないと言う人には「お若いのう」と申し上げましょう。
 素直に楽しめる逸品でございました。
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by karasmoker | 2011-11-17 00:00 | 邦画 | Comments(4)
Commented by pon at 2011-11-17 11:29 x
こんにちわ。
なにやら、しゃべりかたも時代がかってますよ。
感服したでござる(笑)。
Commented by 井上Luwak at 2011-11-17 16:28 x
こんにちはー
おー、見てくれましたか~、好評なようで冥利に尽きます
山中作品は他に二作品しかないのが残念ですが、『人情紙風船』も名作なのでおすすめです。
『河内山宗春』は他二作品に比べ、戦前の公開当時から微妙な評価ですが、前半は僕のお気に入りで、山中タッチというべき洒脱なコメディが面白いです。
お時間があれば是非。
Commented by urontei at 2011-11-17 22:18
この作品、大好きです!
とりあげてくれて、嬉しいデス!!
面白い映画に、古いとか新しいとか、関係ありませんよね (^▽^)

で、古くて面白い時代劇ならば、もうひとつおススメがあります。
〔鴛鴦歌合戦(おしどりうたがっせん)〕 という、片岡千恵蔵主演の、なんとミュージカルなのです!

機会があったら、こちらも是非!
Commented by karasmoker at 2011-11-17 23:12
コメントありがとうございます。
 >ponさん
 これからもおっさんとがきんちょの間をゆらゆらしていきたいのでごじゃります。
 
 >井上Luwakさん
 面白い映画を教えていただき、ありがとうございました。テンポや笑いの間が今観てもなんら色あせて見えないというのは、本当に凄いことだと思います。他の作品も観ずにはおれませんね。
 >uronteiさん
 古い時代劇の名作というと、ぼくにとってはまだまだ未開の地でありますので、お薦めいただけるととても嬉しく、ありがたいのであります。ぜひチェックしたいと思います。
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