『この子の七つのお祝いに』 増村保造 1982

増村保造の最後の映画ですが、増村保造的な映画ではないと思いました。
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松竹のかつての作品が新たにDVD化されていて、そのひとつとして推されていたのが本作です。ツタヤで発見するまで増村保造の映画だとは認識しておらず、およよこれはと思い借りてきました。本作は角川映画で、増村が監督を務めた最後の映画です。

 既に亡くなった日本の監督で、誰が一番好きかといわれればまずぼくはこの人の名前を挙げます。『巨人と玩具』に撃たれ、『盲獣』に撃ち抜かれたものです。時間は90分程度の短いものが多いのですが、その中にぎゅぎゅぎゅっと詰め込んで勢いで持って行く力や、イタリアのネオ・リアリスモの監督たちに学んだ独特の画づくりが、他の邦画とは異質な「増村映画」というジャンルを作り出しているようにも思います。などといいつつ、まだぼくは半分も観ていないのですが。

増村保造の演出というのは、現代までのテレビドラマにも大きな影響を与えたのではないでしょうか。大映の監督だった彼は70年代にはドラマの演出も数多く務めていますし、映画の台詞のやりとりなども映画的な間よりもテレビドラマ的なテンポを重視しているように思えるのです。『清作の妻』を観たときにそれを強く感じ、『卍』や『兵隊やくざ』などを観ていてもやはり「間よりもテンポ」という姿勢が強くあるように思いました。その最たる例が1959年の『巨人と玩具』、あれはとてつもなく「早い話」でした。観たことがない人は是非観てみましょう。「うむ、早い」と思うでしょう。作家の阿部和重は『巨人と玩具』をして「史上最速の映画」と言っています。あそこまで早いともうドラマ的やりとりをも超越しているわけですが、監督自身はこの映画の批評が芳しくなかった当時に、「俺は十年早すぎた」と言ったそうです。十年どころではなかったのかもしれません。
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 テレビドラマ的、と書きましたが、物語進行テンポややりとりについては、あるいはハリウッドの昔のスクリューボールコメディに近しいのかもしれません。現代の市民生活を描いたコメディ『最高殊勲夫人』などは、「1958年の日本映画」としてはかなり異質なのではないかと思いますが、いかがでしょう。むしろ洋画的風合いさえ香ってきます。
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 洋画的風合い、ということで言うなら、彼以上にいわゆる「モダン」な雰囲気をもたらす邦画監督をぼくは知りません。いびつな空間を描き出した『盲獣』の場面設計にせよ、『でんきくらげ』『しびれくらげ』における渥美マリの振る舞いにせよ、ああ、モダンであるなあ、と感じ入ります。
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 彼が描き出したものは、日本映画やテレビドラマを前進させたのではないかと思うのです。50年代から既にいくつもの映画を監督していた彼が70年代のテレビドラマで演出を務めたというのも、映画産業が斜陽化し、テレビドラマが人々を魅了するようになったことと関係があるように思うのです。モダンな雰囲気を持ち、他の監督にはないテンポで話を進められる増村はドラマというメディアと非常に相性がよかったわけで、やはり彼はどんどん先へ先へ行こうとしていたのでしょう。東宝のような大作映画や東映のようなシリーズ映画とはまったく別の路線で、彼は日本の映画、ドラマを引っ張り続けていたのではないでしょうか。
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さて、前置きが長くなりましたが『この子の七つのお祝いに』。
 タイトルからは内容が読めず、パッケージからするとホラーテイストかと思いきや、むしろまじめなサスペンス路線でした。殺人事件が起こり、新聞記者がその犯人、真相を突き止めようと走り回るお話です。

 長々と増村保造の話を述べましたが、1970年代までの増村映画のような魅力があるかと言われれば、その点は減じておりました。60年代までのパワフルさは映画にはなかったし、「時代が増村に追いついてしまった」感というのはあったように思います。当時には既に同じ角川映画で、カットスピードが早く外連味のある市川崑の金田一シリーズがあったし、一方では大林宣彦のような「変な映画」を撮る人も出てきていた。ATGでも長谷川和彦の『青春の殺人者』みたいな破壊力のあるものがどんと出てきた。増村はそこにきて、むしろまじめで見やすいサスペンス映画を撮っていたのでした。これを増村保造の映画だと知らなければ、おそらくまったく気づかずにいたでしょう。

さて、ここからはわりと内容に踏みいりますゆえ、そのおつもりで。
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 冒頭は岸田今日子と娘の貧しい生活に幕を開けます。岸田は別れた夫に捨てられた恨みから、娘に「大きくなったら父親に復讐せよ」と言い聞かせます。

 そして、まあ舞台は変わり、殺人事件だのなんだのがいろいろと起こりまして、調査だ調査だとなるのですが、このあたりの展開がねえ、ぼくは個人的には面白みを覚えないところではありました。
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 というか、ぼくは基本的に、ひとつの事件の真相を追いかけるタイプの話が退屈になってしまうのです。小説などでも、事件が起きて捜査をして、でもそれがなかなか進まないとか、そういうのが出てくると投げ出したくなるのです。本作は最初の方にかましもあるんですけど、そこからがわりと普通のドラマみたいで、白熱するテンポもない。
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 岩下志麻が出てくるんですけど、彼女がキーパーソンなのはそのネームバリューからも丸わかりで話がじれったい。もう岩下志麻が絶対怪しいってわかっちゃうわけです。でも、話はなかなかそこにたどりつかず、後々になってから、「えっ、あの人が!」的になってしまうので、うわあこれは観ている方は追い越しちゃうよ、と思うのです。この映画は増村映画としては長尺で1時間50分以上あるのですが、うむ、長かった。
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 じゃあその背景がたとえば『砂の器』みたいな風に広がるのかというとそこまででもなく、「岸田今日子力」と「岩下志麻力」でなんとかしているきらいが強い。中盤で杉浦直樹が殺されてしまうのですが、こっちはこっちで「杉浦直樹」力がそんなに強くないという。子役はかわいらしいですが、演技自体は「お母さん」を連呼するだけで工夫がない。増村保造はこのテンポで人物の背景や立体像を描いてきた人じゃないんです、おそらく。この映画はそれこそ『砂の器』の野村芳太郎監督とかの系列だと思うんです。

お話の真相自体はというと、ふむ、まあ、岩下志麻は可哀想ではあるけれども、というかですねえ。おかしな母親に刷り込みをうけると実に辛い生き方を強いられるなあと思いますが、そこにもうちょっと力点を置いてもいいんじゃないかなあこの話。占い師のどうたらとかはどうでもいいっちゃどうでもいい。
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 岩下志麻のあの役の過去というのは、確かに辛いものがあるんです。自分の母親に刷り込まれたことを実行した=自分の人生を犠牲にしてでも業を背負った、にもかかわらず、岸田今日子は自分の実の母親ではなく、むしろ自分の人生をその最初で狂わせてしまった人間だった。話としては、未見で未読で恐縮ですが、最近の『八日目の蝉』などよりも遙かに辛い、自分が信じてきたものが完全に粉々になってしまうという恐ろしい話なんです。
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 ただ、それを「実はそういう真相だったのだ!」で推そうとするくらいだったら、端からそれなりに提示しておいたほうがよかったんじゃないですかね。もしくはもっともっとそこに熱量を込めなくちゃいけなかった。調査したりなんなりってことに時間を割くよりも、『砂の器』的な過去の悲劇にもっと力点を置くほうが絶対に映画のパワーとしては強くなったと思うんです。そのほうが岩下志麻の怪演により悲劇性がこもったと思うんです。途中まで、単に彼女は刷り込みの業にとりつかれていただけに見えますからね。そこについては、観客の知識が登場人物の認識を追い越してもいいと思うんです。

 で、これはあくまで物語的効果の話ですが、岩下志麻にあの父親を殺させたほうがいいんじゃないか。そのうえで真相がわかれば、これはもっとえげつなく悲劇性のある話になった。業に翻弄される人間としての像がよりくっきりとした。

 そういった点で、増村映画の弱点が浮き出る映画でもありました。勢いがないときの彼の作品は、物語的な強度それ自体が弱々しくなってしまうことがあります。『痴人の愛』『卍』あたりでその辺が色濃く出ていた。彼の大きな業績を抜きにしてこの映画単体に感じたのは以上のようなことであります。
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by karasmoker | 2011-11-30 22:00 | 邦画 | Comments(3)
Commented by 日向子 at 2012-04-06 02:02 x
きゃー!この映画、大昔に劇場で観たんですが、増村作品だったんですね…若過ぎて、増村監督のことすら当時は知りませんでしたが、激しく駄作だった記憶があるので、これが彼の遺作とはちょっとショックでした…何と言っても岩下志麻(好きな女優さんなんですけど)が、セーラー服来た写真が出た段階で劇場中が爆笑してしまって、その段階で明らかに失敗作だなと実感せざるを得ませんでした。この記事で少しだけ触れられている、『砂の器』に関する記事を書いたので、TBさせていただきますね…
Commented by 日向子 at 2012-04-06 22:33 x
karasmokerさんの記事に全くTBできなくなってしまいました。ひょっとして私、拒否リストに載せられちゃったのでしょうか(涙)?TBできないので、砂の器の記事はURLに記しておきますので、ご興味がありましたらお読みください。
Commented by karasmoker at 2012-04-06 23:41
 コメントありがとうございます。
 拒否などはしておりませんのでご安心ください。TBができない理由はぼくにはよくわかりません。普段からTBを頂くことが稀であり、ほとんど関知していないのです(私見ですが、SNSの普及やリンクのペーストが一般化しているため、トラックバックという機能自体が意味をなさなくなっているようにも思っています)。

 映画については、本作にせよ『砂の器』にせよ、血縁と業をめぐるお話として、現代の映画にはない要素を持っているなあと思います。共同体が軽くなり、一方でコミュニケーションやら関係性やらを重視する時代にあっては、もはやこの種の話が人々の認識を揺らすことが少なくなったのかも知れないなあと思います。
 またのコメントをお待ちしております。
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