『震える舌』 野村芳太郎 1980

観ていてうんざりするのが正しい見方。
d0151584_044453.jpg


松竹のDVD発売で、トラウマ映画の名作としてイチ押しとなっている作品です。宇多丸さんが「怖くていまだに観られない」とまで言っていて、ネットでも怖いど怖いどと名高くて、どんなもんじゃーいと思って、『震える舌』。

渡瀬恒彦、十朱幸代が主演で、お話はというと彼ら夫婦の娘が破傷風にかかってしまう様子を描いたものです。原作は作家の三木卓という人が書いていて、彼の実体験がベースになっているそうです。
d0151584_045065.jpg

 序盤を除きほぼ全編が病院の中で進行し、なおかつ娘への光刺激を防ぐためにと真っ暗な病室の中がメインの場所になるので、とてもとても狭苦しく、閉塞した感じがずうっと漂っています。意識をなくした娘の病状の悪化、治療、回復が断続的に繰り返され、夫婦が看病疲れしていく様が描かれるばかりの映画です。
d0151584_0451478.jpg

 怖いど怖いどというのを聞いていたので、心構えができており、そこまで震えるようなことはなかったのですが、確かにこれを子供の頃に覚悟もなく観たなら、ああ、トラウマになるのかもしれぬなあというインパクトは随所にありました。

 トラウマ映画、という概念が町山さんの本で広まって、いろんな人が自分の観た作品を語ったりしているようですが、ぼくはというと実はあまりそういうのがないんです。唯一あるのがすんごいぼんやりした記憶で、もしかしたら前回取り上げた『この子の七つのお祝いに』のものだったかもしれませんが、どうも違うような気もするのであり、いまだに確証がありません。トラウマというほどでもないし。

 トラウマ映画があるのは羨ましいなと思います。子供の頃に、映画というメディアに対する畏怖の念みたいなもんをインストールされるわけですから、そういうのがある人はいいなあと感じます。映画じゃないのならあるんですけどね、今ふと思い出したのがテレビアニメ『21エモン』の「ゼロ次元の恐怖」という回です。お年寄りが「社会における役立たず」として処理され、何もない空間に吸い込まれていくシーンがトラウマです。あと、本なのですが、講談社KK文庫の『学校の怪談』が怖くて読めなかった。話うんぬんよりも、挿絵がものすごく不気味だったんです。漫画とかでも思い出していけばありますね。『コミックボンボン』が好きだったのですが、あれのデラックス号に掲載されていた怪談漫画とかが怖かった。ふむ、ふむ、でも、映画は思い出せないなあ。悔しいなあ。
d0151584_0453132.jpg

 戻ります。
 この映画の怖さのひとつは、娘の描き方とあの子役の雰囲気でもあるのですね。
 若命真裕子という子役なのですが、この子が可愛くない。いわゆるひとつの「可愛い小さな女の子」というのではないんです。存在として大変に弱々しい。この映画の脚本が面白いのは(原作は知りません)、序盤からすぐにこの子を病気にかからせてしまうところですね。健康体だった少女が罹患する、というのではなく、もう最初の段階からおかしくなっている。だから観ている側には、この子を愛する時間を与えられないんです。この子の幸福な瞬間を見ていないし、笑顔を観ていない。ああ、可愛い子供であるなあという風に思えない。だから、難病の話なのに、哀れさとか幼気さとか切なさとかは前に出てこなくて、「恐怖」が植え付けられるのです。ゼロ年代には難病ものや余命ものが日本映画で流行したりしましたが、あれは元気だった彼や彼女が病気に陥って、哀れや哀れ、ああ生きることの感動ぞ、というつくりですが、これはそうじゃない。生きていることの感動とかそんなのはない。ただ、うわあ、えらいことになった、怖いなあと観客は傍観し続けるしかないのです。
d0151584_0454510.jpg

 そう、この映画にはいわば、「傍観させられることの恐怖」があるのです。
 映画においては多くの場合、主人公をはじめとした登場人物に感情移入をして観ていく構成が取られます。ベッドでのたうつ少女を救う話、というのならいわずもがな、あの『エクソシスト』がありますが、あれだって悪魔払いを頑張るカラス神父に移入できる。

 この映画はどうか。
 確かに夫婦に移入することはできる。でも、彼らはカラス神父と違って、何もできない。ただ発作が起こらぬようにと見守ることしかできない。なおかつ、この映画の場合はこの娘を可愛く思えるような構成は取られておらず、ゆえに夫婦と一緒になって娘を心配する気持ちになりづらい。いや、実際に子供を持つ親の立場になれば別なのかもしれませんが、少なくともぼくには、なんとか助かってくれ、元気になってくれと励ます気持ちでこの映画を観ることができなかった。ただ、傍観させられ続けた。
 
d0151584_0462659.jpg

 悪いニュアンスで言っていると思うならそれは誤解です。むしろ、この映画は、所詮傍観者に過ぎない観客に対して、積極的に傍観的立場を強いるつくりを取っている。ゆえに、観客にはひときわの無力感がもたらされ、あの狭く暗い病室の雰囲気と相まって、疲弊感を与えるのです。そしてその疲弊感によって観客は夫婦の疲弊感とシンクロし、いつの間にか映画の中に取り込まれてしまうのです。ぼくたちは傍観するしかない。そのことを二重でたたき込まれ、恐怖する。この映画の享受の仕方は、他の映画ではあまりできないことです。 
d0151584_0465623.jpg

劇中ほとんど寝たきりの娘ですが、ちょっとした刺激で発作を起こしてしまいます。そのとき舌を噛んで口が血まみれになる。こういうシーンも身体への言及として演出効果をもたらしています。それでいて、彼女とは一切意思の疎通が図れない。観客は彼女を愛せない。可哀想と思えない。ただ、怖く映ってくる。『エクソシスト』はまだいい。あの映画はオカルト的な部分が非現実性を与えてくれるから、まだ映画的な出来事として処理できる。でも、この映画にはそれすらない。

役者でいうと、主演の二人はもちろん、中野良子という女優の小児科医がいいですね。 めちゃくちゃお上品なのです。差し障りがありそうな言い方ですが、「皇族じゃないか」と思うくらいにお上品です。現代においてはほとんどリアリティを持たないくらいのお上品さですから、そこも必見であります。疲弊していく夫婦の姿と対比される冷静さによって、より夫婦の困憊ぶりが引き立つわけです。

 結末について述べますぞ。知りたくない人はそろそろ去ってくれろ。
d0151584_0471088.jpg


 最後はまあね、ちゃんと回復しなきゃまあ救いがなさすぎますものね。これでもし死んで終わっていたらもう、トラウマ映画過ぎて復刻されないかもしれませんものね。落ち着くべきところに落ち着いてよかったなあ、です。回復したときにも、ぼくは「ああ、よくぞ回復した、よかったよかった」というより、「やっとこれで終わってくれるのだなあ」という安堵のほうが強かったですね。あの疲労感はもういやだよ、と思わせるだけの中盤があります。ただ、渡瀬恒彦がジュースを買って突っ走るシーンはほろっときました。転んで缶ジュースが転げてしまうのを必死で拾うシーンなんかは、なんというかね、これは子供を持つお父さんならば泣いてしまうのではないですかね。

 中盤はもう繰り返し繰り返しですからね。そのたびに悪くなるし。だから物語としての抑揚はないんです。音楽で言うと、いやなリズムが繰り返されて、ショック音が時々鳴ってびびらされるから、おいおい、もうなんとかしてくれよ、というばかりの気持ちになるのです。だからこの映画の成り立たせ方というのは、かなり特殊だと思います。人によっては、もしかしたら、「ずうっと病院の中で闘病と看病の様子が描かれるだけで退屈だ」と思うかもしれない。でも、それがこの映画なのです。うんざりしてなんぼ、なのです。これをエンターテインメント的に仕立てると、この味は出ない。観て、途中でうんざりすることこそ、この映画の正しい見方といえるのではないでしょうか。


[PR]
by karasmoker | 2011-12-02 01:00 | 邦画 | Comments(9)
Commented by ミノワ at 2011-12-02 09:54 x
子供の頃に1度だけ見て、なんか怖かったなあ…という印象だけしか残っていないので、見なおそうと思って買いましたよー。うんざりしながら見ようと思います(笑 たのしみだなあ。
Commented by karasmoker at 2011-12-02 23:05
 コメントありがとうございます。
 うんざりするということは、助かってくれという思いの反面で、「もうとにかくこの状況を終わりにしてくれ」という願いでもあり、ゆえに十朱幸代は劇中、ある台詞を吐きます。母親としてはきわめて危険な台詞ですが、いかにこの映画が「うんざり映画」であるかの一端を示しているのであります。
Commented by pon at 2011-12-03 11:29 x
こんにちわ。これトラウマ映画の筆頭ですね。封印中です。どうしよう?
ぢつは、管理人さんの記事を読んで過去に「グロテスク」(Grotesque Blu-ray)を見たのですが、封印中です(笑)。なので迷ってしまいますね。ところで「グロテスク」の責任というわけでは無いのですが、「The Human Centipede1&2」が届いてしまいました。どうして注文してしまったのか、わかりません(笑)。よって躊躇しています。なので管理人さん、ためしてもらえませんか?よろしくお願いします。
Commented by karasmoker at 2011-12-03 13:18
 コメントありがとうございます。
 『ムカデ人間』ですね。でもあのDVDは日本語字幕付きのものがまだ発売されていないようで(アマゾンでの発売は2月3日です)、輸入盤しかないように認識しているのですが、違うのでしょうか。
 ぼくは日本語字幕がないと十分に内容が理解できないので、そうなると結構先になってしまうと思います。それでよろしければ、というところなのです。
Commented by pon at 2011-12-03 20:25 x
こんにちわ。ムカデ人間の1の方は、とっくにレンタルされてると思ってました。ごめんなさい。アマゾン(usかuk)で、よくBDを買うので。(買い過ぎ防止のためDVDには手を出さないようにしています。DVDのみの名作が、恐ろしい数あるので。)ツタヤの新作レンタルの延滞料金を考えると、さほど変わりがないのです(まとめて買えば平均1000円ぐらい?)。という理由で目についたら買ってしまうので、まだ開けてもいないタイトルが300位あり、益々増える傾向にあります。なので、いつのまにか見ないうちに日本語吹き替え版が出ていたりして(笑)。なので管理人さんが見れるまでのんびり待ってますので、よろしくです。
Commented by karasmoker at 2011-12-03 23:33
いずれにせよ発売したら観ておこうとは思っているので、来年の二月、三月には観るでしょう。実はあまり期待していないというか、ほめられ方から察するに『グロテスク』ほどじゃねえだろうな、という印象があります。

 ぼくもレンタル→コピーのDVDをメインとして未見作が二十枚近くたまっていますが、三百枚とは驚きです。入手したときはすぐにでも観たろうと思うのに、ずるずる観ずにおいてしまったりするものですね。
 またのコメントをお待ちしております。
Commented by ゆうき at 2012-08-15 02:02 x
ただの傍観者を強いられる。
まさにそれです。
「チョコパン食べたい」にはうるっときてしまいました。
これだけの目にあった幼い子供が開口一番に挙げた食べたいものが好きでもないチョコパンだったっていうのがたまりません。
映画を観ていて思ったのはとにかく登場人物の行動にリアリティがある!っていうことです。
そしてもちろん映画的なリアリティのなさも残している。
好きな映画の上位にランクインしました。
Commented by karasmoker at 2012-08-16 21:49
 コメントありがとうございます。
 よい映画ですが、こちらのコンディションがだいぶいいときでないと観られない類のものであるなあと思いますね。
Commented by HIROM at 2015-09-26 03:38 x
私は魂が震える思いで鑑賞しました。心電図が止まる、もう命の灯が消えてしまうと思われたら鼓動が復活するシーンには涙が・・・。全編、音楽の使い方がとてもうまかったですね。あの小さな女の子の持っている命がいかほどに重いものか、暗い道を抜けて迎える朝がどれほどありがたいものか、医学の勝利を高らかに謳った名画と思えました。
←menu