『赤ちゃん泥棒』 ジョエル・コーエン 1987

コーエン兄弟の映画はなんだか語りにくいのです。
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原題『Raising Arizona』
 コーエン兄弟の映画は『ノーカントリー』を最後に、以降の新作を観ていないといううつけ者のぼくですが、これまで観たので言うと『ブラッドシンプル』『ミラーズ・クロッシング』『ファーゴ』『ビッグ・リボウスキ』『オーブラザー!』『ノーカントリー』といったようなところで、『ファーゴ』がいちばん好きです。

 個人的には、どうもコーエン兄弟の映画というのは、読みにくいところがあるというか、DVDや新作を観てもなぜだかどうも食指が動かない。これは何なのだろう、というと、ひとつにはぼくの無知なところが大きいようにも思いますね。

「絵画は見るものではなく、読むものである」という言説がありますが、それを初めて聴いたときにふうむ、なるほどと感じ入った記憶があります。つまり、絵画を見て、表面的な色遣いがどうの、筆遣いがどうのということを見るだけでは不十分であるということで、その画が描かれた時代の背景や筆者がそれを書いた動機などを含みこんで鑑賞するものなのだ、という態度です。

 考えてみるに、それこそが大人の鑑賞者が取るべき態度であろう、と思うのですね。映画についてもそうで、やれあれが面白い、これが格好いいというだけでは、子供となんら変わらない。むしろ子供のほうが難癖をつけず、つまらなければ放り出して終いにする分たちがよい。やっぱり映画にせよ何にせよ、それを観て何かを考えたり、映画の奥にあるものを見いだしたりしなければ、たくさん観る意味がないわけです。この辺のことを最近強く感じています。

 そういったところを踏まえたときに、どうも今までのぼくは、コーエン兄弟の映画から何を見いだせばよいのか、わからずに来たところがあります。『赤ちゃん泥棒』もそのひとつで、何を読み取ったらいいものやらと立ち止まってしまう。これはぼくの無知、無教養の表明であります。
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 さて、やっとこさ映画の話に入るのですが、『赤ちゃん泥棒』はニコラス・ケイジとホリー・ハンター夫妻が乳児をさらってきてしまい、どたばたが繰り広げられるというお話です。
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ところで、人はなぜ子供を産むのでしょう。ということを考えたときに、ひとつには、人が未来を望むものだから、というのがあるのでしょう。大人になって、自分自身の人生を考え、安定した生活はあるにせよこの先めざましい成長はない、という風に思ったとき、人は子をなし、その成長を支える側に回ることで、未来への希望をつなぎたいと願うんじゃないっすかね、わかんないっすけど(急に投げやり)。発展途上国のほうが人口が増えていて、先進国のほうが少子化している、というのは何でなんだろうと考えるに、そりゃあ労働力確保の問題とかもあるんでしょうけど、発展途上国のほうが娯楽も少ないし、環境や境遇上この先の自分の人生が大きく変わるという可能性を信じにくいところもあって、子供の成長を自分の人生の楽しみに置き換えるっていうのが強いんじゃないかなあ。先進国は娯楽要素も多いし、自分の可処分時間を自分の人生の充実に使いたい、そしてまた使えてしまうっていう要因があるんじゃないでしょうか。
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 この映画の夫妻はアリゾナの荒野の中のトレーラーハウスに暮らしているんですね。で、ニコラス・ケイジは何度も刑務所に服役していた過去のある男なんです。そうなると、現実の世界で出世したりなんなりで、自分の人生を今後輝かせるのが難しいってのがある。そうなったとき、妻が切実に子供をほしがるのも頷けます。子供がほしいと強く願うことは、「自分の人生はこれくらいのものであろう」という諦念と繋がっているんじゃないでしょうか。だってあのトレーラーハウスでただ年を取っていったって、何もないと思いますもの。
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 それでその後、服役中の知り合いが尋ねてきて引っかき回すなどして、映画は進んでいきます。ドタバタコメディ的に、どんがらがっしゃんなシーンも用意されています。ここを楽しむのがこの映画のよい見方でしょうが、ぼくはちょっともたつきを覚えました。もうそれはわかっているよ、というのを押してくるところがありました。

 たとえばケイジの知り合いの二人組が、彼の家からベイビーをさらってしまう。で、強盗などをして逃げていくんですが、その途中でベイビーを置き去りにしてしまうんです。で、「しまった! えらいことだ! わーわー」になるシーンがあるんですけど、ここなんかもね、もうわかってしまうんです、途中で。それなのにその後、ちょっとばたばたしたりする。彼らが銀行強盗をする場面なんかでも、掛け合いが面白かったりするんです。でも、どかんと来ないというか、何でしょう、M-1で審査員の平均点が80点くらいの漫才を観ている感じというか、ちょいちょいええボケあるのになあ、もうちょっとそこでたたみかけるもんがほしいわあ、テンポ上げたらええのになあ、というのがありました。まあ、これはコメディに対する感じた方が人それぞれあるのかもしれないですけど。
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 25年前のものだから無理もない、とも思うんですが、中にはそれこそ50年以上前のコメディでも十分笑えるものもありますもんで、じゃあその差は何かというとこれはテンポとの相性だろうと思います。50年以上前のスクリューボールコメディって、ぼくには心地いいテンポだったりする。この辺はまだまだ語れる言葉が多くないので、これ以上の話はやめておきますけれど。

 コメディで行くのか何なのかもうひとつ読みにくい部分があったのですね。『マッドマックス』みたいな人が出てくるんですけど、この人がどういうことなのか、よくわからない。何かの寓意なのでしょうか。映画全体を通して、赤ちゃんをめっちゃ愛してるわあ、赤ちゃんがめっちゃ可愛いわあ、というのが乏しいのです。いや、可愛すぎて仕方ないわ!みたいな場面はあるにはあるけれど、その後は特に前面には出されない。そのこと自体は悪くないというか、むしろぼくには心地よくて、赤ちゃんをあくまでも愛玩の記号にして、それに振り回される大人たちのコメディというのでいいと思った。
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 なのに、あのマッドマックスおじさんが子供をさらおうとするのに対して、変にマジになってぶつかったりするんです。あのおじさんにマジでぶつかるのなら、対話がほしいなと思ったんです。「子供をもとの親のところに連れて行くんだ! それはさらった子供だぞ!」と言われてひるむとかすれば(別の人物とのそういうやりとりはあったけれど何も発展しません)、あの夫妻の哀しい像がもう一層明確にできたんじゃないかと思うんです。せっかくのマッドマックスおじさんは、ただのモンスターになっちゃった。
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 エンディングもよくわからなかった。変にしっとりさせていました。子供の誘拐という、ともすればナイーブな話なので、「コメディ一辺倒で行くのはどうかね」というのがあったのでしょうか。あのエンディングはコーエン兄弟が「これで行くぞ!」と本気で思ったものなのでしょうかね。映画制作者よりも健全で真面目な上位意志が映画に働いたような感じがしたのです。妙に感傷的というか、コメディタッチ、マッドマックスおじさんタッチとは合わないように思った。
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全体を眺めたときに、はて、これはどうしたいのだろう、これはどういうテンポで行きたいのだろう、というのが読みにくい映画でありました。何を書きたいのか定まらないまま書き続けてしまいました。コーエン兄弟はなかなかぼくには難しい、というのが今回の感想です。
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by karasmoker | 2012-01-16 22:00 | 洋画 | Comments(4)
Commented by ミノワ at 2012-01-17 17:03 x
わたしもコーエン兄弟は、好きな監督ではありますがなかなか感想を持ちづらいです。「ファーゴ」なんかはそれでも、『恐ろしいものを見せてやる感』があるように思うんですが、「赤ちゃん泥棒」は、おっしゃるとおり、全体的にどういうふうにしたいのかわかんなかったですね。コメディ映画でラストがしんみりしっとり、ってけっこうあるように思うんですが、けっこうあるわりになかなか難しいなあと…。
Commented by karasmoker at 2012-01-17 20:17
 コメントありがとうございます。
 コーエン兄弟作品独特の手触りというのは確かにあるのですが、どんな感触なのか問われると言葉に迷う、という。人に魅力を説明してみよ、と言われても難しい。と言いつつ、まだ未見の作品は多いぼくなので、今後もちょいちょいとチェックして言葉を探っていこうと思います。
 またのコメントをお待ちしております。
Commented by 日向子 at 2012-04-02 02:01 x
はじめまして。「人はなぜ子供を産むのでしょう。ということを考えたときに、ひとつには、人が未来を望むものだから、というのがあるのでしょう」という部分、すごく共感できました。まさしくこの映画のテーマの一つだと思います。私は子供がいないからか、そうした部分には気づけませんでした(涙)。でも、私なりの感想を書いてみたので、宜しかったらURLをたどってお読みください。
Commented by karasmoker at 2012-04-03 01:55
 コメントありがとうございます。
 ぼくも子供はいないし、それ以前に相手がいないし、子供が欲しいと思ったこともありませんが、要は「成長を託したい」ということなのでしょう。などと言い切ることはできませんが、まあ、一要素としては間違いなくあるはずです。
 ブログのプロフィールを拝見しまするに、大変映画に造詣の深い方とお見受けいたします。ご反応いただけて嬉しく思います。
 またのコメントをお待ちしております。
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