『4分間のピアニスト』 クリス・クラウス 2007

月並みですが、芸術の力ってものを感じました。
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 振り返ってみるにぼくは「師弟もの」感度が高くない人間です。お師匠と弟子の特訓とか因縁とかって、あんまりぐっとくる主題じゃないんですね。カンフー映画感度も高くないし。強いて挙げればゲームの『MGS3』でしょうか。でもあれも「師弟もの」というくくり方は違う気もするし、何か熱いのがあったら教えてくらはい。

 さて、そんなぼくですが、『4分間のピアニスト』はよかったですね。これはいいんじゃないでしょうか。ピアノ教師のおばあさんと、ピアノの才能を持つ囚人の女の子の話なのですが、結構感じ入るものがありました。
 
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 当ブログではドイツ映画は数えるほどしか取り上げていなくて、ドイツ映画感度は低い人間です。そしてピアノ、クラシックの類となるとこれはもうわからんちんもいいところで、「クラシックの曲」というお題で山手線ゲームをやらされたら二周目でアウトになります(それはいったい何人でやっているのか)。そしておばあさんと女の子の話と言われてもこれまたあんまり興味を引かれるものでもないんですが、この映画はそうしたぼくの死角をびびっと突いてきた感があります。
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囚人の女の子はハンナー・ヘルツシュプルングという人が演じているのですが、これははまり役でした。ものすごくいい感じのズベ公ぶりでした。可愛すぎず、凶暴さと野卑さがあって、それでいて演奏シーンの表情はめちゃ格好いい。同じ監獄もので、『リップスティック』というフジテレビのドラマがあったのですが、あれの広末っぽい感じもありました。顔はぜんぜん似ていないんですけど、声がちょっと似ています。あのドラマにおける広末と重なってこれまた高ポイントです。
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 ピアノ教師のおばあさんは役名がトラウデ・クリューガーといって、実際にいた人だそうです。演じたのはモニカ・ブライプトロイという人で、おじいさんにも見えます。このよぼよぼのおばあさんがズベ公をあやしていく関係が、なんともどうもいい感じだったんです。

 人間関係とか来歴とかは、結構曖昧に残されているところがあるんですね。で、冷たく投げ出されているところもあって、その辺のぼんやりした感じは非アメリカ映画的でもあって、これはこれで味わいなのですね。たとえばあの看守のおっさんがそうなんです。看守のおっさんは序盤でヘルツシュプルングに暴行を受けて、それ以後彼女を憎んだりもするんですけど、このおっさんの造型が面白いんです。物語的な意味で言えば、主人公の敵対者みたいな位置づけなんですけど、反面、クイズ番組に出演しているシーンがあったり、娘を大事にするような描写があったり、なんかただの悪い奴でもないんですね。かといってそうしたエピソードは物語それ自体には関わっていなくて、この切り取り方は変で面白い。
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 アメリカ映画は良くも悪くも設定に合理的なところがあるから、仮にこれがアメリカだったらあそこで看守の娘は出してこないと思うんです。いや、あの娘は「正式なお辞儀はできるの?」という部分で伏線になるので出すかも知れないけど、仮にアメリカ映画だった場合、もう少しあの親子関係をわかりやすく描き出すと思うんです。でもそれをしない。その分、なんやねん、あのおっさん、と妙に気になるところが出てくる。この曖昧さを残してくるのがなんだか好きですね。観た人はわかると思うんですけど、冷静に考えたら、あのおっさんは後々処罰される可能性があるんですよ、終盤であんなことをすると。でも、それを顧みずにあんなことをしているでしょう? あの辺がねえ、「ちょっと気になるおっさん」なんですねえ。
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おばあさんの過去が随所で挿入されるんですが、説明無く放り込んでくるカットがいくつかあって、ここもいい。うん、最近は気づけばアメリカ映画ばかり観ていたので、非アメリカ映画的なタッチの演出、わかりやすさよりも違和感で攻めてくる演出が新鮮に感じられました。あのおばあさんの過去も曖昧です。でも、心地よい曖昧さでした。そこはそんなに詳しく言わんでええやん、ほのめかす感じでいこうや、と監督が考えたのなら、ぼくにはばっちりはまりました。この映画はおのおのの過去や背景について、たくさん語ってくれなくていい。女の子の過去ももやっとしているでしょう、親父との関係とかね。でも、もやっとしていていいんです。これについては断言する。もやっとしていていい。
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つくづく映画というのは本当に奥が深いなあと思いますね。語ったほうがいいこと、描写したほうがいいことと、そうでないことの垣根って、ものすんごい微妙です。その配合を誤れば冗長になったり食い足りなくなったりするのであって、いい映画はそのバランスを巧みにとり、そうでない映画はいつの間にかしくじっている。要は編集と脚本の問題になるんでしょうけれど、これは奥が深いテーマですよ。深すぎて今のぼくには到底語り得ないです。そこを語れればこのブログももうちょいしゃきっとするのでしょう。はい、精進いたします。
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 ピアノ演奏シーンもよかったですねえ。やっぱり、女の子がクラシックに収まっていかないところがいいじゃないですか。師匠のおばあさんはクラシックが大好きで、「低俗な音楽なんて演奏するな」と言うんですけど、女の子は言うことを聞かない。考えてみれば、あのズベ公がクラシックなんて弾くのはぜんぜん合っていないわけで、大人しくマイ・フェア・レディになったら最悪なんですけど、見事にその方向を回避しています。

 あのー、結構危険というか、取り扱いの難しい内容なんですよ。クラシックが好きで品のいいおばあさんが、囚人でやんちゃな女の子にピアノを教えるとなると、大人しく仕上げて更正するみたいになりかねないわけです。でも、絶対そっちにはいかない映画ですね。権威の中に回収しない。
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 おばあさんの過去として語られるものがそうで、彼女はたぶんにアウトサイダーなんですね。かつてナチスという権力によって友人を殺され、自らは同性愛者であり、最終的にはピアノを演奏させるべくごろつきの力を借りて女の子を脱走させる。正式のお辞儀を要求したり、正統なクラシックを愛したりする反面で、そういういわば普通ではない側面も持っている。この辺の揺らぎがすばらしいのです。

 「人間」というものについて観ながらあれこれ考えさせられる。
 たとえば、こういうものの言い方ってあるじゃないですか。
「元不良が更生して美談みたいに扱われることがたまにあるけど、あれって変だよな。だって、ずっと真面目に生きてきたやつのほうが絶対偉いじゃん」みたいな言い方。
 さて、果たしてそうなのか。
 ずっと真面目に生きてきたやつは人に迷惑を掛けていない点で偉いけれど、別の見方をするなら、ただ周りに流されて唯々諾々と楽な道を歩んだだけじゃないのか。声をあげるべきときにあげることもなく、戦いを避けてきただけじゃないのか。また、不良のほうにだって、そうやって生きていくほかない境遇があったんじゃないのか。真面目に生きられたやつは偶然そうやって安穏と生きる道があったからいいけれど、そうじゃないやつだっていっぱいいるわけで、世の中に牙をむかなくちゃやっていけない事情だってあったんじゃないのか。

 囚人の彼女の過去が部分的にしか語られないので、たとえばそんな風なことも考えてみたりしました。ただ黙々と囚人生活を送っていればよかったのか。彼女はあの場面で、脱走しないほうがよかったのか。おばあさんは彼女を脱走させないほうがよかったのか。あのラストの演奏は、生まれないほうがよかったのか。そうじゃないだろう、と思わせるラストです。

 あのラストはネットにアップされるくらいに圧巻のものでしたね。あれはちょっと予想だにしなかったというか、まさかあんな演奏法があるなんてと度肝を抜かれました。あのパフォーマンスはめちゃ格好いいですね。ああいうのを観ると、月並みもいいところですが、「芸術の力」みたいなものを感じます。あの一瞬が、人生を支えてくれるんじゃないかと思わせますもの。
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 これはびびっと来るもんのあった映画でした。お薦めいたします。
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by karasmoker | 2012-04-15 22:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 軍平 at 2012-04-16 00:48 x
この映画が観たくなりました。
ありがとうございます。
Commented by karasmoker at 2012-04-17 00:52
紹介冥利に尽きます。
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