『ザ・テロリスト』 ウーヴェ・ボル 2009

表層の部分ではなく、彼の思想について考え出すと、ぼくたちは無辜なのかという不安が生まれる。
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ponさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

原題『Rampage』
 このパッケージだとハリウッドアクションっぽく見えてしまうのですが、ぜんぜんそんなのではなく、世間でいうところのいわゆる「パラサイトシングル」が大量無差別殺人を行う話です。歴史上でも、現在の世界でも実際に起こっている出来事の類ですが、それをさらに大規模にしたような内容です。

 ウーヴェ・ボルという監督のことはぜんぜん知りませんでしたが、なんでもゲーム原作の映画化などをしてその出来により大変な不評を買い、かなり嫌われている監督でもあるようです。ただ、この映画についてはそんなに悪くないというか、作品の出来それ自体は十分飽かずに観られるものだったと思いました。時間も90分に満たないし。
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 常識的な感覚で観たら、唾棄すべき類のものだと思います。なにしろまともに自立しようとしない若者が自家製アーマーを着込み、ただただ街の人々を殺しまくるのです。しかも、追い込まれて精神的に錯乱しているようなわけでもなく、俺は自分なりの思想をもってやっているんだぜ的なところが輪を掛けて腹立たしいのでありまして、しかし腹立たしさを覚えさせるということはこの映画がそれなりによくできていた、ということでもあるわけです。
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 ドイツ・カナダ制作ということですが、アメリカの田舎が舞台です。主人公は人生がうまくいかない多くの人間がそうであるように、世間に対して鬱屈を抱えていて、「行動を起こしてやる」みたいなことで大量殺人に走るんですね。まず最初に警察署を爆破したところがミソで、それによって街の治安機能を麻痺させ、やりたい放題に殺しまくるわけなのです。

 あんなうだつのあがらないやつがあんな爆薬をつくれるのか、警官の銃が効かない一方で身軽に動けるあんなアーマーは軍隊でも持っていないんじゃないか、そうした装備一式を取りそろえて銃まで所持するその金をいったいどこから調達したのか、街の中にも銃を所持している人はいるだろうのにあまりにも主人公にやられ放題じゃないか、などといろいろ思うところもあるわけですが、「こいつはどこまでやるつもりなのだ?」と思わせつつ殺人の限りを尽くすので、先が気になるのですね。こいつがむかついてならないのですが、それもまた引っ張りになるわけです。スプラッタ系の猟奇殺人ものだと、まだ一人一人の被害者の残虐描写に時間を割いたり、そのインパクトに頼ったりするわけですが、この映画だとなんとも軽々しく人々が殺されてしまう。その点に、この映画の持つ不快さの鍵があるような気がします。
 
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 殺人鬼なりなんなりが出てくる映画って、変な話、まだ安心できるのはその殺人鬼が「狂っている」あるいは「人格を持たないモンスター化している」からなんですね。でも、この映画の主人公は自分なりの考えを持ってしまっている。それはつまり、人の命をなんとも思わず、むしろ「人口を減らせば長期的に見れば世界のためになるじゃん!」という口実を見つけてしまっているということです。この映画で軽々しく無辜の人々が殺されることと、彼の考えは一致しているわけです。彼は命をなんとも思っていないどころか、むしろ積極的に減らすべきだと考えている。
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 もちろん、そんな思想を受け入れられるわけはない。端的に言って、物事を単純化しすぎた頭の悪いやつです。しかし、現実として、こういう物事を単純化して自分を正義とみなす馬鹿、というのは相当数いるのでしょう。ぼくは彼が虚構的な存在に思えなかったんです。というのも、たとえばぼくと彼の間に、どんな垣根があるのか?
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 おいおい、穏やかじゃないぞ。

 いやいや、違うのです。ただ、こう考えてみましょう。
 彼は顕在的大量殺人者ですが、じゃあぼくたちは果たして、まったくの無辜と言えるのか?
たとえば、タイムリーな話題で恐縮ですが、生活保護受給の問題でいえば、仮に受給要件が厳格化されたり、給付水準を引き下げたり、資格のあるはずの人がもらえない事態が発生するなどした場合、その結果として死に至るケースが出た場合、厳格化を推進した人、その方向性に賛同した人は、果たして無辜なのか? そのとききっと、そんな人は現場に責任を押しつけるという行動に出るでしょう。自分は悪くない、自分は国や地方の財政を健全化させる必要があると思って賛成しただけだうんぬんと言うでしょう。さて、本当に無辜なのか? いや、もしかすると、「自分には責任がないと言えるくらいに間接的な形で」人の死に関わっているんじゃないか?

言い出せばいくらでもきりのない話です。どんな戦争であれ、その戦争を支持した人々は、他人の死に対して何の責任もないのか? 戦争が始まれば兵士は死ぬ可能性が十分にあるし、その戦場となる場所の一般市民にもまず間違いなく犠牲者が出る。戦争が何なのかわかっていればそれは当然織り込み済みのはずで、そのうえで戦争を支持することは、殺人への関与ではないのか?
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 もちろん、支持した市民が法的に裁かれることはない。あってはならない。自衛のための戦争というものだってあるし、相手を殺さなければ自分が殺される局面というものも考えられる。一概に言える話じゃない。ただ、一概に言えないからこそ、まったくの無辜という立場が取れるのか? という疑念が生まれる。
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 長々と映画から離れて恐縮ですが、彼の思想はまったく現実には存在しない、虚構的なものだとは言い切れない。程度の差こそあれ、自分たちの利のために相手のことなど案じない、という生き方は、たびたび選択されている。そして場合によっては、それが合法であるがゆえに、たちの悪いものなのかもしれない。

 回りくどいようなので、刺激的な文言で短く言ってみるなら、「ぼくたちは皆、潜在的な殺人者じゃないのか?」ということです。たとえばぼくたちが持っている財産を半分でも貧しい人に寄付すれば、その人は死なずに済むかも知れない。ぼくたちが消費を増やせば景気がよくなって、生活保護うんぬんの世知辛い話も吹き飛ぶかも知れない。でも、それはできない。なぜなら、「自分には自分の生活があるし、今後の経済がどうなるかもわからないし、自分の財産を人に譲るなんてできない」からです。つまり、人は自分のことでせいいっぱいなのです。しかしこれは言ってみれば、カルネアデスの板です。自分の命を守るために人を見殺しにしても罪に問われない。自分の生活の満足のために、社会に無関心でいても罪にはならない。そのときぼくは思う。ぼくたちは所詮、浮くための板を必死で守ろうとしているだけじゃないのか? その横で死を迎える者を自分のために見殺しにしている潜在的殺人者じゃないのか?

 こうしたことを考えていくと、「人類のために人口を減らすよ」という彼の究極的な思想を、果たしてどのように否定できるのか? 実はこれは『逆襲のシャア』におけるシャアの思想でもあるんですね。地球の人類は愚かしくも地球を破壊し続けている。制裁が必要だ、という彼の思想に通じているのです。その話をし出すともう収拾がつかないのでやめます。

 表面的に観れば、鬱屈した糞みたいな奴の大量殺人映画、まったく胸くその悪い作品、ということはできる。しかし、その背後にある(たとえ馬鹿げているとしても彼が語る)考えを聞くと、はて、と思い悩んでしまうところがある。これは政治哲学的な領域にも踏み込んでしまいそうな話なんです。虐殺は最悪だ、と言いつつ、国家は戦争を散々繰り返してきたわけです。

 なんだよ、もっと映画の中身についてレビウをしろよ、と思われたらすみません。この前にも述べたとおりに、ぼくは今、映画について、「あのシーンはいいよねー」的話よりも、こういうことを語りたくなるのです(だから休止するのです)。映画なんてのは観れば誰だって感想の一つくらい出るものなんですから、それはあなたが勝手に感じればよいこと。ぼくはそこから映画外に踏み出したくなってしまうのです。

 まあ、そんなところなのです。
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by karasmoker | 2012-05-30 22:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by pon at 2012-05-30 22:54 x
こんにちわ。またまた評価しにくい映画を見てもらってありがとうございました。ほんとにこれは語りにくい映画だと思います。僕はウーヴェ・ボルというダメ監督がなんだか好きなんですよね。何かこれを見たときにうれしかったんですよ。よくこんなまともな映画を撮ってくれたって。実は同時期にPolytechnique 2009という同じテーマでまったく裏表のような映画を見てしまい凄く衝撃をうけてしまったんです。なので実は、これとPolytechnique を対で見て欲しかったのですが、残念ながら日本発売は見送られました。その後この監督の「灼熱の魂」はリリースされましたが。もしも機会があればこの映画と「Polytechnique 」を同列で語っていただけると本当にうれしいんですけど。サイトを休止するようでほんとに残念です。時々旧記事にコメントしてもいいですか?
Commented by karasmoker at 2012-05-30 23:37
 コメントありがとうございます。
 おはなしの映画については、またいつか映画熱が再燃することがあったら、と述べるに留めさせてくださいませ。
 ponさんからはひときわたくさんのコメントをいただきまして、大変ありがたく感じております。
 なので、当面の更新休止は申し訳なくもあるのですが、今はやはり続ける気持ちにならず、(恵比寿マスカッツに一大事がない限りは)しばらくお休みさせてもらいます。ただ、一応500件目くらいまでは続けようとも思っているので、涼しくなった頃合いにでも再開しようかと考えています。
 その間もお読みいただけるのは嬉しいことなのでございます。旧記事は今読み返すと浅く恥ずかしいものも多いわけですが、御指南たまわれれば幸いに存じます。
 またのコメントをお待ちしております。
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