『切腹』 小林正樹 1962

わかろうとすることを諦めずに、しかしわかった気にはならぬように。
d0151584_1575552.jpg

井上luwakさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 リクエストいただいたものは、自分でレンタルしようとは思わなかったであろう作品が多く、大変刺激になります。自分では幅を取って選んでいるつもりでも、やはり無意識に似たようなものを選んだりしてしまうわけで、名前も知らなかったような作品を観られるのは実にありがたいことであります。ゴールデン・ウィークが終わり、今までより若干ペースが落ちてしまうであろうことをお許し願いたいのですが、今後も残りのリクエスト作を取り上げていくのであります。

 本ブログは旧作がメインでありますが、皆様もまた、ほう、そのような映画があるのか、と思ってもらえば幸いでございます。あるいは、観なくてもいいかと思っていたがそんなに言うなら観てやろう、と思われるのも嬉しいことでございます。映画情報と言うと雑誌などはもとより、ツイッターのTLももっぱら新作のことに溢れているのでありましょうから、ぼくは皆様の助言を受けつつ、古い傑作を掘り起こしてゆければと思うのであります。

 さて、『切腹』です。昨年に三池崇史監督によりリメイクされたようですが、例によって観ておりません。三池監督と言えば『十三人の刺客』のリメイクが傑作として記憶に新しいのですが、『切腹』のリメイクは果たしてもとの作品を超えられたのでありましょうか。いやはや、これを超えるのはなかなかに難しいのではと思わされる、すごい作品でありました。主演の仲代達也は生涯の出演作で一番好きだと答えているらしく、ウィキによると小林監督も「自作のうちで最も密度が高い」とおっしゃったそうです。

 仲代達也演ずる浪人が、井伊家の江戸屋敷を訪ねるところから始まります。彼は仕官していた御家が取りつぶしになり、ろくに職にも就けぬので、生き恥晒すよりいっそ武士として潔く切腹したい、しかし武士としての誇りを守りたいし、その辺の名もなき場所で死ぬのも情けないものがあるから、なにとぞ御当家の敷地を貸してほしい、とこんなことを言い出します。
d0151584_85369.jpg

 しかし三國連太郎演ずる家老は、「死ぬ気もないのにそんなことを言って、こっちの同情を買うとかして、金をもらおうとか思ってるやつが結構いるんだよね」というようなことを言い、「そういえばこの前も、そんな風なやつがいたんだよね」と、仲代より前に屋敷に来た、一人の若者の話を始めます。このように、「切腹志願」にやってくる武士というのが、実際の歴史の中でも多発していたそうです。さて、仲代はいかなる思いを持って、この屋敷にやってきたのでありましょうか。
 
d0151584_851781.jpg

 本作の特徴として、展開がどうなるのか読めぬところの面白み、というのが強うございます。ゆえに、未見の方は読む前に観ていただくことを、推奨するものでございます。ここからは観た人向けに語りますね。リクエスト作ということもありますしね。
 
d0151584_852889.jpg

 ここの語り方は抜群にうまい、というか、ぼくは作り手の術中にもろにはまりました。
 もうぼくはこの時点で持って行かれていたのです。くわあ。
d0151584_854039.jpg

仲代が凛としたたたずまいで座し、三國は「よからんやつが多いのよ」と話す。そして、彼の話に登場する石浜明がいるわけですが、ここでぼくは笑ってしまったのです。というのも、ぼくは石浜明演ずる若者=「金目当ての不届きもん」という三國の誘導にまんまと乗せられていたために、石浜が無思慮な道化者のように思え、毅然とした屋敷の武士たちとの態度の落差、あるいは仲代との落差が滑稽で間抜けに思え、彼が腹を切るに至るまでの間、「うわあ、やっちゃったなあこいつはぁ」と、軽々しい気持ちで観ておったのです。「やくざをなめてた若者」みたいに捉えておったのです。そこから、見事にひっくり返されました。おまえこそ思慮が狭い! と仲代達也にしかりつけられた思いであり、はっとしたのでありました。
d0151584_861068.jpg

 仲代が「介錯は誰それにお願いしたい」と言って、あれ? その人いないの? おかしいねえ、となっていく様などは、ミステリ的快楽もあるのですね。そして三國が怒って「やってしまえ!」となって一触即発、それに対して「まあ待て! 話を聞きやがれ!」と仲代。ふうと落ち着いて話し出して回想。緊張と緩和のつくりとしても実に美しい。白州の上で切腹刀を前にして話すこの状況それ自体が緊迫的でもあり、構図、構成がすばらしい。

で、仲代と石浜の過去が語り出されるわけじゃないですか。くわあ、そんな事情があったのか、と思わずにはおられなかったです。ぼくは序盤で、石浜を軽んじて笑っていた。だからこそ、彼の背景を知ったときに、もうこの話をどうしたって見届けずにはおれぬという気持ちになったわけです。
d0151584_862570.jpg

 語りとして非常に秀逸だと思うのは、石浜が切腹したくないと言い出したとき、「一両日待ってくれ、必ず戻ってくるから待ってくれ」と言うところ。あれを観たときぼくは、「びびってしまったのだな。そして戻ってくると言いつつも戻ってこないという魂胆なのだな。なんだか情けなくて可笑しい姿であるな」と、井伊家目線を共有してしまっていた。ところが、仲代はそこを喝破する。「武士が一両日待ってくれと言うからには、何かよほどの理由があってのことだろう、それをくみ取ってやろうともしないとは!」と。
 もうひとつありますね。あの竹光のところです。あれを観てぼくは「端から死ぬ気のないような、半端ものの武士なのだな」と思ってしまった。しかし、実際はぜんぜん違っていた。この伏線と種明かしはミステリ的である一方、普通のミステリでもなかなかお目にかかれない、実に哀しくも含蓄のあるものでありました。
d0151584_863675.jpg

d0151584_864994.jpg

 本作は、うかつにも井伊家目線に立って観ていた者を、殴りつけてくる。こうした映画は最近いくつも観ていて、要は「人にはそれぞれ事情があるんだ」ということで、ぼくはそういう学びを得ていたはずなのに、まんまと井伊家目線に立っていた。ああ、もう、本当にぼくは粗忽者であります。仲代の話だと思い込むあまりに、石浜のことをちゃんと考えていなかったのです。
d0151584_87810.jpg

 ぼくたちは何かにつけて人の人生を評して、ああすればいいのに、こうすればよかったのに、普通に考えたらそんなことあり得ない、普通の感覚ならこうするはずだ、みたいなことを言うけれど、それはやっぱ、遠くから観ている無責任な立場なんですね。この映画では仲代と三國の重々しくも白熱するやりとりが交わされるけれど、仲代の言葉がもう、本当に突き刺さってくる。ぼくたちはついつい、わかった気になる。いや、それを言い出せば今この瞬間のぼくとて同じこと。しかし、「わかった気になってんじゃねえよ」という心得は、常に誰しもに必要なものであろうと、感じ入るのであります。多くのメディアはぼくたちをわかった気にさせる。そして日常の中においてもまた、何かをわかったようにして振る舞う。そのほうが楽だからです。でも、わかってはいないのでしょう。ぼくがわかっている「本当のこと」など、果たして十指に及ぶのでしょうか? そういう風に、認識をぐらつかせます。
d0151584_872999.jpg

そして本作では、潔く誇り高い武士像というものにも強い疑いを投げかけます。こういうことは歴史上、おそらくものすごくたくさんあったんでしょうね。今、偉人だとされているような人だったり偉業とされる出来事であったりしても、本当のところどうなのかわからない。美談とされる出来事もまた、嘘で塗り固められているのかもしれない。特に昔などは、武家が発表したらもうそれは事実として記録されてしまうわけだから、時が過ぎれば歴史の中に消えていくばかりで、「本当のこと」に触れることは永久にできない。
d0151584_872066.jpg

 むろん、本当のことがわからないと言って、何も決められないというのでは歴史も社会も関係も成り立たない。ぼくたちはとりあえずひとつひとつのことに対して、「それが本当のことだ」という認識の印鑑を押すしかない。でも、その多くは結局、「そういうことにする」という認識上の処理にしか過ぎない。そしていつしか、「認識の印鑑」それ自体は誤謬のないものだと思い込む。数々の誤謬に晒されながらも、愚鈍にも。そして気づけば「客観的」などと言いつのる。
 であるとするならばぼくたちが取るべき認識の作法は、「わかろうとすることを諦めずに、しかしわかった気にはならない」という、とても不安定なものなのでありましょう。
d0151584_874168.jpg

『切腹』は物語的な面においても、そこで語られることの語られ方においても、すばらしい作品であると思います。
[PR]
by karasmoker | 2012-05-13 22:00 | 邦画 | Comments(4)
Commented by pon at 2012-05-14 14:02 x
こんにちわ。おもしろそうですねぇ。最近、時代劇の旧作とリメイク作を続けて見るのがマイブームになっています。調べてみたら切腹1962版はBDがあるみたいなので早速注文してみます。「一命」は家にあったので、先にこちらから見る事にします。三池監督は時々肌に合わないので後回しになってました。見てみて面白かったらまた書き込みます。
Commented by karasmoker at 2012-05-14 23:45
 コメントありがとうございます。
 仲代達也と三國連太郎の、「互いを尊ぶような物言いを繰り返しながら、見えない刃でずばずばいってる」感じが、アンチ様を慇懃無礼で追い払うぼくのような者にとっては、大変心地よかったのでありました。
Commented by 井上Luwak at 2012-05-15 02:48 x
レビューありがとうございます。
好評なようでよかったです。会話劇での緊張感たっぷりのやりとりはいいですね。余計なBGMもないので雰囲気もとても良し。
僕も一命は見てないので、またいつかDVDとかで出たら借りてみようかなと思っていますが……まぁこの手のリメイクは大抵オリジナルとの比較で終わってしまう気もします。
リメイクというのも難しいものだと思います。三池監督ぐらい「Move Fast and Break Things」を実行している人もなかなかいなんじゃないかでしょうか。正直あんまり「これいい!」と思った作品はありませんがw 、多作なのも才能のうちなんじゃないかと思います。
Commented by karasmoker at 2012-05-15 21:27
 コメントありがとうございます。
 本作はリメイクを観る必要をあまり感じません。それくらいの傑作だと思いました。ご紹介いただき、感謝しております。無駄にカメラを動かすこともなく、撮るべきやりとりを撮るべき形でばちっと押さえる。それでいて、一言間違えば刃傷沙汰にいたりそうなあの綱渡り。実にすばらしいのでありました。
 またのコメントをお待ちしております。
←menu