『生きるべきか死ぬべきか』 エルンスト・ルビッチ 1942

昔のコメディの上品さ。戦時中にこれがつくれる余裕。
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井上luwakさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 原題『To Be or Not to Be』
 今回で450件目の記事を迎えた当ブログでありますが、今日までにリクエストいただきました作品、今回分を含めた残り4本を持ちまして、一度お休みしようと思います。近頃の記事の傾向でもおわかりの通り、ぼくはここしばらくずっと、映画それ自体について語るよりも、映画から読み取れることを考えたいと思っているのです。つまり、映画以外のことを考えたりする時間をもっと取りたいのです。ここ数ヶ月のぼくの興味はざっくり言えば政治、経済、国際情勢、歴史、哲学、政治哲学、テクノロジー、社会などのほうに向いておりまして、これからもそちらのほうでもっと知識を蓄えたり、考えを深めたりしたく思うのです。ゆえに、あと4本でこのブログは当面お休みします。短くとも9月くらいまでの間は更新しなくなると思います。読者の方には申し訳ないのですが、とりあえず、ご報告までに。
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 さて、『生きるべきか死ぬべきか』です。
第二次世界大戦初頭の頃のお話で、ナチス侵攻を受けたポーランドが舞台のコメディです。こうした種類の映画というのは当世ほとんど観られないものですね。今ではナチスというものが既に散々語り尽くされたか、もしくは映画でも散々に利用され尽くしたようなところがあるし、映画内における悪の組織としてデフォルメされたりしている。一方で、歴史的な評価は極悪の権化として固まっているわけで、あまりライトな描き方もできないし、おそらくされるべきでもない、という状況でしょう。
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 この映画は1942年公開でナチスばりばりの頃ですが、まだ歴史的な評価も定まっていないとあって、風刺的な意味合いが強く残っているものであります。しかし、えらい時代といえばえらい時代ですね。悪逆の限りを尽くすナチスが実在している一方で、「ハイル・ヒトラー」のあの敬礼をギャグっぽく描いている。ルビッチはドイツ出身らしいのですが、どういう目線でこの映画をつくったのか、気になるところです。前にも書いたことですが、戦時中にこういう映画がつくれるアメリカには、そりゃあ勝てないわ、と思わされます。チャップリンの『独裁者』もそうですけど、本当にやばかったらこんな映画はできないでしょうし、こういうものを娯楽映画の中でつくりこんでしまう余裕がすごいです。ヨーロッパと地理的に離れているというのも精神的要因かも知れないけど、それにしても、じゃないですか。
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 冒頭からわかりやすいギャグを入れ込んできますね。掴みとしてもグーなのです。これはコメディだぞ、というのがばっちりわかって、掴みはオーケーです。ナチスの芝居をしている人たちが「ハイル・ヒトラー!(ヒトラー万歳!)」の敬礼を交わすのですが、それがまた機械的で、ヒトラーの芝居をする人は「ハイル・マイセルフ!(自分万歳!)」と返したりする。構造も細部も面白さを蓄えているんですね。
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 で、コメディの常道であるところの「なりすまし」をフルで用いている。で、なりすましものはやっぱり、ばれたらやばい、ということが必須になるわけですが、この映画ではナチスが敵に当たるわけで、なりすましのハラハラ感がいちばんわかりやすく効いてくる。なりすましものとはつまりスパイものですが、チャップリンの『独裁者』とともに、これはその後の映画の、ひとつの教科書になっているんじゃないでしょうか。

考えてみると、ナチス潜入以上のスパイものってのはなかなかつくりがたいところがあるようにも思いますね。スパイ大活躍時代と言えば冷戦下でしょうけれど、あくまで冷戦状態ですし、この時代のナチスほどの迫力はない。そのうえで深刻にも描けるし、あのわかりやすい制服やしるしによって、コメディ的にも用いることができる。ナチスというのは最悪の集団なんですが、一方では映画の実りにおいてきわめて重要で、映画は娯楽メディアとして、ねじくれたもんをもっているなあと思ってしまいます。うん、ナチスやヒトラーという存在は、ちょっとやそっとじゃ語れない側面を持っているんですね。
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今の時代で映画を作るとなると、どうしても規模をそれなりに見せようとしたりなんなりされてしまいますけど、この時代のこういう映画は人々のやりとりだけを簡潔に描きますね。その中でいかに密度を上げるか、という方向になっている。これは映画として美しいと思います。昔のコメディが持つ上品さって、あるよね。と言いたくなります。余計なショットも小ネタみたいなギミックも、しゃらくさいサプライズも過激なブラックジョークもない上品さというのが間違いなくあって、変な話ですが、昔のもののほうがずっと洗練されていると感じることが時として確かにある。1930~40年代をハリウッド黄金期と位置づける人がいるのもわかるような気がします。もちろん、映画はいろいろな要素をその時代に応じて取り入れていくわけで、たとえばANCは古くさくなったハリウッドのスタジオ製映画に反旗を翻して生まれたわけで、その後も特撮やCGなどで映画は百花繚乱の時代を迎えたわけですが、ことコメディにおいては、昔のもののほうが構えずに素直に笑えることが多いのです。
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 そうした流れが映画の中で潰えた、わけでは決してないとは思うんです。それほど観ていないので詳しくは言えないのですが、いわゆるラブコメはまだ昔のコメディの伝統が息づいている部分じゃないかなとは思うのですね。そう考えると、日本ではもっぱらOL層をターゲットにしていると思われる「邦題が十文字以上系」ラブコメなども、もっと評価されてしかるべきものなのかも知れません(ただ、観ていないし、しばらく劇映画を観る気もないので、その辺はあくまでも印象論です)。
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 ああ、また今日も細かい内容について踏み込んだレビウをしなかった。いや、まあ、映画の内容なんてものは観ればわかる話なんで、いちいち文章化する必要もないんじゃないかと、そんな風に思ったりもするのです。ドイツのポーランド侵攻、とかについて話したらいよいよ映画のレビウじゃなくなってしまいますし、映画の外形、古い映画の印象などをだらだら語るより今はないのです。古い映画はどうも、という人は、コメディから観始めるといいのではないでしょうかね。とりあえず、そんなところであります。
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by karasmoker | 2012-05-27 22:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 井上Luwak at 2012-05-27 23:39 x
こんにちは、レビューありがとうございました。
ルビッチ作品いろいろ見ましたが、個人的には『生きるべきか死ぬべきか』が一番でしたね。
小道具の上手さや、ギャグの面白さもそうですけど、ナチスを皮肉るブラックユーモア。
ビリー・ワイルダーの師匠格ですから、その辺の小道具や伏線の使い方が上手ですね。
更新も一時止まってしまいますか。残念です。映画以外の部分の読み取りというのは難しいですね、、、
映画批評というのも芸風みたいのがあって、個人的には蓮實重彦先生のような大御所や、宮台真司氏のような小難しいのより、松本人志氏のような分かりやすい奴のほうが好きだったりします。
まぁ今はやってないので残念ですけどね。自分で映画撮るから止めてしまったらしいですが、別に映画撮りながらでも続けてもいいと思うんですけどね。やりにくいかもしれませんけどw
Commented by karasmoker at 2012-05-28 00:03
 コメントありがとうございます。
 はじめの頃は松本人志のような、好き放題のものを書いていたのですが、そのことに実りを感じなくなったのですね。また、ぼくは映画周辺の情報を仔細に探る町山さん的アプローチにも今は興味がない。それよりも社会状況それ自体に目が向くようになりました。申し訳ありませんが、今はそんな感じなのです。
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