『ガタカ』 アンドリュー・ニコル 1997

以前観たときはわからなかったのですが、今観るとよくわかるんです。
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ヨメンさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

ずっと前に観たときはぜんぜんぴんと来ずにいたのですが、そのときは集中して観ていなかったらしく内容もかなり忘れまくっていて、あらためて観てみればなんとも味わいのある作品でありました。やっぱり、年齢やら知識やらによって、映画の見方というのは変わってくるものなのですね。観る機会を与えていただきありがたく思います。

『ガタカ』のスペルは「Gattaca」で、DNAにおける基本塩基四つの頭文字を組み合わせた造語です。劇中では主人公の勤める会社名を指しています。
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 この映画の世界では遺伝子診断がものすごく発達しており、男女の産み分けや出生前診断は当たり前になっているのですが、イーサン・ホーク演ずる主人公はその種の診断を受けずに生まれており、寿命が30歳前後であろうという過酷な運命を担っています。
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 そうした遺伝子診断は職業選択にも大きな影響を与えております。彼は宇宙開発の会社に勤めているのですが、そこは遺伝子的に、まあ言ってみれば「優等」な人間でない限り、入れない場所なのです。しかしなんとか宇宙に行ってみたいと願う彼はその種のプロにお願いし、優等な遺伝子を持つ人間に接触し、その人になりすまして会社に入るのです。
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 映画自体はアクションがあるわけでもなく、めざましく未来的なガジェットに溢れているわけでもなく、近未来的なオフィスの中が舞台の、まあどちらかといえば地味な作品でしょう。だからSFと聞いて『スターウォーズ』とか『トランスフォーマー』とか、宇宙の戦艦がやってきてどんぱちみたいなのをイメージする人にしてみれば、娯楽性に乏しく映るかも知れません。昔のぼくはそういう風に思ってあまりちゃんと観られていなかったんですね。でも、今のぼくにはこの手の話のほうがずっといい。この映画は宇宙開発時代の話なのに、宇宙のビジョンはほとんど出てこない。星空がせいぜいです。でも、それでいい。それがいいのです。
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 お話としては、主人公が任務として憧れの宇宙に行くまでの間に、彼の身分詐称がばれてしまうのではないか、という「なりすましもの」的どきどきが引っ張りになります。なにしろ髪の毛一本から即座に身分が割れかねない状況なのです。彼は垢が出ないように毎朝体を丹念にこすったり、キーボードの埃をこまめに掃除したりを繰り返し、とにかく気を遣い続けます。ところがそれが至らずに彼の「不適合な」身体の欠片が発見され、さあ、どうなるのか、ということなのです。
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 構造としては、歴史上でもたくさん発生してきたことに近しいです。差別があって、主人公は身分を偽って暮らしていて、でもそれがばれそうになって、というものですから、たとえば黒人奴隷が脱走して市民として暮らそうとしているとか、ユダヤ人がナチスに隠れて暮らしているとか、キリシタンが幕府に隠れてイエスを崇めたりとか、そういう対・差別のなりすましもの。しかしそこに遺伝子や宇宙というわかりやすく未来的な要素を入れてきたことで、スタンダードにして新しい作品になっている。
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 ただ、遺伝子による差別、というのは何も新しいわけではなくて、実を言えば黒人差別ってそういうことですね。黒人としての遺伝子を持つ人を、その形質によって差別しているわけですから。だからこれはきわめて古典的な差別問題を扱っているとも言える一方で、それが今後の社会で何かの形で起こりうるのではないか、という想像もさせてくれます。
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 もちろん、今後の社会で、遺伝子そのものによって社会的な被差別を受けるということはまずないでしょう。しかし、ゲノム研究がさらに進んでいけば、この映画のように出生前診断による産み分けが広がることは十分に予測できる。いや、というか、既に起こっている。「出生前診断」でググればそんな例はいくらも出てきます。これは今後の社会における非常な難題です。胎内の子どもを検査したら高い確率で難病になる、そういう遺伝子を持っているとわかった。さて、生むべきか、中絶するか。これはもう、ちょっとやそっとで語れるテーマじゃないです。ぼくは今のところ、回答を避けるほかありません。

企業にしても、優秀な人材を募りたいと思ったら、その種の検査を取り入れるところが出てくるかも知れない。法的に規制を受ける可能性は高いですが、技術が進んで時代が移り変われば、たとえば健康診断で遺伝子診断の結果を出しなさいと言われることもあるでしょう。そこで「30歳で難病発症率が高い」などということがわかり、それが就職や役職に影響を与えるなんてことも、十分考えられる。NASAが「最も現実的なSF映画」に認定したのもわかります。
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 この映画の優秀は、宇宙開発といういまだ不確定要素の大きすぎる分野については、周到に言及を避けているところです。それはあくまでも背景、遠景としての機能にとどめている。それはあくまでも未来と主人公の希望の象徴とするにとどめ、彼自身の物語に焦点を当てている。いや、ここが宇宙であることもまた肝要なのでしょう。劇中、下半身不随の男が出てきて、主人公は彼と取引をすることで「適正な」身分を手に入れるのですが、主人公が彼に向かって言うのです。「宇宙に行ったら、車いすを使わなくてもいいんだぞ」と。これはこの映画の影を大きくする一言です。地球は重力に縛られている、たくさんの規則や、障害や生まれ持った差別に満ちている。しかし、宇宙はそうじゃない。なるほど、見えました。主人公が宇宙に惹かれた理由にも説得力があるというものです。彼はどうしようもない差別を帳消しにする場所として、宇宙に惹かれていたのかも知れません。この映画における宇宙は、未来を表す背景だけではなかったのですね。

 そうなると、他方、海というものもまた意味をなす。そこには社会的差別はない。遺伝子が何だ、自分のほうが泳げるんだ、という主人公の兄への対抗心。彼にとって、宇宙や海はとても意味のあるものだったわけです。
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 がちゃがちゃした要素がないので、物足りなさを感じる人がいるかもしれません。ほら、映画って、がちゃがちゃした要素に面白みを覚えたりもするものじゃないですか。だからそういうのがほしい人向きではないかも知れないけれど、必要なこと、この映画で表せることを過不足なくやっていると思いました。あの殺人事件はその中でもやや過激すぎる出来事ですが、物語を進めるうえでは意味があるし、おかず機能も担っていたのでしょう。
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 以前にはちゃんと味わい切れていなかった作品でしたが、あらためて観て良さがわかりました。これはリクエストいただいたからこそのことでありまして、ありがたく思います。最後の医者のくだり、ぼかあ、好きですねえ、うむうむ。

 この映画はですね、なんというか、グミとかファンタが好きな子どもには薦めませんが、塩辛いつまみとともにウイスキーを飲む良さがわかるような人には、わかると思います。ええ、お薦めいたします。
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by karasmoker | 2012-05-28 22:00 | 洋画 | Comments(6)
Commented by ヨメン at 2012-05-29 01:59 x
ありがとうございます。

自分は主人公が最後宇宙へ旅立って行ったことがわかりません。
地球は重力に縛られている、たくさんの規則や、障害や生まれ持った差別に満ちている
だからこそ、宇宙に希望をもった。
しかし主人公にはサポートしてくれた友人も、理解し合える彼女もできたし、弟にも勝つことができた。
生まれつきの身体的欠点がありながら情熱と努力で地球上での居場所を獲得することが出来た。
地球にいる限り誰も重力に逆らうことは不可能だけれど、ここで主人公は認められることが出来た。
なら最後は宇宙ではなく地球上で生きてほしかったなぁと思いました。
Commented by karasmoker at 2012-05-29 08:21
コメントありがとうございます。
 確かにそういう脚本でもいけそうですね。
 ただ、子供の頃からの長年の夢ですからねえ。
 身の回りで幸福な関係が結べたからって夢を捨てられるものじゃないですし、その夢のためにさんざん偽装工作をしてきたのだし、自分に置き換えて考えても、「友達や恋人ができたのでもう夢はいいや」とはなれそうにありません。彼の場合は30年くらいの寿命しかないわけですし、地上で生きていくとしたら結局また身分を偽り続けなくちゃいけないのであって、「居場所を獲得した」といっても、彼の正体は身の回りの数人が知ってくれているだけです。「それでいいじゃないか、夢はもういいだろう」と言えるほど、ぼくは彼の夢が小さなものだとは思えません。
Commented by ヨメン at 2012-05-30 22:32 x
小さい夢と思いません、むしろ
宇宙へ行くという夢というのが元々は、一生認められることのない社会から脱け出すために、すがるしかなかった唯一の方法としての希望のように思います。
夢を諦めろというか、夢の実現の途中で彼と同じように、劣等感を抱えて生きてる恋人や友人と出会い、それが地球で生きる希望に充分になりえたのではないかと思うんです。
残り少ない人生を自分を偽らず本来の自分として地球で生きてほしいと感じました。
Commented by karasmoker at 2012-05-30 23:29
コメントありがとうございます。
 映画というのは往々にして、観る人の価値観や思想を映し出す鏡となるものなのでございます。ヨメンさんの場合で言うと、夢を叶えることよりも、身近な人と慎ましく暮らす幸福を重んじる方なのではないかと思います(もちろんこの映画だけでヨメンさんの詳しいパーソナリティを論じることなどできませんが)。映画を観て、なるほど自分はこのような考えを持つ人間なのだな、と知ることもまた、エイガミの醍醐味なのであります。
Commented by グレジャン at 2012-08-11 14:14 x
ジェロームもまた、DNA検査の被害者だったのかも知れないと思うと、味わい深い映画ですよね。
個人的には、彼にはあのような結末を迎えないようにして欲しかったです。
Commented by karasmoker at 2012-08-11 15:32
コメントありがとうございます。
彼の物語として眺めてみると、確かにひどく哀しい話であります。その点は、映画的に綺麗に終わらせようとしちゃったなあとも思うのであります。
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