『隣の家の少女』 グレゴリー・M・ウィルソン 2007

表面的な怖さはあるけれど、内面を揺らせる怖さは何もなかったです。
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軍平さんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

原題『The Girl Next Door』
 1950年代に実際にあった事件をもとに、ジャック・ケッチャムが原作を書いており、その映画化であります。長い原作を90分に収めるとこんな感じになってしまうのだなあ、というもんがあります。

 隣の家の少女が虐待を受けている、という少年の目線からの話なんですが、前半は不穏感が漂い、母親の強権的な感じ悪さもよく、なかなかよいのではないか、と思ったのですが、ちょっとしょぼしょぼん、としてしまったように思います。
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 隣の家の少女には妹もいて、二人して縁戚から引き取られたような立場で、もともとの家の男子たちや母親からはどうも疎まれている、あるいは男子たちには性の対象に見えてしまう、というところの危うさもあるわけですけれども、描写それ自体で言うと、どうも各人の内面が軽んじられている節が強く、わるもんはわるもんにしか見えず、それじゃあちょっと単純じゃないか、という風に思いました。
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 思春期の男子が抱える危うさ、というのはこの映画でもっと描かれるべきだと思うんですが、それがないんですね。もったいない。そして、虐待に荷担している子供らの逡巡みたいなもんもほとんどない。この映画の構造は簡単で、要はあの母親の怖さに頼っているんです。母親の嫌な感じは確かによく出ていました。でも、深みはない。母親はこれじゃあ単に嫌な奴です。いや、この母親はこの母親で何か辛い過去があって、それでああやって歪んでしまったのだな、とは思うし、ぼくはそこでなんとかあの母親の弁護士になりたいわけですが、これじゃあ彼女の抱えるもんがわからない。嫌な感じは絶品! うん、それはわかった。問題はその奥でしょうということです。そこを観たいのに、何もないんです。野村芳太郎の『鬼畜』を観ましょう。
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 この母親と子どもたちには別々の動機がある。子どもたちは劇中、エロ本を見たり覗こうとしてみたり、体を触りたがったりするわけで、その辺の行為それ自体は描かれる。ただ、それが記号的な行為に過ぎなくなっている。至極残念です。男子たちが寝室に集っているシーンで、「女性の裸体を初めて見た」という話をする。だったら、なぜその瞬間の怖じ気と興奮を描かない? 彼らの表情や目線に間を割かない? そこを描くことで、思春期の彼らが抱えるより危ないもんがあぶりだされたはずなのに。
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 虐待描写の嫌さ、というのは、一個の映画としては十分成立しているものだったと思います。だから、この虐待描写は本当に陰惨たるもんだ、と思う人がいてもおかしくはない。でも、こういう表現は今の時代、本当に難しいと思います。なにしろ、ぼくたちは既に、ネットなどを通していろいろなものを見て、いろいろなものを知っている。実際の凄惨な事件から想像する怖さ、実際の虐待事件の画像から想像する怖さ、そういうものを知っていると、この映画の虐待描写を褒めることはできません。こんなもんじゃねえだろ、と思わされる実際の出来事は、既に世の中に溢れている。それを忘れてこの映画の虐待描写に怯えるほど、もう若くはないのです。
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 で、主人公の少年にしても、この映画の描き方だと、「早く警察に行って匿名の通報をしろ」と言いたくなってしまう。警察に言いたいけど言えない、両親に言いたいけど言えない、そういう要素がないんです。その辺の逡巡が描かれていない。父親と話すときでもそぶりを見せず、「暴力は駄目だぞ」みたいなことを言われてそれきりの始末。
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 この映画はもっとここをこうすれば、というのがわりと多くあります。そしてそこを膨らませることで(あるいは変えることで)、もっと実りあるものになる。そこから読み取れるものもきっとある。でも、それらを捨象してしまっているがために、単に胸くその悪いものになっています。じゃあちゃんと胸くそ悪いならそれはそれでいいのに、そうでもない。この映画で何を映したかったの? 何を語りたかったの? と素朴に疑問です。表面的な怖さはある。だけど、内面を揺らせるような怖さは何一つ感じられなかった。うーん、これは本当、描写の問題です。90分しかないからしょうがない、という風には言えるんですけど、もっと長くていいから、もっと各種の描写を掘り下げてほしい、と思わずにはいられない作品でございました。 
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by karasmoker | 2012-05-18 22:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 軍平 at 2012-05-19 03:28 x
とても解りやすい評論でした
この原作を読みたいとはずっと前から思っているのですが、こわく

映画の内容に関して、観てはないけれど、自分自身でみたようなすっきり感がありました

逡巡していない、ということはやはり深い描写はない、ということで、いま世の中には映画に限らず表面的なことばかり描いているメディアが多いとうんざりしておりましたから、とても考えさせられました

そして私はこの映画を観ていないのに、同感できるのです

それはひとえに、解りやすい評論を書いていただいたお陰です

ありがとうございます

この映画、観なくてもいいなと感じさせるのも才能であります
単なるこき下ろしでは反対に観てやろうかとも感じることもありますが、解りやすい『評論』は簡単そうでなかなか難しい

感謝です
これからもこのブログを楽しみにしています
Commented by karasmoker at 2012-05-19 09:39
 コメントありがとうございます。
 原作は映画よりもずっと踏み入っているので、そちらを読んで映画は観ない、というのでもよいであろうと思います。
 ただ、何事も観たうえで判断するのがいちばんであろうとは思いますので、どこがどう駄目なのか自分なりに考えてみるのも一興であります。評論というほどのことはございません。このブログは感想と評論の間でどっちつかずな、「評」に過ぎぬものなのでございます。
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