『シン・シティ』 ロバート・ロドリゲス フランク・ミラー クエンティン・タランティーノ  2005

格好いいのはわかった。それで、何なのでしょう?
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ロキタさんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 今年には2もつくられるとのことですが、もともとアメコミにはてんで関心のないぼくとしてはスルーだった本作です。うーん、これはちょっと困りました。

 ぼくはこのブログを続ける中で、自分の映画の見方が確実に変わってきているなというのを感じております。最近はそれがやや極端にもなっていて、要するに「娯楽的に面白いかどうかは、二の次」ということです。極言すれば、娯楽的に面白いかどうかなどどうでもいい。いや、さすがにそれは言い過ぎかとも思うのですが、ぼくにとっていい映画とはつまり、語りがいのある映画、語ることで見えてくるものがありそうな映画、ということなのです。だって、娯楽作品として面白いかどうかなんて、結局個人の感じ方ですからね。説得してどうなるもんでもないし、そこを語ることの意味があまり見えなくなった。そういうのは、他の皆さんにお任せしたいというのが正直なところです。などと言いつつ、かわいらしい女優などが出てきたらどうせきゃっきゃ言うのですけれども。
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 さて、『シン・シティ』ですが、アメコミ原作で、モノクロの中にパートカラーをふんだんに配合しているのが画的な特徴です。これなあ、これはもう好みの問題だろうからなあ。これこれこういう理由で駄目なのだ、とかそういうことでもないんですねえ。
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 メイキングやインタビューなどを観ると、監督のロドリゲスやタランティーノが、「この画は最高にクールだぜ!」みたいな感じで喋っているのであり、まあアメコミの雰囲気を保持する上ではパートカラーとモノクロの多用によって奥行きをあえて欠落させ、人物をマテリアルに際だたせるというのは効果的な手法であろうとは思うのでして、それが「なるほど超クールだぜ!」と思う人には何の文句もないのですけれど、そのクールでヴィヴィッドな表現ゆえに薄さが際だち、あれだけの技巧を凝らしながらも黒澤明が『天国と地獄』で見せた一瞬のパートカラーの鮮やかさ、強さには及ばぬとも思うのであって、結局のところは「お好きな人はどうぞ」というくらいしか言うことがないのです。
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 映像で冒険したり、いろんな表現を試みるのはどんどんやってほしいと思います。そういう中からびっくりするようなもんが生まれてくるのだろうし、その意味でこの映画はがんがん攻めているとは思うので、本当、お好きな人はどうぞ、です。
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 ぼくには合わないな、というのが、ラストの一場面に凝縮されています。
 ブルース・ウィリスが自殺するんですけど、そのワンカットを、なんというのですかね、シルエット風というか、モノトーンの切り絵みたいな感じで表すんです。ああ、これだなとぼくは思いました。結局この映画では、ブルース・ウィリスが生きようが死のうが、ジェシカ・アルバを救おうがどうなろうが二の次なんです。スタイリッシュなビジュアルとして見せるのが最初にあって、その中にいる人々がどうなろうが映画をスタイリッシュかつクールに見せるためのコマに過ぎない。ぼくはそういうものに興味がない。
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 いや、簡単に言うと、趣味の合わないファッションをずーっと薦められている感じなんです。このシャツ超いけてるよね、このジャケットマジ格好いいよね、てかこの靴とかマジやばくね? とずーっと言われているけど、いやあ、趣味が合わないなあ、としか思えない感じ。で、外見が格好いいのはわかったけど、そろそろ実のある話しない? と言いたくなるんですが、え? でもほら、俺むずかしー話とかちょー苦手な人じゃん? てか踊ってたほうが楽しくね? あ、あの娘ちょー胸でかくね? え、マジいい女じゃね? 普通に。みたいな。うわあ、ノリが合わねえ、という。
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 だから、ノリがあった人はそれでいいんじゃないでしょうか。それとも、この映画だからこそ、あの表現だからこそ語れるものが何かあったのか。ぼくの読解力ではそこが見て取れなかった。その意味では惨敗。監督が三人いて、アメコミ原作のオムニバスで、画のクールさに力入れて、で、何が語られたのか? ぼくにはわからなかったんです。教えてください。この映画については、本当に何もわからなかった。あの色にもきっと意味があるのでしょう。それが見えない。いや、意味なんかなくて、単に格好いい色だからとか言うんだったら、もう本当にどうでもいい。ぼくの知識ではあの色をあのように配置した意味がわからない。
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 どうも、馬が合わない作品でございました。どうも申し訳ありません。
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by karasmoker | 2012-05-17 22:00 | 洋画 | Comments(5)
Commented by pon at 2012-05-29 16:22 x
こんにちわ。この映画に関して言えば、管理人さんが「おもしろさがわからない」というのと同じで、どこが駄目なのかがわからないです(笑)。パートカラーに意味はないです。モノクロパートカラーは原作がそうだからです。ある意味原作をリスペクトするとこれ以外はありえません。ラストも主人公が死のうが生きようがどうでもいいとは思えませんでした、原作が大事なシーンは切り絵のようなシルエットになっているからです。逆にこの切り絵のような表現はあえてスタイリッシュでは無い表現になっていると思いました。ぼくが一番気になったのはこの映画がチャラい男のファッション感のような軽い表現でたとえられるような映画じゃないことです。ブルースやミッキー・ロークは凄くよかったし、イライジャやデヴォン青木の使い方も斬新でした。僕にはけなす所がみつからないです。あえて言えばこの映画はこの監督達の誰でもいいのですが一人の監督で作った方が統一感があったかも。
Commented by karasmoker at 2012-05-29 23:29
 コメントありがとうございます。
 お読みいただくとわかるとおりに、ぼくは駄目な映画だとは申しておりません。今のぼくには「わからない」、「馬が合わない」、「どうでもいい」ということなのです。だから記事でも申しているとおりに、「お好きな人はどうぞ」って感じで、原作好きの方を満足させているというならもうぼくには申し上げることはないのです。
 自分の言葉を抜粋して繰り返すなら、
「監督が三人いて、アメコミ原作のオムニバスで、画のクールさに力入れて、で、何が語られたのか? ぼくにはわからなかったんです。教えてください」ということです。「チャラい男のファッション感のような軽い表現でたとえられるような映画じゃない」として、この作品が映画として持つ「重み」は何なのか。これは反語的な問いではなく、ぼくの読解力不足による純粋な疑問です。
 ぜひ教えてほしいのです。
Commented by 6 at 2013-07-08 10:09 x
うるせえクソ野郎
てめえはアルマゲドンでも見てろ
わからない どうでもいい とか言ってるわりには後半貶したいだけじゃねえか
汚ねえやつだな
Commented by karasmoker at 2013-07-08 21:22
人に対して言葉を向けるときはそれなりの礼節というものがあります。そんなこともわからないまま匿名でコメントを寄せるあなたに比べれば、ぼくの汚さなんてとてもとても。
Commented by ハゲ at 2013-12-26 18:34 x
こんにちは
アメリカ人は大雑把なのにクールにやろうとするのが合わないというのもあるんだと思います

トルク?トークでしたかバイクがたくさん出てくる映画、
最初から最後までどうだかっけーだろみたいな内容のやつ

ロドリゲスはプレデターズが期待はずれだったし
どんどんずれますけど、いい加減CG使う映画はお腹いっぱい

マチェーテ2のレーザーガンで撃たれて溶けるところなんか
もったいないと思いました せっかくクラシックなB級臭さを大切にしてるのに
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