『REC2』 ジャウマ・バラゲロ 2009

これもまた「ゾンデミック」の系譜。あるシーンの元ネタが気になるなど。
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ブードゥー教由来のゾンビというのは、「術師によって復活させられた奴隷的存在」という色合いが強いのですが、ここに「人間を襲う」という発想を加えたのがジョージ・A・ロメロで、ロメロは同時に「襲われた人間もまたゾンビになる」という感染の要素を加味しました。彼は生ける屍に「襲撃者」「感染者」という二つの要素を備え、現代までの主流なゾンビ像を造型したわけですね。

 映画に限らずゲームその他、世界で見れば既に何千単位でつくられているんじゃないかと思いますが、いまやゾンビというのは「蘇った死者」という属性が薄まって、「襲撃者」「感染者」という部分のみが重要視されているんじゃないかな、とも思います。

 というか、きょうびぼくたちがゾンビものに求めているゾンビ的部分というのは、もうずばりそこであろうとすら思うのですね。生ける屍ということはどうでもよくて、とにかく襲ってくる奴、しかも感染の危険がある奴、というこの二つの要素こそが現代におけるゾンビの本質といって差し支えないんじゃないかと思います。

 規模の大きな話にするときはそのほうがやりやすいんですよね。『ワールド・ウォー・Z』にしてもそういうことでしょう。ゲームで言えば『The Last of Us』もそうだし、そのほうがいろいろと都合の良い局面が出てきているわけです。本ブログで前々から「ロメロゾンビの終焉」について述べた来たのはそういうわけだったのです。

 ぼくはこのブログでも前々からゾンビ像について、「のろのろゾンビ」と「ダッシュゾンビ」の対比について書いてきました。そこでも、ダッシュゾンビのほうが好みであると書いてきたわけです。それはつまり、上記のようなわけなのですね。ロメロはダッシュゾンビは嫌いだと明言しているのですが、後続の作り手の多くが欲したのは「襲撃者」「感染者」のほうなのだろうと思います。死者がダッシュするのはおかしい、死後硬直もしているのだしのろのろ動くはずだ、と言うのなら、「だったら死者の部分は要らない」なんです。感染者でいいのです。そういうと「病気ならもっと体調悪そうにするはずだ」とか言われそうですが、「うるせえ、つまらないことを言うな」なんです。素早く動けたほうが面白くなる場合ってあるじゃん、ですから。リアリティがうんぬんということを言うのなら、ゾンビよりも凶暴化する感染者のほうがまだリアリティはあるんじゃないですかね、ふん。

現在では「ゾンビもの」と一言で言っても、それがロメロ的ゾンビを指すのかどうかが難しくなっています。ここはひとつ、非・ロメロ的ゾンビの出てくる作品を指す用語として、「ゾンデミックもの」を提唱しましょう。ゾンビ的ではあるけれどパンデミック性、感染者ニュアンスのほうが強い、という意味合いです。

その系譜をつくったのが『28日後...』でありザック・スナイダーの『ドーン・オブ・ザ・デッド』あたりですね。『28日後...』はゾンビではなく、「感染者」という部分を押し出した点で、ひとつの曲がり角を示したように思います。今回取り上げる『REC2』もその筋ですね。1についてはもう何年も前に取り上げております。近頃はゾンビもの、あるいは「ゾンデミックもの」を観ようと思っていて、いまさらながら2に手を出しました。

 全編がPOVなのは前作と同じです。もうそこが作品の命綱みたいになっていますね。違う言い方をすると、普通の撮り方ではもう何もないようなお話じゃないでしょうか。POVの美点は、ある場面にのみ集約されています。
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 ほとんどのシーンが、感染者に溢れたマンションの中で展開します。時間的には前作の直後から続いていて、「建物の中が大変なことになっているぞ、調査しろ」と特殊部隊隊員四名が乗り込み、専門家のおっさんが同行します。
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 1を観てずいぶん経つので虚を突かれたのですが、この映画はゾンビもの、感染者ものと思いきや、エクソシストものみたいになります。感染の専門家だと思われていたおっさんは実は神父で、教皇庁から特命を受けたらしいのです。この辺が一回ちょっとこの映画をぐだぐだにします。
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 おっさんの話によると、もともとの感染者はある少女で、そいつが悪魔に取り憑かれたのであり、是が非でもそいつの血液をゲットしてこれを解析、感染被害の拡大に対処しようということなのですが、もうなんだかよくわからない。「悪魔に取り憑かれた少女の血液を分析して感染を避ける取り組みに励もう」という目的がなんだかぶれぶれなんです。ウイルス的な何かなのか、呪い的なもんなのか。科学的に対処できるのか宗教的な方法が必要なのか。十字架をかざして対処したりしているので宗教的なのでしょうけれど、そこと「血液を採取せよ」みたいな任務の折り合いがすっげえ悪い。 
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はっきり言ってこのおっさんの言い分をごり押しするがために、物語上の説得力が大いに欠けるのです。任務だから最後までやり遂げるぞとうるさいのですが、どう考えても一旦逃げて体勢を立て直すべきだと思えてしまって、入り込めない。これは「追い込まれもの」の一番の基本だと思うのですが、「逃れようのない状況」をつくるのが土台じゃないですか。どうやっても逃れられないとわかって、さあどうしようという話になる。それが「とりあえず一旦逃げるという手があるやん」と思える段階でもう駄目なんです。嘘でもいいから、あのおっさんに「ちょっと無理っぽいんで一旦帰ります」みたいなことを言わせるべきなんです。で、無線機の向こうから「いや駄目だ。おまえは最後までやれ」みたいな声を届けさせるべき。あるいは絶対にやめられない事情があることを語らせるべき。それだけでもまともになる。それを怠る脚本というのがぼくにはもうわからない。
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 いいところはというと、終盤の「暗闇になると風景が変わる」というあれですね(あれと同じような手法を何かの映画で観た覚えがあるんですが、あいにく思い出せません。だれか教えてください)。あの場面はとても面白かったです。あの辺はもう条理とか理屈を飛び越えて、行ったれーという勢いを感じました。水の中に引きずり込まれたりね。あの方面で膨らませても面白いのになと思ったんです。「目的とする敵は暗闇の世界でしか確保できない」というのを押していけば、この映画は意義深いものになった気がする。そこのダークファンタジー感をもっと前に出せば、宗教的な云々も補強されたのに。

 うーん、先行作品で何かあった気がするんですけどねえ、なんだったかなあ。ゲームだったかなあ。これは気になるなあ。回答、大募集です。
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あの場面に出会えただけでもこの映画を観てよかったなとは思えます。あとは全部ぐずぐずとも言えます。大体の話、ぼくはキリスト教的な神が悪魔を圧するという設定が気にくわないのです。十字架というものの権威性あるいは福音派的な傲慢が鼻についてなりません。いや、それならそれでいい。そっちをしっかりしてくれればそれはそれで受け入れます。ところがこの映画はラスト、え、何なの、寄生虫的な何かなのというこれまた中途半端なイメージを放り込んでくる。どれにしたいねん、という話なんですね。ウイルスなのか、寄生虫なのか、悪魔なのか。あれをオチに持ってこられても、「いや、どないやねん」に近いもんがある。
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 別段にお薦めするものではございませんが、あの暗闇シーンの元ネタをぜひとも思い出したい、ということで、是非観てもらってお教え願いたい次第でございます。
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by karasmoker | 2013-07-12 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by pon at 2013-07-13 12:40 x
こんにちわ。ああ、見て頂いたんですね ありがとうございます でもやっぱりお気に召さなかったようで(笑)管理人さんとモキュの相性が悪いのでしょうか? 僕なんかモキュであればなんでも大好物なんですが 前にブレアはよかったようなことをおっしゃってた様な気がしましたが パイオニアとしてということなんですかね なんとか管理人さんに白石晃士以外で(僕は「オカルト」は今イチだったんですよね「ノロイ」はよかったです)「これはいい!」と言わせたいのですが「トロール・ハンター」とか「エビデンス」とか「クローバーフィールド」とか超有名所はどうでしたか?合否だけでも教えてください 「Catfish」とか微妙ですが「クロニクル」は凄かったです 毎年お盆に人が集まるので今年は「VHS」を皆で見ようと思ってキープしてます(笑)ところで例の暗闇だと見えるとか見えないとかのシークエンスは管理人さんどれぐらい前に見たのかがわからないので想像つきかねますが「サイレントヒル」?あたりにそんなシーンがあったような、無かったような。
Commented by karasmoker at 2013-07-14 00:00
 コメントありがとうございます。
『ブレアウィッチ』は「本当っぽさ」と「発想勝ち」の部分がかなりあると思います。いいさじ加減で、これは本当にあるのではないかと思わせるモキュメンタリー。白石晃士の『オカルト』や『超・悪人』などもそうで、「どこかで本当にあるんじゃないか」の境界線の上を歩いてくれる感じが好きなのです。『REC2』はゾンビ的な感染者だけならまだしも、宗教的なうんぬんまで行っちゃうもんで、「そこまで行ったらもう現実味ねえじゃん」なんです。『レイク・マンゴー』でも述べた、「しょせんフェイク」感がむしろ強く感じられるのです。
 列挙頂いた映画はどれも未見ですので、言いようがありません。

 暗闇シーンについては、『サイレントヒル』でしたかねえ。ううむ、思い出せないのですが、なんだかあのシーンには既視感があったのです。ことによるとゲームの類かもしれません。あのシーンだけはとてもよかった。あのシーンにはドキュメンタリースタイルの強みがしっかりこもっていましたから。
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