『地獄でなぜ悪い』 園子温 2013

凝縮されていないがゆえに、せっかくの熱が逃げまくっている。
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 園子温作品で好きなのは『紀子の食卓』『奇妙なサーカス』『愛のむきだし』『ハザード』あたりです。十年代に入ってからだと『恋の罪』『ヒミズ』は面白く観ましたが、ゼロ年代の野蛮さのほうがやはり好きなのです。

 さて、『地獄でなぜ悪い』ですが、ううむ、どうにも、ううむ。
 世間的にはかなりウケもよいようですね。園子温のエンターテインメントが炸裂している的な。いや、うん、そうやねんけど、うん。

 序盤は『愛のむきだし』で用いられた挿入曲が使われたりして、エネルギッシュな風味が心地よかったです。おう、威勢がよいな、これはよさそうだぞと思うのです。ただ中盤当たりを過ぎると、余計なこといっぱいしてんなというのがあって、終盤のクライマックスにはぜんぜん乗れなかったなあと、そんな感じなのです。
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映画を撮りたい男たちと映画を撮ろうとするヤクザの話なんですが、言っちゃえば荒唐無稽な話です。だったら徹頭徹尾荒唐無稽であってほしかったなあと思ったんですけど、リズムを狂わせるような段取りがいくつもある。そこで乗れなくなりました。前にも書いたことですが、園子温は増村保造に近いところがあります。ドライブをつくらせたら一級、しかしドライブのリズムが停滞すると絵空事感が際だってくるんです。
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『愛のむきだし』がなぜあんなに濃くて面白いのかと言えばひとつには、編集の妙があったんですね。あれは本当は六時間の作品なんですが、ばさばさ切って四時間になった。三分の二に詰め込まれている分だけ、面白さも凝縮していた。あの濃縮具合に魅せられた身からすれば、なんでこんなにだらだらした場面とかどうでもいいギャグとかを放り込むんだろう、という場面が散見されました。そこでドライブ感が散ってしまった。この映画は脚本的にももっと切っていいし、百分くらいでいいと思います。そうしたらもっと熱のこもった映画になったと思えてならないのです。


 ストーリーはというと、ヤクザの娘で元子役の二階堂ふみが軸になります。ヤクザの親分渡辺哲は彼女をもう一度女優にしたくて、でも一方で敵の組との抗争も迫ってて、それならいっそのこと彼女を主演にしてカチコミを映画にしてやれ! というノリで映画制作が始まるのです。一方では長谷川博己ら映画撮影に憧れる連中がいて、彼らがその抗争劇に加わっていくという話です。このめちゃくちゃさはいいのです。ただそのめちゃくちゃさを面白くするには絶対にボルテージ、高い熱量が必要で、ちょいちょいこれがなくなる。そこがとても残念だったのです。
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 ところで、今回の二階堂ふみの出で立ちは我らがマスカッツの蒼井そらにそっくりで、ちょいちょい思い出してしまいました。そしてその連想ゆえに、この配役は本当に二階堂ふみだったのかい? というのも感じたんです。というのも、この荒唐無稽映画における身体としては、やや二階堂ふみは弱いな、と思えてならなかった。正直、彼女では安定的に過ぎた。もっと異物感のある女優を放り込んでよかったんじゃないでしょうか。男のところに乗り込んで、とっちめるシーンがありますね。あそこで強く感じた。ああ、二階堂ふみじゃあ弱いなあと。じゃあ誰がいいのだというと明言できませんが、もっととっぽい感じ、尖ってる感じ、性的な迫力を醸す少女として別の誰かがいただろうなと思えてならなかった。野蛮であればあるほどいいこの映画において、堤真一もそうなんですが、悪い意味で端正すぎたんです。

 まあでも、これは好みの話ですね。
 ただどうしても思うこととしては、星野源の役は要らなかったと思うんです。あの役を切ってそのまま長谷川博己に繋げれば、もっと短くて濃度が高まった。これがわからない。いいじゃないですか。二階堂ふみが長谷川博己に偶然出会う話で。そうすればもっとぎゅっとした話になるじゃないですか。あそこで星野と二階堂の、ちょっとした恋のくだりなんか要らないです。それと成海璃子が完全に要らない。

 わからないなあ。恋物語をつくるなら、長谷川博己と二階堂ふみの話でいいじゃないですか。そのほうが最終的には、映画を撮ることに取り憑かれた男としての長谷川は生きたはずなんです。星野源がいることで狂気が薄まってしまうんです。男のマンションに乗り込むくだりでも、二階堂ふみ一人で行かせて暴れさせればもっと熱くなった。高速に乗ってぶっ飛ばせばいいのに、なんでちょいちょいSAに寄るのか。
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 この映画ではね、狂気が炸裂すればするほどいいんです。長谷川たちファックボンバーズは狂気だし、映画を撮ろうと言い出すヤクザも二階堂ふみも狂気。それで熱量を上げていけばよかった。どうして「狂気についていけない人間」という氷を入れて、冷ましてしまうのか。ちょいちょい挟まれるテレビ局映画的なギャグも完全に蛇足。「あっ、園子温がすべってる!」と少し哀しくなる。

狂気を冷ます、というところでいうと、音楽ですね。音楽の使い手たる園子温らしからぬ、退屈な音楽の使い方が散見されました。たとえばあの國村準の組のところ。みんなで映画を撮るぞって呼びかける場面。なんであんな、退屈な映画のしっとり場面に観られるような、しっとりした音楽を使ったのか。この映画はちょいちょい「しっとり音楽」を入れてきます。「しっとり音楽」は危険です。毒を中和するからです。毒素を撒いてなんぼの映画だっていうのに! おかげで第九の使い方もいまいちだ!
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 クライマックスの大立ち回りは、いわばそれまでの熱をぶちまける場面です。それまでの第一幕、第二幕で充満させてきた熱を一気に解き放つことであの場面は熱くなる。逆に言うとそこまでに熱がたまっていなければ荒唐無稽の空々しさが浮き立ち、勝手にやってろ感がだらだら漏れ出す。二階堂ふみが回転して敵の首をばっさり切るシーン、ファックボンバーズのクルーがマシンガンを放つシーン、ああいう荒唐無稽さを豊かに描くには、第二幕がだらだらしすぎなんだ! 「この映画は何を考えてるかわからない」という野蛮さがそこにないんだ! ところで序盤のシーンで大活躍した友近はどうなったんだ。いっそのこと彼女も入れたほうがあの終盤はもっともっと強くなったのに!
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 ものすんごくもったいない映画だと思います。観客が火傷するくらいに熱くできた可能性があるのに、ちょいちょい熱を逃がすばかりになんだかぬるくなった。熱さがあれば狂ってる感が際だったのに、ふざけてる感に変じてしまった。これはちょっとどうやねんと感じました。園子温、あなたはもっともっと、野蛮な人だったはずなのに。 

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by karasmoker | 2014-04-23 00:00 | 邦画 | Comments(6)
Commented by pon at 2014-04-25 23:43 x
こんにちわ。リハビリが順調な様で(笑)園子温もちょっと年取って落ち着いちゃった感がありますね 最近はパワーが別な方に向いちゃてる気がします ラストの走るシーンは最近の園スタイルなんでしょうか お疲れサーンみたいな終わり方はちょっとシラケました ところで管理人さんのサイトは以前から激重で読み込むのにかなり時間がかかってたのですがとうとう途中で止まって全部読み込めなくなってしまいました ちょっとページを分散した方がいいかもしれません もしかして僕の環境のせいだったら失礼します 管理人さんのサイトだけが激重なので
Commented by karasmoker at 2014-04-26 00:25
コメントありがとうございます。
走るシーンは『ハザード』にもあったのですが、あの頃に比べるといい意味でも悪い意味でも「業師」になったなあと見受けます。秘宝回りと仲良くなっているのが裏目に出たのか、彼が持つ芸術成分が減じているようです。
 サイト構成の件ですが、ぼくのパソコンではまったく問題ないので気づきませんでした。横に長いのは個人的にお気に入りのデザインなので変える気がないのですが、掲載記事を減らそうと思います。
Commented by golow5060 at 2014-05-02 03:57
御無沙汰しております。映画記事の再開、よかったです。karasmoker様の記事を再び読む事が出来て、一ファンとして嬉しいのです。
「地獄でなぜ悪い」いまいちだったようで。僕は良かったんですが、、、。
社会派みたいに観られかねない近作の反動からか、荒唐無稽でムチャクチャでも、一般的にわかりやすいムチャクチャを目指したのかも知れません。構成はブロックごとの取捨選択が成されておらず、もっと削るか或は仰るように、もっと乱暴に造ったほうが良かったとは思いました。が、このギクシャク感がまさしく園子温風味とも言えて、僕は好きですよ。作風は異なるけど僕の敬愛する楳図かずおのマンガのリズム感に通ずる感がありました。「愛のむきだし」は確かにそこが巧く出来ていて、構成の妙が作品の熱量に力添えしてますね。どちらも世間的な軽快さと比べれば充分に異物ですが、もっと極端で良かったかもですかね。
音楽についてですが、(続きます)
Commented by golow5060 at 2014-05-02 05:03
(続きです)音楽についてですが、僕も以前から園作品の音楽の使い方、特に既製作の使い方が好きでして、「紀子の食卓」の「ばらが咲いた」が流れる場面は効果的でした。今作では抗争の終盤でのカメラだけのワンショットの場面で流れる50年代オールディーズの不穏さは良かったですけど(リンチあたりが元ネタかも...)。自分は物語重視ではなく、描写重視(というか偏重?)なのだと思います。また長くなってスミマセンでした。
追記。記事の中でヤクザの組長の役者が「渡辺 哲」と成っていますが「國村 隼」だと思います。渡辺 哲は刑事役で出ています。  ではまた。
Commented by karasmoker at 2014-05-02 08:18
コメントありがとうございます。
またそのうち沈黙するはずなので、あまり期待せずに見守ってやってください。本作が「一般的にわかりやすい」方向に寄せていったのはわかります。ああ、そっち行っちゃったかあという寂しさがあるのです。ただ、長い目で見るとそちらのほうが映画文化に寄与するのかな、とも思ったりして、難しいところであります。
 またのコメントをお待ちしております。せっかく再開したのにコメントがない! とすねがちなので、お気軽に御意見をお寄せください。
Commented by SCARFACE at 2014-09-12 06:15 x
おはようございます。
私もヒッチコックやフリッツ・ラングを髣髴とさせる傑作「愛のむきだし」といった作品のようなキレを感じませんでしたが、園子温らしいハッチャケ具合と言いますか。ギクショクしている中で溜めて溜めて溜めてドッカーンッ。ラストの大立ち回りの放出具合が好きです。
正に殺りたい放題。
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